1-18 謎のエルフ
(……リリナは、まだいないか。面倒な事態になってきた)
リリナとの合流地点に辿り着いたレイは、剣に手をかけながら失敗を悟っていた。
少しだけ人気のない場所を設定したことが間違いだったらしい。
「よう兄ちゃん」
レイが裏通りの少し開けた場所で立ち止まると、後ろから四人のごろつきが声をかけてきた。
振り向くと、ニヤニヤと笑う男たちが歩いて近寄ってくる。
レイはざっと周囲を見回し、そそくさとこの場所から去っていく人間たちを眺めた。
(……なるほど、な。この辺りはこいつらの縄張りだったか)
「悪ぃんだけどよ、金を貸しちゃくれねえか。兄ちゃんがたくさん持ってるのは知ってんだ」
(……黒いヤツの気配は、ない。どこかで一瞬ちらついたような気もしたが……少なくとも近くにはいない。なら、どうして?)
「……おい、聞いてんのかよ? 金を出せって言ってんだ」
レイはいつの間にか四人のごろつきに囲まれていた。
いずれも腕に自信がありそうな、ガタイの良い男ばかりだ。
(……待てよ。黒いヤツが俺の向かう方向から何かを逆算したのするなら? もし探しているのがリリナだとしたら――)
「……おい!? テメェ、無視してんじゃねえよ!! さっさと金をよこせ! 立場が分かってんのか!?」
「――うるせぇ」
思考を邪魔されて苛ついたレイは、正面に立っていた男を思い切り蹴り飛ばした。
繊細な魔力制御により最大限の効率を生み出した蹴りは、何の容赦もなく駒のように回転させながら、男を数十メートル先まで吹き飛ばす。
レイは三人の男が動揺している隙に、後ろの男を殴り倒した。
そこでようやく残り二人が動き出す。
「なっ……この!!」
「遅い」
右の男が引き抜いた安物の剣をレイは裏拳で叩き壊した。
絶句する男に冷徹な視線を向けると、廻し蹴りで薙ぎ倒す。
「残るはお前だけだ」
「は、え…………?」
左に立っていた男は、混乱したように周りを見渡している。
一瞬のうちに三人が潰されて動揺しているらしい。
「まだやるのか?」
レイが威圧するように告げると、男はブルブルと怯えて首を振った。
「なら、一つだけ聞きたいことがある」
「な、なんでしょう……?」
「役所にいた黒い外套の男。アレはお前らの仲間か?」
「く、黒い、外套……? あ、アイツですか。アレは最近街にやってきたばかりでして、詳しいことは俺たちにも……」
「嘘をつくな」
「う、嘘じゃねえです!? 本当です、信じてください!」
「……そう、か」
レイは男に気絶した三人のうち二人を抱えさせる。
自分も一人引きずりながら表通りまで歩き、衛兵に突き出した。
グリフィス伯爵家の子息であることを告げて簡単に事情を説明していると、ごろつき共は諦めたように大人しくなっていた。
衛兵にごろつきを預けたレイは、リリナを探していた。
(仕方ない……術式で探り当てるか)
領地の規則には反しているが、レイの異世界式魔術における探査術式とは、厳密に言えば通常の定義における探査ではない。
ただの“レーダー“である。
屁理屈のように聞こえるかもしれないが、実際に気づかれても罰則を受けない範囲ではあるだろう。
ただ領主の息子としてはギリギリを突くような真似はしたくないのだが――リリナに危険が迫っているかもしれないのだ。
レイは躊躇いなく術式を構築し、魔力を込めて稼働させる。
(――見つけた)
♢
「あの男だけは、殺さなければならない」
リリナは動揺していた。
自らの身体を抱き締めるように腕を回して、縮こまっている。
街中で買い出しをしていたリリナは、その終わり際に、黒い外套を着込みフードで顔を隠した男に声をかけられた。
リリナは怪しんだが、男はフードからエルフ特有の細長い耳をちらつかせて、「大事な話がある」と言ったので指示に従ったのだ。
「……そんな、でも。私は……」
