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転生勇者の成り上がり  作者: 雨宮和希
Episode1:旅立ちの日まで
3/121

1-2 家族

 剣の訓練を終えたレイは、家族と共に朝食を取っていた。

 明らかに昨日までとはレベルの違う鍛錬をしていたが、誰かに見られるようなことはなかった。

 父のアルバートはここにはいない。

 しばらくは王都にいるという話だ。


「あら、レイ。今日も剣の訓練をしていたの?」


 母親のカリーナが微笑みながら言う。

 明るめの茶色の長髪に、垂れ目で優しげな顔立ちをしていて、シックな色調でゆったりとした服装が豊満な肉体を隠している。


 家族に対して性的な感情が湧くことはないが、客観的に見てかなりの美人だった。

 ちなみにアルバートも男前な顔立ちをしている。

 そんな二人の間に生まれたレイは、やはり端正な顔立ちをしていた。

 

「やったぜ」 

「……何が?」

「そういやレイは冒険者になりたいんだっけ?」


 気楽そうな口調で尋ねたのは次男のデリック。

 年齢は八歳。少しお調子者の傾向がある。

 レイが三男であり、三つ年上の兄だ。


「……冒険者、か」


 そして長男のエドワード。

 十四歳。

 レイやデリックとは違い礼儀作法をほぼ完璧にマスターしていて、食事の際にカチャカチャ音が鳴るようなことは全くない。


 おそらくグリフィス伯爵家を継ぐのはエドワードだろう、とレイは予想する。何せ完璧超人だ。レイが継ぐ可能性は無いに等しい。


(ていうか別に継ぎたくもないしな)


 前世でレイの力に擦り寄る貴族は雨後の筍のようにいたが、それはそれで大変そうだった。

 ああいった口を回したり頭脳労働に終始するような仕事は苦手だ。

 最近になってリリナに礼儀作法を教わっているのだが、それすらレイは苦手としていた。

 『前世』の記憶がある今なら、もう少し上手くやれるだろうが。


(ま、結局のところやりたくないのは事実。だから、これまで通り冒険者になるって言い張るのが都合が良いはずだ)


 子供らしさを心掛けながら。

 レイは物憂げな顔をしているエドワードに声をかける。


「どうしたの? エドワード兄さん」

 

 エドワードは、いつも澄まし顔をしているクールなタイプだった。

 普段はあまり言葉を発しないが、珍しく会話に口を挟んでくる。


「……冒険者は、あんまりお勧めしたくないな」


 レイを心配しているようだ。この会話も何回か繰り返してはいる。その度にレイは「大丈夫大丈夫!」と気楽そうに言っていた。

 その楽観さが不安なのだろう。

 できた長男だった。


 カリーナもやはり不安に思っているのか、少し顔を曇らせながら、

 

「やっぱり死亡率が高い職業だからね。そこは無難に騎士とかでは駄目なの?」

「……うーん、考えておくよ」


 レイは言葉を濁した。

 別に騎士が嫌だと言うわけではない。

 ただ騎士だと貴族関係のしがらみから逃れられないのが難点だ。

 冒険者や傭兵の方が気楽で良い。

 もちろん騎士になってしまえば、レイは仮にも伯爵家の人間だ。ある程度の便宜は図られるだろう。

 だからこそ危険のない任務ばかりを与えられ、平和な人生を過ごしてしまうかもしれない。


 そんなものでは駄目なのだ。

 レイが目指しているのは最強。

 本物の英雄になりたいのだから。


 そして魔物や魔族と戦い、この世界を平和にする。

 それが転生前に勇者としてアリアと結んだ約束だ。

 たとえ、もう遅くとも、レイは英雄アキラとして、約束を果たしてやりたいのだ。

 身軽な冒険者を選んだのはそれが理由である。

 無論、レイが元々冒険者に憧れていた部分もあるが。


(『前世』で聞いた話でも、楽しそうだったしな)


 この世界には心が湧く場所が多い。

 前世の勇者時代は魔族との全面戦争状態で、このザクバーラ王国を離れるわけにはいかなかったが。

 それでも高名な冒険者と度々話す機会があり、密かに行きたいと思っていた場所がいくつかあった。


 その一つが――『世界樹』。


 王国の西方に広がる『魔の森』の中央に、堂々と君臨している恐ろしく大きな樹木だ。

 雲を何層も容易に貫いており、天辺は誰も見たことがないと云われている。

 レイが住んでいる屋敷からでも、『世界樹』を見ることができる。

 遥か遠く。

 距離は離れているが、かなり大きく見える。


 何よりも重要なのは、この『世界樹』の内部は世界最大の迷宮になっていることだ。

 いまだに未踏破で、その最深部は誰も見たことがない。

  

 人族と魔族が全面戦争を始めた頃から『世界樹』周辺に住み着いているエルフ族が『迷いの結界』を張り、冒険者は誰一人として近づけなくなったとかいう話を聞いてはいるが。

 

(ま、頑張れば何とかなるだろう)


 そんなことを考えていたら朝食を食べ終わっていた。

 今日はリリナが作っていた。

 相変わらず彼女の料理は美味しいとレイは微笑む。


「あ、ありがとうございます……。レイ様、なんか、雰囲気変わりました?」

「え、そんなことはないだろ」


 なぜか少し頬を赤くするリリナに、冷や汗をかきながらレイは首を振る。

 皆もすでに食べ終わっていたので礼を告げて自室に戻った。

 鏡を見ると、茶色の髪に優しそうで中性的な顔立ちをしている子供が映っていた。


(これが俺なんだよなぁ)


