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転生勇者の成り上がり  作者: 雨宮和希
Episode1:旅立ちの日まで
26/121

1-25 強者

 一秒が引き伸ばされた世界の中を、レイは疾走する。

 風を纏った剣撃――その名は“閃空“である。

 風が生み出される理屈をアリアから学んでいるレイは、明確なイメージで風属性魔法を構築することができる。

 風すなわち空気の流れ。気圧の不均一を解消する概念。低気圧と高気圧――その差によって風が吹く。吹いていると思い込む。レイの剣に纏わりついているかのように念じる。想像する。そうであると認識する。

 そうして構築された術式に魔力が流れ込み、稼働する。

 すべてを切り裂くかのような風を、白銀の剣に纏った。

 そう、魔力によって構築された風はただの風ではない。レイの強固なイメージは魔力風にナイフのような鋭さを付与させていた。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 レイは気炎万条、咆哮を上げる。宙に投げ出されていたクリフォードに肉薄すると同時、“閃空“を思い切り振り抜いた。

 真横に一閃。

 迸った銀の軌跡は、しかしクリフォードの体を捉えない。


「――なっ」


 絶句。レイは動揺しながらも行動には出さない。幻影に騙されたのだと思考を回しながら、窓を突き破って外に脱出する。

 直後、完全に倒れた塔が、轟音と共に地面に叩き付けられた。

 レイはそれを見ていない。

 そんな悠長なことをしている暇はなかった。


(……チッ、ここまで実力差があるとは――)


 レイは迷わず撤退する。風の如く疾走して森の中に逃げ込む。

 ざわざわと、エルフ族の喧騒が響き始めた。

 魔力を隠す意味を失ったレイは、異世界式魔術を起動する。

 イメージは携帯電話。“通話“術式を稼働させ、エレンに繋いだ。


『撤退だ。エレン達はダリウスと合流して森を脱出しろ。俺も後から追いつく』

『……え、大丈夫? レイ。いったい何が起きたの?』

『説明している暇はない。デリック、聞いていたらエレンを引っ張り出すんだ。そっちにも危険が及ぶかもしれない』

『了解した。“迷いの結界“はどうやって抜けるんだ?』

『この結界は、内から外に向かう分には問題ない。心配するな』


 少なくとも十数年前はそうだったと、レイは内心で思う。

 レイは返答を聞くこともなく通話を打ち切った。魔力の流れを悟られたら、エレン達の居場所に見当をつけられるからだ。


(……クソ、奴を殺せなかったのは痛いが、撤退するしかない)


 レイはゆっくりと息を吐く。現実を認めるしかない。

 クリフォードとの実力差は隔絶している。

 あの不意打ちが通用しなかった以上、もはや殺す手立てはないのだ。


 里内の森を疾走し、結界に近づいていたレイは足を止めた。

 レイを捜索中のエルフ族戦士団が近づいてきている。 

 気づかれたくはない。

 レイは木陰に身を潜めると、魔術の起動準備をした。


(…………迷彩。景色に溶け込んでいくように念じ続ける)


 レイの体の色が変色していく。

 景色と同化し、それを維持し続ける。

 直後、すぐ近くをエルフ族の戦士が走り抜けていった。

 だが、慌てることはない。

 レイの感覚は、もう一人を捉えている。

 その戦士が近くを過ぎ去るのを待ってから、“迷彩“を解いた。


(……よし。逃げるだけなら、問題ない)


 レイは息を吐き、音を立てないように移動を始める。

 そもそもレイは夜とはいえ、エルフ族の里の奥地まで侵入し、元長のところまで辿り着いたのだ。  

 レイの優秀な迷彩と索敵の術式は、隠密行動にはうってつけである。

 見つけることは容易ではない。

 

