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転生勇者の成り上がり  作者: 雨宮和希
Episode1:旅立ちの日まで
22/121

1-21 協力

 レイとリリナは村に帰還した。

 調達した物資を引き渡し、いつも通りの日常に戻る。

 

 クリフォードがリリナに提示した刻限まで、後一週間だった。

 時刻は、次の満月の夜。

 場所はエルフ族の里の外縁部。

 リリナが好きだった、人気のない湖の畔である。

 ただし、問題がひとつだけ存在した。

 その場所が、“迷いの結界“の内部にあることだ。  


「つまり、リリナはそこに入れないのか……?」

「はい。私にはエルフの血が半分しか流れていません。『魔の森』に住む微精霊が私を余所者と判断するのか、導いてくれないんです」


 当然、クリフォードはそれを知っていたのだろう。

 だからリローテルで、黒い外套を着たエルフと接触させた。

 あのエルフの案内で、“迷いの結界“を越えさせるつもりだった。


 だが、クリフォードの腹心と思われた黒い外套のエルフは、実際には別の思惑を持っていた。

 これを機に、クリフォードを暗殺する腹積もりだったのだ。

 クリフォードの娘の手を借りて、油断させる形で。


「……ややこしい状況になってるな。クリフォードに会うためには黒いヤツの手を借りるしかないが、それは暗殺に手を貸すことになる」

「何とか、期日の前にお父様に接触できればいいんですけど……その場合は、“迷いの結界“を越えられたとしても、里の内部に入ることになる」


 リリナはそう言って俯く。

 エルフ族の里にとって、ハーフエルフは排斥の対象だ。

 もし見つかってしまえば、どうなるのか分からない。

 それにクリフォードは元里長だ。おそらく警備は甘くないだろう。


(……いや、俺の異世界式魔術を活用すれば、潜入ぐらいなら……)


 レイは思考を巡らせていた。

 どうにかして、リリナとクリフォードが会話する機会を与えたい。

 たとえ信頼を裏切られるとしても、リリナは覚悟を決めたのだから。


(……あまり巻き込みたくはないが、やってみる価値はある)


 レイは立ち上がった。

 体育座りをしていたリリナは、不思議そうにレイを見上げる。


「どうかしましたか……?」

「ついてこい。用事ができた」


 レイはそう言って自室の扉を開ける。

 目的地は――水の精霊術師、エレンの家だった。







 ♢




   


 淡い水色の髪をショートカットにした背の低い少女――エレンは、村の南に広がる草原をのんびりと散策していた。

 レイとリリナが後方から近づいていたことに気づいていたのか、


「……どうしたの?」


 エレンは振り向きもせずに声をかけてきた。

 水精霊ウンディーネが、何処からかレイを見ているのだろう。

 精霊は純真な子供とエルフしか見ることが叶わないとされている。

 『前世』を宿しているレイが見えないのは必然だった。


 そして、精霊が見えるどころか契約を交わしているのが精霊術師だ。

 明らかに常識を越えている。

 その希少性が理解できるというものだ。


「お前に頼みがある」

「……?」


 エレンは不思議そうに振り向いて小首を傾げる。

 子供らしい仕草だが、昔よりも可憐さが増していた。


「エルフ族の里を囲む“迷いの結界“を突破したい。お前の水精霊だったら、俺たちを内部に導けるはずだ」


 精霊術師のエレンなら“迷いの結界“を越えられる。

 エルフ族の里にさえ侵入できれば、レイは異世界式魔術を応用することにより、クリフォードに接触する自信があった。

 そして黒い外套を着たエルフの暗殺計画について伝え、リリナとの接触時刻を変更する。

 だが、それには幾つかの問題がある。

 レイが侵入する間、取り残されるエレンが危険であること。

 『魔の森』の屈強な魔物を打倒して進み続ける自信がないこと。


 レイはそんな不安も含めて、事情をつらつらとエレンに語った。

 リリナの個人的事情に踏み込むことだが、道中で許可は貰っている。


「……そう。ウンディーネ、できる?」


 エレンは無機質な表情のまま、傍らの空を見上げると、


「……できるって」

「よし、後は『魔の森』が突破できればいい」

「……流石に危険だと思います。レイ様とエレンちゃんは確かに強いけれど、そのぐらいで『魔の森』は踏み込める場所じゃない」

「戦力の問題なら分かってるよ。俺は馬鹿じゃないからな」

  