 いまだに違和感がある。

 『前世』では荒々しくも男前な顔立ちをしていたから。


「さて」


 レイは外出用の布服に着替えると、寒さ対策に灰色の外套を羽織る。

 冒険者っぽく見えるのでレイは愛用していたが、リリナはいつも困ったような顔をする。灰色はみずぼらしく見えるから。

 だからこそレイは好んで着込んでいたのだが。


(これはこれで高級なものみたいだけどね)

「レイ様……」

 

 部屋の扉を開けて、当然のように入ってきたリリナがジト目を向けている。

 料理のときに邪魔だったのか、白銀の髪をポニーテールにしていた。

 レイは彼女をスルーしながら、剣鞘を腰に吊る。


「外に行ってくるよ」

「何を言ってるんですか。私もついていくに決まってますよ」

「子供じゃないんだから」

「レイ様はまだ子供です。それに伯爵家の人間だっていう自覚が足りませんよ」

「三男の俺なんか狙ったって大した利益にはならないんじゃないの?」

「そうでもないですよ。子供には分からない複雑な理屈がたくさんあるんです!」


 指を立てて自信満々に言うハーフエルフのメイドさんである。


(それなら本当に子供じゃないのに理解できていない俺はいったい何なんだよ)


 無能か。

 レイは納得した。



 ♢





 グリフィス伯爵家の屋敷があるこの村は、おそろしく平和だった。

 目立つ建物は屋敷と教会ぐらいで、後は小さな民家が適当に立ち並んでいて、合間を縫うように田んぼや畑が広がっている。

 村を囲うように木の柵が一応あるが、周囲は見晴らしの良い草原になっていて、魔物が現れるようなこともほとんどない。

 だからアルバートはここに屋敷を置いたのではないだろうか。

 

 ザクバーラ王国の南部にあるこの領地は、更に南方にある国々との交易で栄えている。

 そういう賑わっている都市に本拠を置くのが普通だと思うが、アルバートが変わり者だと云われる所以はこういうところだろう。


 レイが村の広場に行くと、すでに待ち構えている二人の子供がいた。


「あ! 遅いぞーレイ!」

「おはよ。レイ君」


 活発そうな張りのある声で、燃えるような赤の短髪をしているのがアルス。

 淡い水色の髪に可愛らしい顔立ち。物静かな雰囲気を醸し出している女の子がエレンだ。

  

 両方共、レイの幼馴染である。

 同年代だから、いつの間にか遊ぶようになっていた。

 最初は貴族のレイに対して尻込みしていたが、今となってはこんな気安い感じである。

 こんな真似ができるのも、父のアルバートが民に近しい貴族だという評判が大きいからだろう。


「今日は何して遊ぶ?」


 アルスがワクワクしてているような口調で尋ねると、エレンが小さく手を上げた。

 何だろう。

 彼女はレイたちに見られ、ちょっと緊張したような様子を見せながら、


「……あの、わたし、新しい魔術、覚えたんだ」


 そんなことを告げた。


「マジか! すげえじゃん!」


 アルスが驚いたように言う。

 レイも十分に驚いていた。

 エレンはもともと水を浮かせて動かす魔術を使うことができた。  

 当時のレイはただ驚き、褒め称えていたが、現在のレイの視点では更なる驚嘆があった。


(マジかよ。エレンはまだ五歳だぞ……?)

 

 魔術とは想像して創造する技術。

 体内を巡る魔力をエネルギー源として、媒介となる術式を稼働させて効力を発揮する。

  

 という感じのようだが、実際にはレイもよく分かっていない。

 前世での『女神の加護』も直接攻撃系の力だった。

 魔術に関しては一度も手を出したことがない。

 だから適性があるのかどうかすら不明である。


(つか、術式の構造とか聞いても、曖昧すぎてよく分かんないんだよな)


 主に詠唱や魔法陣を使い、自分の想像をより具体化するという話はよく聞いたが。

 宮廷魔術師の男に聞いたときは、要するに『空気から水を創れる』と心の底から思っているなら、そのイメージ通りに魔力を込めれば使える――という風なことを言っていた。


 何でもありじゃん的な雰囲気はあるが、基本的にそこまでぶっ飛んだことはできないらしい。


 たとえば即死術式。

 なぜなら、人はそこまでぶっとんだ想像を信じきれないからだ。

 できると思い込んでいなければ、できない。


 ついでに言うと、この世界において『そういうことができる』と信じている人の数が多いほど、その魔術は使いやすくなる――という言説がある。


 人が魔術を使っているのを見ると、『自分にも同じことができる』と思いやすくなるらしい。

 だから基本的に、魔術師の間で同じような術式が広まっていくわけなんだとか。

 

 魔術は火、水、風、土の四大属性に分けて扱われることが多いが、この分類には何の意味もない。


 見たままの印象で分けられているだけだ。

 魔術師本人も、使える術式が『風』っぽいから風属性魔術師を名乗ったりする。


 閑話休題。


「見てて、ね?」


 物静かなエレンが、少し高揚したような様子で告げる。

 この広場はだだっ広く何にもない上に、近くにはリリナもいるから心配いらないだろう。

 ああ見えて、あのハーフエルフのメイドは強い。

 元騎士のアルバートと手合わせしているのを見たことがあるが、目にも止まらぬ速さでレイピアの連撃を繰り出していた。


「……水よ」


 直後。

 エレンの小さな手の中に、決して少なくない量の水が生み出された。


(……一言か)


 五歳の少女が、たった一言の詠唱で術式を構築している。

 魔術を大して知らないレイですら驚いているのだ。

 リリナの目が鋭く細まっていた。


「すげえ! 流石だなエレン!」


 アルスは気楽そうだ。

 自分のことのように喜んでいる。

 はにかむエレンは、満更でもなさそうだった。


 これは才能で済ませてしまっていいのかと、レイは考えていた。


 

 

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