1-22 スケルトン
翌日。
レイ、デリック、エレンの三人は高速で馬を走らせていた。
ひたすら西に向かって街道を進む。
道中、街に寄ることもなく、できるかぎり魔物を避けていく。
「……そろそろ、休憩、しないか、な……?」
「もうバテたのか。馬たちだって元気なのに」
「俺は、魔術学者で、肉体労働は得意じゃ、ないんだよ……」
荒い息を吐きながら、ふらふらのデリックが告げる。
何だかんだ言いつつ、まだ走れるだろう。
「……貧弱。悪ガキだったとは思えない」
「うるせぇ。引き篭もりを舐めるな」
エレンはレイとアルスの訓練に付き合っていただけあって、体力の不安はなさそうだった。
とはいえ無理をしても仕方がないので時折、休息を入れていく。
その繰り返しを半日以上も続けると、ふとレイが呟いた。
「もう少しだな……」
時刻は夕方。
太陽は沈み、夜が訪れつつあった。
それでも『魔の森』は未だ、遥か彼方に存在する。
だが、レイが頼りにしていた人物の住処に近づいていた。
「……レイ。何があるの?」
「見ろ、あそこに一軒家があるだろう」
「……ほんとだ。ポツンとしてる。なんか、さみしい」
「つーか、人が住んでるようには見えないけど」
疎らな森林の中を切り拓かれた街道を進むレイ達の先には、まるで人気がなく、寂れてしまった屋敷が君臨していた。
「いいんだよ。むしろ賑やかそうだったら望みが薄くなってた」
レイはそう言って笑うと、ひらりと馬から飛び降りる。
錆びついた門を開き、さっさと屋敷内に侵入していく。
「……なんだか、幽霊屋敷みたい」
「怖いのか?」
「……そんなこと、ない。ないから、絶対、ない」
「お、おう、そんなに怖いか。なら、兄さんとここで待っててくれ」
「……こ、怖くないけど。それで、いいよ」
顔を青くしていたエレンは、あからさまに安堵している。
あまり表情に変化がないくせに、感情が分かりやすい少女だった。
「……さて、ダリウスの奴はどこにいるんだ?」
レイは屋敷の扉を蹴り開けて、内部に侵入していった。
♢
「……やぁ」
嗄れた声を出したのは、ゆったりとした羽衣を纏う骸骨だった。
そう、白骨そのものである。
陥没した瞳の奥には不思議な光が揺らいでいる。
「おや、ボクの姿を見て逃げ出さないとは、珍しい子だね?」
「相変わらずだな、お前。まだ幽霊屋敷を演出して人を遠ざけているのか。趣味が良いとは言えないぞ」
「……ほう。なぜボクのことを? 誰かから聞いたのかな?」
「いいか、ダリウス。よく聞け」
レイは真剣な声音で空気に緊張を孕ませると、
「俺はレイ・グリフィス。『前世』の記憶がある転生者だ」
一息に言った。
白骨死体のダリウスは驚いたように、瞳の奥の光を揺らがせる。
「そして俺はかつて、王国の勇者アキラだった」
しばらく沈黙があった。
ダリウスは椅子に座り込むと、周囲の灯りをつけた。
意外と片付いている綺麗な部屋が顕になる。
そしてダリウスが肉片ひとつなく、完全なる骸骨であることも明らかになっていた。
「相変わらず、ぞっとしないな」
「……なるほど。にわかには信じがたいが、確かにアナタはアキラだ」
「へぇ。なんか魔術でも使ったのか?」
「いいや。アナタはかつてボクが灯りをつけると、いつも同じ反応をしていたから、ね」
「そうだったか?」
「自覚はないだろうね。ヒッヒッヒ」
白骨死体はくぐもったように笑う。
いったい何処から声を出しているのか見当もつかない。
ダリウスは肩をすくめながら、
「それで、その転生勇者がボクに何の用だ?」
「急ぎでエルフ族の里に入りたい。今の俺が正面から『魔の森』を踏破するのは厳しい。……お前の力が借りたい」
「ボクでは“迷いの結界“は突破できないぞ」
「それはこっちで何とかする。お前は結界の手前まで連れて行ってくれれば構わない」
「……なるほど、いいだろう。そういえばアナタにはまだ借りを返していなかったしな。まさか転生してくるとは思わなかったが」