 そう。

 レイのその認識は正しかった。

 少なくともエルフ族の戦士団にレイは捕らえられない。

 これまでの潜入でそれは確認している。

 ――誤算があるとすれば。


 レイの認識以上に、クリフォードが規格外だったことだけだろう。


「その程度で逃げられると思っていたのか?」

「――なっ」


 突如として眼前に降り立つ影。木製の杖を持つクリフォードが、膝を曲げて着地した。絶句。だが動揺している暇はない。

 レイは咄嗟に後ろに飛び退りながら“拳銃“を連射した。

 だが、クリフォードは回り込むような軌道で銃弾を回避しつつ、レイに接近してくる。速い。肉弾戦も得意なのだろうか。

 レイは応じるように前へと身を投げた。わざわざ肉薄してくるということは、先刻のように幻影に騙されているわけではないだろう。

 ならば斬撃を当てれば良い。

 幸い、クリフォードの杖に殺傷能力はない。

 攻撃が躱され、カウンターを当てられたところで死にはしない。

 二度目の交錯。

 レイの斬撃はクリフォードを袈裟斬りにした。

 ――浅い。

 クリフォードはギリギリで後ろに方向を切り替えたのだ。

 薄皮一枚を切り裂いた程度だろう。

 レイは続けざまに追い打ちをかける。クリフォードに合わせて前へと踏み込み、先ほど振り下ろした剣を思い切り振り上げた。

 その効率的な体さばきに淀みはない。

 対面のクリフォードは厳しい視線を向けてきた。

 剣閃の後を追うように、風が唸りを上げる。

 

「……甘いな」

 

 だが。

 そもそも何故クリフォードはわざわざ踏み込んできたのか。

 レイはその点に気づいていなかった。

 クリフォードが淡々と呟いた直後。

  

 ゴッッッ!! という凄まじい音が炸裂する。


 上から降り注いだ巨大な岩塊が、レイの体を叩き伏せた。

 激痛。背中に莫大な質量がのしかかる。

 魔力による身体強化を強めて抜け出そうとするが――間に合わない。

 クリフォードは這いつくばるレイの額に杖を向けた。

 精神に干渉する系統の魔術だろうか。

 徐々にレイの意識が遠くなっていく。視界が霞んでいく。

 

(……ちくしょう。目論見が甘かった……!!)


 上空に岩の塊を構築して、それを自由落下させる――非常に単純な土属性魔術である。普通なら上に魔力が集まっていることに気づく。

 だが、クリフォードは強引にでも接近することによって、レイの感覚視野を狭めた。単純な魔術を活かしていくやり方。ハイエルフの魔術師だからと言って、クリフォードは特別なことなど何一つしていない。

 ――これが、戦術。

 本当の強者の戦い方。

 レイは悔しさを噛み締めながら、ついに思考が途絶した。







 


 ♢







 馬を夜通し走らせていると、朝を迎えた。

 曇天の空は物悲しい閉塞感を覚える。

 今にも泣き出しそうな気候は、まるで心を映し出したようだった。


 レイが昏倒して数時間が経過した頃。

 リリナ・オースティンは、『魔の森』の近くまで訪れていた。


「……こんなところに、何があるっていうんですか?」


 前方のジェイルに問いかける。

 彼は街道沿いに佇む、寒々しい屋敷の前で馬を止めた。

 門には蔦が絡みつき、枯れた木々が並ぶ庭の先には、人が住んでいる気配のない古臭い屋敷が佇んでいる。

 幽霊でも出てきそうだと、リリナは不安に思った。


「ダリウスは……いないらしいな」


 ジェイルは独り言のように呟き、屋敷の扉を開いた。

 リリナについてくるよう促したので、仕方なく後を追う。

 意外と埃もなく、綺麗に片付いている廊下を通り抜けていく。


「……君に見せたかったというものは、この先にある」

「あくまで言わないんですね。いったい何ですか、それは?」

「……口に出しても、君はきっと分かってくれないだろう」


 ジェイルは悲痛に顔を歪めると、地下に続く階段を下った。


「君の目で確かめて欲しい。それできっと、覚悟が決まると思うから」


 リリナは苛立ち混じりに首を傾げたが、大人しく地下へ降りた。

 冷たい空気が流れている。

 リリナは寒さを覚えて両腕を抱いた。

 灯りがないので、周囲を把握できない。

 だが、何故か人の気配を感じた。

 リリナは漠然とした不安を覚えながらも、手近な魔石灯をつける。

 淡い光に照らされ、部屋の全体像が顕になった。

 同時に。

 リリナの前方に座っていた人物の全容も明らかになっていく。


「…………………………え?」


 リリナは驚愕を覚えながら膝をついた。体が震える。目の前に広がっている光景が信じられずに、目を見開いた。

 何せ、リリナの前方で茫洋と座っている女性は――


「お母、様……?」


 ――殺されたはずの、フレイ・オースティンその人だった。

 



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