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転生勇者の成り上がり  作者: 雨宮和希
Episode1:旅立ちの日まで
17/121

1-16 街

 ――時が過ぎるのは、早いものだ。


「……アルスが旅立ってから、もう一年か」


 レイはリリナの着替えを眺めながら、しみじみと呟いた。


「そうですね……レイ様もアルス君も、立派になるのは早かったですね」


 すべすべで健康的な肉つきの脚。腰のあたりは女性らしいラインを描いていて、白いショーツが可愛らしい。胸は非常に大きく、レイの知らない間にかなり成長していたことが分かる。シミ一つない綺麗な背中には、普段はポニーテールにしている銀髪が下ろされていた。普段より大人っぽい雰囲気が漂っていて、レイは新鮮な気持ちを抱いた。


「まだ、目指すところには程遠い」

「あはは、レイ様は真面目なんですから」

「そんなことないよ」

「あはは……あの、レイ様、あなた何でここにいるんですかね?」

「バカお前、俺はお前のご主人様だぞ。メイドの成長を確認にだな……」

「こ、この……エロガキが――ッ!!」

「うおおおおおおおおお!? おいちょっと待てやめろバカ、主人に向けて本気でレイピアを振り回すのはやめるんだ!!」

「今日こそやめるかぁぁぁぁ!!」

  

 リリナは下着姿のまま、うがーっ!! とレイに襲いかかる。

 レイは慌ててリリナの部屋から脱出していく。

 良いものを見れたから、それで満足しておこう。





 ♢





「……ふん」

「いつまで気にしてるんだ。よくあることだろ」

「よくあることそのものがおかしいんですけどね……?」


 リリナは少し頬を紅くしながら、ジト目を送る。

 レイは肩を竦めて薄く笑った。


 二人は馬に乗って、風を切るように疾走していた。


「いいぞ、ディータ。このまま止まるな」


 レイは荒ぶる手綱を握り直しながら、楽しそうに呟く。

 一年前。

 ランドルフに冒険者に馬は必須だと言われたレイは、アルバートに頼み込み、屋敷で抱えているうちの一頭を自らの馬とした。


 名はディータ。鹿毛で少し細身。

 家で抱えている他の馬と比べるとスタミナはないが、異様に速い。

 気性は荒いが神経は図太く、戦闘になっても混乱しない。

 これらの理由からレイはこの馬を気に入っていた。

 

「お、見えてきたな。あれがリローテルの街か」


 レイとリリナは村から街道を北西に進み、アルバート伯爵領で最も栄えている都市リローテルを目指していた。

 目的はいろいろある。

 まず、しばらく貯め込んだ魔石を売り飛ばすこと。

 剣を新調すること。

 新しい防具や外套を見繕うこと。


 アルバートや村人に頼まれた物品をリリナが購入している間に、レイはこれらの目的を済ませるのだ。

 リローテル南門の前で並んでいる行商人や旅人を横目に、レイ達は門番の前に辿り着くと、ひらりと馬から飛び降りた。

 革鎧を纏った中年の門番は、困ったようにレイに声をかける。

 

「おい、少年。ちゃんと並んでから……って、リリナさんじゃないですか。あれ、ってことは……」


 言葉を並べ立てるうちに顔面蒼白になっていく門番である。

 レイは苦笑しながら、中年の門番に言った。


「レイ・グリフィス。アルバート伯爵の息子だよ」

「こ、これは大変失礼致しました。ただいまお通しいたします……」

「そんなに慌てなくていいから」


 慌ただしく周囲の仲間に言付ける門番を目にして、レイは緊張を解くように気安く声をかける。

 レイ達が住む村ではアルバートの気性もあり、このような対応をされることは少ないのだが、本来なら伯爵家の子息ともなれば、敬意を以って丁寧に扱われて当然ではあるのだ。


(こういうの、あんまり好きじゃないけどな……)


 『前世』が村人のせいか、レイは申し訳なく感じてしまうのだが、リリナは毅然とした態度で門を守る衛兵達に対応している。

 流石は貴族お抱えの召使いなだけはあった。

 そうして、レイとリリナは馬を牽きながら街中へと歩いていく。


「へぇ……」


 レイはその規模に圧倒されていた。

 思っていたよりも人の数が多く、建物が雑多に立ち並んでいる。

 大通りは石畳になっていて歩きやすい。

 暖かい太陽の下で活気のある喧騒が飛び交っていた。

 さまざまな服装の人間が雑踏を歩いていく。


「レイ様、この街に来たのは初めてでしたっけ?」

「あぁ。父さんの都合で何度か連れていかれそうになったことはあるが、街のお偉いさんと関わるのも面倒だったからな……」

「貴族の台詞じゃないですね……」

「まあ、俺は冒険者になるからな」

 

 レイは適当に言いながら、手近な厩にディータを預ける。

 リリナも同様に馬を預けていた。

 レイはぐるりとリローテルを見渡し、感嘆の息を吐いた。


「……それにしても、広いな」

「……」

「リリナ?」


 リリナはレイの話も聞かずに、通りの方に視線を向けていた。

 そこにいたのは、凡庸な家族だった。

 大人の男女が二人、その間に挟まれている子供が一人。

 子供は無邪気に騒ぎ立てて、男女は楽しそうに笑い合っていた。

 リリナはその光景を慈しむかのように、優しげに目尻を緩めている。

 

