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転生勇者の成り上がり  作者: 雨宮和希
Episode1:旅立ちの日まで
18/121

1-17 装備

 レイは白銀の長剣に黒い鞘を貰うと、元々の剣を安値で売った。

 数年も使ったので愛着はあったが、持っていても仕方がない。

 他にも素材の剥ぎ取り用にナイフを何本か買うとドワーフの男に礼を告げ、レイは大通りに出る。

 

(……さて、要所を護れる革鎧あたりが欲しいところだが)


 レイの女神式剣術は、敵の攻撃を受けることはあまり想定していない。すべて躱すことが前提となっている。

 どれだけ硬かったとしても重い鎧は、レイの力を半減させる。


 街角で見つけた防具屋にレイは足を踏み入れた。

 こういった施設は冒険者や傭兵の為にいつでも開かれている。


(……ふむ。悪くないな)

 

 レイが目をつけたのは黒色のクロスアーマーだった。

 布製の簡素な鎧で斬撃に対する効果は期待できないが、軽い。

 試着してサイズを確認すると、レイは金を支払った。

 

「……思ったより高いな?」

「これは上等な品ですからね。見た目もスタイリッシュだし、魔力による身体強化と合わせれば打撃にはかなり強い構造をしている」

「魔導服みたいな部分もあるわけか」

「まあ少しは。そこまで稀少な品はうちにはないですけど」


 防具屋の店主はそう言って卑屈に笑う。

 レイが指摘した魔導服とは、魔力を流すことにより特殊な素材で造られた服が反応し、その軽さと柔軟性を保ったまま金属のように硬化する性質を持つ――新時代を担う防具のことである。

 『前世』で勇者アキラが着ていたのも最高級の魔導服だった。


(……まあ、あるとしても王都ぐらいだろうな)

  

 魔導服の特殊な布地を織る為には、竜種の皮膜が必要なのだ。

 たとえ上位の冒険者だとしても竜種を狩ることは困難を極め、そもそも個体数も少ない。

 故に、魔導服が稀少なのは必然だった。


「あと、外套も選びたいんだが」

「ローブですか。ええと、こちらですね」


 店主に案内された一角には、幾つもの外套が並べられている。

 それこそ激安でボロ布の一歩手前のようなモノから、絹で織られた上等なモノまで揃えてあった。

 魔導服はないようだが、それでも十分な品揃えである。

 アルバート伯爵領で最も大きい街なだけはあった。


「……金ならそれなりにある。最も良いモノはどれだ?」


 レイが金の入った袋を鳴らしながら言うと店主は愛想笑いを浮かべながら、灰色を基調としている外套を指差した。


「こちらなんですが、グリフォンの羽毛で作られたモノです。火属性魔術への耐性が高く、耐久性もかなり良い」

「グリフォンか……中々に縁があるな」

「?」

「いや、こっちの話だ。買おう、いくらだ?」


 レイが言うと、店主は笑顔で値段を告げる。

 多少は盛っているかもしれないが、レイはこれでも貴族の息子だ。

 父の領地内で値切るという真似はしたくない。


「ありがとうございましたー!」


 防具屋の店主を声を背に、レイは再び通りに出た。

 黒い布製鎧の上に、灰色の外套を身に纏った冒険者風の格好。

 少し長めの茶髪が目にかかりそうになっている。

 精悍な顔立ち。優しげな瞳には強い色が混じっていた。

 左腰に吊ってある長剣の位置を確認しながら、レイは街を歩く。


(……さて、残るは魔石を売ることか)


 金額に拘らず装備を新調したことにより、残金は少ない。

 七年間も魔物を狩り続けていたとはいえ、所詮はゴブリンやガードックが大半で、たまにゴリグマと遭遇する程度である。

 魔石の価格基準となる純度も大きさも低レベルな魔石が多く、何回か装備を一新するだけで使い切ってしまっていた。

 レイは自らの命を預ける装備には、金を惜しむつもりはなかった。

 自分で稼いだ金なら尚更である。


(……あの建物かな)