「いまさら何を躊躇うことがある。元々『迷いの結界』を越える手段は見つけていたんだろう?」
「……違います。それは、父の真意を問い質したいからで――」
「――フレイを殺した男に、どんな真意があると言うんだ」
黒い外套の男は硬く拳を握り締め、悔しそうに言った。
「あの男はエルフ族が人間を憎んだというだけで、権力を護る為に自らの妻を手にかけ、娘を追放するという方法を選んだんだぞ!!」
その言葉に、リリナは顔を歪めて両手で頭を抱える。
「……でも、でも…………ッ!!」
地面にしゃがみ込み子供のように首を振るリリナを見て、黒い外套の男は柔らかい口調で言葉を吐いた。
「……ごめん。まだ、考えを纏める時間が必要だよな」
「…………はい。でも、私……実は、まだ信じ切れていないんです」
リリナは、今にも壊れてしまいそうな儚い信頼を瞳に浮かべた。
か細く、消え入りそうな声音で呟く。
「あの父が……母を殺したなんてこと。私には信じられないんです」
「……そうか」
外套の男はゆっくりと嘆息すると、覚悟を決めたように言った。
「……君に見せたいものがある。この後、時間はあるか?」
「…………あ、いや、私は、用事があります」
リリナが何かを思い出したように呟くと、外套の男は頷いた。
羊皮紙にささっと文字を書き連ねていく。
「なら、今度にしよう。この場所に来てくれ、待っているから」
「……分かりました」
黒い外套の男は身を翻し、通りへと消えていく。
羊皮紙を受け取ったリリナは、どこか哀しそうに呟いた。
「お父、さん……」
そして。
その会話を、レイは建物の影ですべて聞いていた。
♢
――それは、悪意の塊だった。
「……お前がエルフ族を扇動したのか」
「人聞きの悪いことを言うな。そもそもの原因は帝国だろう?」
平然と肩をすくめるのは、銀の長髪をしたエルフの男である。
対面している王国の勇者――アキラは、硬く聖剣を握り締めていた。
その視線は鋭く、沸々とした怒りで燃え上がっている。
だが。
「お前は僕を殺せない」
エルフ族の男は、アキラの思考を見透かすように嘲笑する。
「僕を殺せば今度こそエルフ族との関係は修復できなくなる。所詮『英雄』でしかないお前は、それを許容することができない」
「……いったい何を求めている?」
「悪いが、エルフは寿命が長いんだ。目的なんていろいろあった気もするしなかった気もする。あえて言うなら、面白そうなことを探してる」
「――テメェの、その気紛れで、何人死んだと思ってやがる!?」
激昂するアキラに、銀髪のエルフは背を向けて嘆息する。
「知らないよ。興味もない。犠牲は必然だよ。そんなに細かいことを気にしているから君は魔王に挑むことすらできない――」
「――調子に乗るな」
ゴッッッッッ!! と、アキラを中心に莫大な魔力が放たれた。
そう。ただの魔力。それによる威圧。つまり攻撃ですらない。
それでも。
正面から晒されたエルフの男は、荒い息を吐いて膝をついていた。
「お、おいおい……分かっているのか。ここで僕を攻撃すれば、大変な」
「攻撃だと?」
アキラは嘲るように言った。
その身に不必要なまでの莫大な魔力を宿らせながら。
「これはただの魔力波だが?」
「このガキ……」
エルフ族の男はその瞳に憎悪を宿らせる。
だが、直後にゆっくりと息を吐いて冷静さを取り戻した。
「……まあいい、交渉は終わりだ。後は行動で答えを待っているよ」
――厄介だ。
アキラは険しい表情で、去っていく銀髪のエルフを眺めていた。
あの男は悪意の塊だ。
生きている限り、必ず誰かに不幸を与える。
これ以上の悲劇を避ける為にも、命を絶やさなければならない。
舌打ちしながら、後方に数体の魔物がいることを探知する。
アキラは聖剣に光を宿しながら、吐き捨てるように呟いた。
「……クソッタレが」