ダリウスはそう言いながら立ち上がった。
レイは外へ歩いていく彼の後ろを追いながら、
「そういうお前は、いつになったら死ぬんだ?」
「ヒッヒッ。スケルトンに自然死はありえないよ」
そう。ダリウスはスケルトン。すなわち魔物である。
通常の魔物には大した知能がなく、二つの本能に支えられている。
魔族に従うこと。
それ以外の人間を襲うこと。
だが、竜種や幻獣種、アンデッドなどの特殊な魔物には、人間と同じような知能を宿している場合も少なくない。
特にアンデッド――つまりスケルトン、グール、ゾンビ、リッチ、マミー、ワイト、デュラハン、吸血鬼などの類は、魔物としての本能に惑わされず、生前と同じような理性を持っている事例が多かった。
レイの眼前に存在するスケルトン――ダリウスも、その一例である。
「外には幼馴染と兄がいる。驚かしてやるなよ」
「それはどうかねぇ」
「やめろって。幽霊屋敷の噂が広まって討伐されても知らねぇぞ」
「ボクを討伐できる冒険者なんて中々いないよ。それこそ“炎熱剣“ランドルフでも連れてきてくれないと」
ダリウスの生前は高位の魔術師だった。
スケルトンになってからも研鑽を重ねているので、強い。
聖剣を手に入れたアキラが、初めて苦戦した相手だ。
「危なかったな。最近まで近くの街を拠点にしていたらしいぞ」
「…………そ、そうなんだー」
「動揺しすぎだろ」
適当に会話しながら、屋敷の扉を開く。
門前で待機していたデリックとエレンがレイの方を振り向く。
エレンの顔がさーっと青くなった。
「ひゃ……う、ウンディーネ!! なんか、あ、あれ、倒して!!」
「待て待て落ち着けエレン! こいつは味方だ!!」
「ヒーヒッヒッヒ! 良い子は家に帰らないとねぇぇぇ!?」
「テメェも事態をややこしくしてるんじゃねえ!」
レイがダリウスを蹴り飛ばし、エレンを宥めること数分。
このスケルトンがレイの知り合いであること、生前は高位の魔術師であり、現在も理性を保っているタイプの魔物であること。
それらを説明すると、エレンは怖がりながらも受け入れてくれた。
デリックは魔術学者の本能か、ダリウスに興味津々である。
「……レイが、ちゃんと事前に知らせないから」
エレンは恥ずかしそうに睨んでくる。
普段はクールを装っているので、慌てたことが恥ずかしいらしい。
「どうせ言ったって信じてくれないだろ」
「……レイはいじわる」
「はいはい。後、甘えるならアルスにしてくれ」
レイが嘆息すると、エレンは頬を赤く染めて俯いた。
「時間がない、さっさと進むぞ。ダリウス、道中は頼んだ」
「オーライ、任されたよ」
♢
その頃。
リリナは黒い外套の男に攫われ、人気のない森で解放されていた。
油断をしていたつもりはなかった――が、それ以上に、眼前に佇むエルフがおそろしく速かったのだ。
「見せたいものがあると言ったはずだ」
「……ごめん。私は、お父様を信じてみることにした。あなたたちに手を貸すことはできない」
「いいや」
銀髪のエルフは優しげな語調のまま、首を振った。
「今回は、手を貸してくれと言っているわけじゃない。ただ、君に見せたいものがあるんだ。ついてきてくれないか?」
「……まぁ、それぐらいなら構わないけど」
リリナはレイの警告を思い出していたが、どのみちこの黒い外套を着たエルフには敵わない。
機嫌を損ねて殺されても困る。
レイの見通しが甘かったのだろう。
リリナが外に出なければ大丈夫だろうと考えていたのだが、このエルフは神憑かった手際で屋敷に侵入し、リリナを攫った。
その技量には戦慄すら覚える。
「……あなたは、いったい何者なの?」
リリナが息を呑んで尋ねると、黒い外套を着たエルフはフードを外して長い銀髪を晒しながら、告げた。
「ジェイル・マリオット。ハイエルフ。僕はエルフ族の里に、新しい風を吹かせようとする者だよ」