 レイはぐるりと周囲を見回すと、最も目立つ建物に向かった。

 魔石を売る場所は簡単だ。

 街の役所で売ることが最も適正価格に近く、つまり高く売れる。

 ザクバーラ王国は魔石文化であり、常に魔石を求めている。

 兵役に就く者と冒険者以外の人物が魔物を狩ることは本来なら禁止だが、たまたま遭遇した際などは認められていて、その場合は魔石を売ることができる。

 ゴブリンやコボルトなら、ある程度の魔力制御が扱えれば倒せるので、有名無実になりがちな規則と化していた。


 レイは役所の扉を開くと、カウンターにいる受付嬢に声をかけた。


「……済みません。魔石を売りたいんですが」

「あ、畏まりました。少々お待ちくださいませ」


 魔石を売る程度でいちいちアルバートの息子を名乗るのも面倒なので、レイは大人しく一般人を演じる。


「それでは、こちらの方にご提示をお願い致します」


 レイは背負っていたバッグを下ろすと、中から魔石を取り出した。

 その数が増えていくごとに、受付嬢の笑みが引き攣っていく。


「……そ、それでは、宜しいでしょうか? もう無いですよね?」

「あぁ」


 動揺する受付嬢に苦笑しながらレイが頷くと、男が数人がかりで何百個もの魔石を運んでいく。

 レイが背負えていた理由は、単純に身体強化によるものだった。


(そりゃ、流石に目立つか……)


 レイは後方から突き刺さる幾つかの視線に気づいていた。

 この役所は魔石換金所を兼ねている。

 つまり腕に覚えがあるごろつきが来ていても、おかしくない。

 ――だが、所詮は冒険者未満の連中である。

 ゴブリンやコボルトなどの下位の魔物を倒す程度で精一杯の技量では、冒険者試験に合格することはない。

 つまり、この視線の連中ごときにレイがやられることはない。

 役所には衛兵がいるからまだ手を出せないが、金を貰ったレイを追跡し、人気のないところで襲撃するつもりだろう。


(……いや、待て)


 レイは慌ただしく金を数える受付嬢を待ちながら、一際鋭い視線を向けてくる人物の方を向いた。

 黒い外套。

 フードを深く被り、冷徹な瞳だけが覗いている。

 ――視線が、交錯する。

 

(…………たぶん、俺より強い)


 レイは冷や汗を流していた。

 何千と敵を屠ってきた勇者の勘が警鐘を鳴らしている。

 もしや本物の冒険者だろうか。

 役所の中でフードを被るという怪しい格好をするとは思えないが。


(……金が欲しいだけのごろつきなら分かるが、こんな野郎が俺に何か用があるのか?)


 レイは素知らぬ顔で目を逸らした。

 今のレイではまだ戦える相手ではないのだ。

 できるだけ刺激しないように意識する。


(俺個人に心当たりはないが……これでも領主の息子だ。アルバートの恨みをぶつけられてるとしてもおかしくはない)


 レイは無表情のまま思考を回転させる。

 金を数え終わった受付嬢からいくつかの金袋を受け取ると、おそろしく軽くなったバッグに詰めていく。


「……それにしても、凄いですね。冒険者様ですか? アルバート伯爵領は弱い魔物が多いから、あまりいらっしゃらないんですけど」

「いいや。冒険者志望だよ」

「そうなんですか! 頑張って下さい」


 受付嬢は元気良く言った後、レイの耳に口を寄せてきた。

 ふわりと甘い香りが漂う。


「……ちなみにそのへんにいる怖い顔の人たちも冒険者志望って言ってるんですけど、何回受けても合格しないんですよ。追い剥ぎみたいなことばっかりしてるから当然なんですけど」

「へぇ、衛兵に捕まえられないのか?」

「決定的な証拠が掴めなくて……かなりのお金を渡したので狙ってくるかもしれないです。お気をつけて」


 お人好しな受付嬢に礼を言うと、レイはさっさと役所から出る。

 大通りの雑踏を早歩きで進んでいく。

 

(………さて、どう来る?)


 厳つい顔をした先刻のごろつきが――四人。

 随分と離れた後方からついてきている。

 おそらく最初から注意していなければ、気付かなかっただろう。


(……手慣れているんだな)


 レイは内心で苦笑した。

 その技術を習得している暇で、鍛錬をすればいいのに。


(さっきの黒いヤツの気配がない……どこかに紛れたか? それとも俺に興味が失せて、まだ役所に居座っているのか)


 レイは探査系の術式も扱うことができる。

 だが、街中で使うことは禁じられていることに加え、それを感知できる者には喧嘩を売っていると取られても仕方がない。

 集中する。意識を研ぎ澄ませる。

 聴覚にすべての神経を委ねる――が、何も感じ取ることはない。

 それでも、レイは妙な悪寒を覚えていた。


(……裏道に入ってごろつきを始末しようかとも思ったが、黒いヤツが出てきたら危険か。このままリリナとの合流地点に向かうしかない)


 リリナはレイピアの達人で、強い。

 一人では不可能でも、二人なら倒せる可能性は高い。


 ――レイは、追跡を覚悟の上で足を動かすのだった。

 




 

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