 レイは淡々とした口調で言う。


「自分の実力ぐらい理解しているし、何よりエレンを危険に晒すわけにはいかない。俺だってアルスにぶっ飛ばされるのはゴメンだ」

「……えへへ」

「いちいち照れるな、鬱陶しい」

「……辛辣。レイだって、リリナさんとイチャイチャしてるのに」

「し、してない、ですよ……?」

 

 髪を指で弄りながら、子供っぽく目線を逸らすリリナ。

 何で疑問形なんだよ、と突っ込みかけたレイだったが、リローテルの裏通りで抱き合った光景が脳裏に回帰して、言葉が詰まる。


「……うわぁ。こんな甘ったるい空間にいさせないで」

  

 心底嫌そうに毒づいたエレンに、レイとリリナは口々に言った。


「お前にだけは言われたくない」

「エレンちゃん、どの口がそれを言うんですかね……?」


 突如として暗い空気を纏った二人に、エレンは慌てて謝罪する。

 どうやら自覚がないようだった。


 ともあれ。

 エレンも協力してくれることになった。

 残る問題は、『魔の森』を突破する戦力である。

 

(……『魔の森』の近くにはアイツが住んでるはずだ。とはいえ、この姿じゃ俺だと信じられないかもしれないから、賭けなんだけどな……)


 レイは村へ戻りながら、思考を巡らせていた。


「戦力のアテはあるが……一応、デリック兄さんも連れて行くか」

「魔術だけなら上手いですからね」

「それに、エドワード兄さんと違って暇だろうしな」

「……二人とも、なんか、当たりキツいよ……?」


 それはデリックが夜な夜な専属のメイドと、あんなことやこんなことを毎日のようにして、屋敷中に嬌声が響かせているせいである。

 要するに信頼度の低下は自業自得だった。


「それと、リリナは村でお留守番だ」

「え、これは私の問題なのに、私が行かないなんてこと……」

「黒いヤツに怪しまれそうだ。ヤツは俺が何をしようと気に留めないだろうが――リリナは違う。お前は暗殺計画の要だ。その動向には注目されているはずだ」

「……でも、それらしい気配は感じませんけど」

「ヤツは俺より強く、隠れるのも上手い。分からなくても勘が告げてるんだよ。ヤツは俺たちを定期的に見張っている――ような気がする」

「……結局。あいまいな答え」


 ジト目を向けるエレンに、レイは肩をすくめた。


「世の中に、絶対はないんだよ」







 ♢


   






「は? なんで俺? 出発は明日? え、なんで?」

「グダグダ言ってる暇で準備しといてね」

「いや、ちょっと、そんな面倒くせぇこと絶対やらね――」

「――デリック兄さんが魔術研究とかぬかしながら、専属メイドさんと夜な夜な編み出した『妙な』術式のこと、エドワード兄さんにバラしてもいいんだけど――」

「――よし分かった。兄さんがお前を守ってやるからな!」

「……まったくもう。このエロガッパ」

「いや、あの、リリナさん……? あの、俺、一応、貴族」

「カタコト言ってる暇で準備しろよ」

「了解!!」

  

 シュタッッ!! と敬礼して部屋に消えていくデリック。

 何故こんな男になってしまったのか。

 幼い頃は明るく聡明で、優秀な子だったような気がするのに。


「あいつは本当に魔術学者を名乗ってもいいのか?」

「王都の魔導学園で発表した論文が凄かったみたいで、今も期待の星らしいです……デリック様は昔から、頭だけは良かったですからね」


 その代わり家庭内の評判は地に落ちているようだが。

 レイは苦笑を浮かべた。


「あれでデリック兄さんは強い。保険としては十分だろう」

「……しかし冷静に考えると、伯爵貴族の子息を保険として活用するって、随分ぶっ飛んだやり方ですね」

 

 リリナと会話を交わしながら、レイは思考を回転させていく。

 自室に入り、ベッドに飛び乗った。

 腕を組みながら枕に頭を乗せ、ひたすらに黙考する。


(……手は整った、後は時間の問題。……目的地まで急いで二日、か)


 そして。

 リリナには話していないことが、ひとつだけあった。


(……クリフォードは、『前世』でアキラと交渉した――あのときの銀髪のエルフなのか?)


 レイはそれを疑っていた。

 仮にクリフォードが事件の黒幕だとしたら、レイは、奴がリリナと接触する前に殺してしまうかもしれない。

 その場合、いくらリリナが覚悟を決めたとはいえ、彼女の繊細な心に深い傷を負わせることになってしまうから。


(……まずは行ってみなけりゃ、何も分からないが)


 ――嫌な予感がすると、レイは思っていた。



 

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