「どうした?」

「え、あ。は、はい、レイ様。何でしょう……?」

「……あの家族が気になるのか?」


 レイが単刀直入に尋ねると、リリナは少し狼狽えた。


「……あ、いや、幸せそうだなぁって思って、見入ってしまって」

「それだけか?」

「……そうですね。あと、少しだけ……家族を思い出したので」


 静かな呟きだった。どこか寂しげな響きを伴っていた。

 複雑そうな心境を察して、レイは何も言及しなかった。


 ――リリナはハーフエルフだ。


 父親はエルフで母親が人間。

 ザクバーラ王国は多種族国家だから、戦争の只中にある魔族を除けば、基本的にはどんな種族でも受け入れられる。

 だが、エルフ族の里はそうではない。

 『世界樹』の麓に住み、他種族との接触を断って、自らの高潔な血筋を大切にするエルフは、ハーフエルフの存在を忌み嫌っている。

 リリナがどういう経緯でアルバートに抱えられたのか、何も聞いたことはないが――何となく、予想はついている。


 レイは嘆息しながら、リリナに言った。


「それじゃ俺は勝手に街を見て回ってるから、リリナは用事を済ませといてくれ」

「…………ええ。でも、大丈夫なんですか? 一人で」

「何回目だよ、その質問。いまさら俺が誘拐でもされると思うのか?」


 レイが苦笑して肩をすくめると、リリナは渋々と引き下げった。

 確かに伯爵家の子息を街中で一人にするのは危険だ。

 だが、単独で魔物が棲む森を徘徊し、グリフォンすら討伐するレイに対して、今更そんな言葉を吐くのは無駄だと分かっているのだろう。

 あの日から一年。レイは更に成長し、強くなっていた。


「……それでは、いったん失礼しますね」


 その後、何かを喋ろうとしたのかリリナは何度か口を開きかけ――それを誤魔化すかのように頭を下げた。

 くるりと身を翻して、人混みの奥へと消えていく。

 レイは静かに目を細めて、そんなリリナの後ろ姿を眺めていた。


(…………最近、なんか不安定だな)

  

 尋ねれば普通に返答する。着替えを覗けば普通に怒る。

 だが、それでもレイは妙な違和感を覚えていた。

 ふとした時に見せる暗い表情。先ほどの言動。

 もしかすると家族絡みで何かあったのかもしれない。

 だが、下手に言及すればリリナを傷付けかねない。


 レイはつらつらと悩みながらも、見かけた武器屋の扉を開いた。


「……いらっしゃい」


 背が小さく気難しそうな表情をしたドワーフの男が、レイを一瞥すると、言葉少なに言った。

 レイは意外に思って、ドワーフの男を眺める。

 いくら武器屋とはいえ子供に武器を売るとは思えない。


(……思ったより成長してるのか)


 十五歳で成人として扱われるのだが、レイはまだ十三歳だ。

 歳の割には背が高い。

 少し細身とはいえ、しっかりと筋肉はついている。

 ドワーフの男の目には、レイが一端の大人に見えたのだろう。


 レイは真っ直ぐ、剣の立ち並ぶ箇所に足を運んだ。

 欲しているのは魔鋼で造られた剣である。

 鉄製では魔力伝導率が悪く、レイが施す強化に剣が追いつかない。

 すぐに限界を越えて壊れるのが関の山だ。


 ――木より銅や鉄、そして鋼。鋼に魔力を浴びせ続けて造る魔鋼。竜の牙や怪物の爪。ミスリル、そして伝説のオリハルコン。

 

 剣はさまざまな素材から造られている。

 だが、一般に出回っているもので最上の素材は魔鋼だろう。

 製造過程の複雑さから値段は高いが、その分だけ性能は良い。

 現にレイがこれまで使っていた魔鋼製の長剣も、魔物との戦闘を繰り返しているのに、数年の使用に耐え抜いてくれた。

 勿論、レイの武装強化の腕が良いという理由もあるが。

 

(……今まで、世話になったな)


 着込んでいる灰色の外套から、剣の柄が顔を晒している。

 親指で少しだけ柄を上げると、刀身が覗く。

 砥石を使っても直らない刃零れが何箇所か見えていた。


「――新しい相棒は、お前にしよう」


 レイは迷いなく、壁に立て掛けられた剣を掴んだ。

 魔鋼で造られた美しい白銀の刀身。控えめながら荘厳な雰囲気を漂わせる装飾。レイの手の大きさに合っていて、握りやすい柄。

 この武器屋で最も良い剣だった。

 それを選んだことに、ドワーフの男は少しだけ笑っていた。


 そして。

 レイは後になって気づいた。

 あくまで本能的に選んだはずのその剣が、かつてレイに力を与えた聖剣におそろしく似ていることに。


 

 

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