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転生勇者の成り上がり  作者: 雨宮和希
Episode1:旅立ちの日まで
14/121

1-13 追跡

 レイとアルスの眼前に転がる何十ものオークの死体。

 血染めの草。

 木にぶち撒けられた内蔵。

 そして鼻を塞ぎたくなるような腐臭。

 端的に言って、地獄だった。


 レイは静かに目を細める。

 突然だったから驚きはしたが、光景そのものは見慣れている。

 それどころかレイ自身が何度もこの地獄を作り上げてきた。

 

「う……おぇぇ」


 アルスがグロテスクな光景に耐え切れず、嘔吐した。

 仕方のないことだろうとレイは思う。

 ランドルフは無造作に手近なオークの死体に触れると、


「レイ。この光景から何が分かると思う?」

「……グリフォンがやったって言うのか?」

「そうだ。よく見てみるんだ、この死体の群れを。どうして俺がグリフォンの仕業だと分かったのか、その理由がある」


 荒く息を吐くアルスを横目に、レイは周囲に目を走らせた。

 斬り裂かれたような傷。確かにグリフォンの爪で引っ掻かれたようにも見える――が、剣や斧でも似たような傷はつくれる。

 何か、違うような気がする。  

 レイはふと何かに気づき、声に出した。

 

「魔石が……剥ぎ取られていない?」

「そうだ。だから少なくとも人間の仕業じゃない。殺しておいて魔石を採らないのは有り得ないからな。売ればかなり儲かるし……放置すればグールを生み出すことを知っている」


 魔物は魔石を核として動いていて、殺して魔石を剥ぎ取れば、魔力を失った死体は自然と地に還る。

 だが、魔石を剥ぎ取らないまま死体を放置すると、死体をなお巡り続ける魔力が汚染され、グールという魔物を新たに生み出してしまう。

 これは誰でも知っている原則だった。


 つまり、オークを皆殺しにしておいて、その魔石がすべて残されている時点で人間がやったわけではない。

 魔石は利用価値が高く、高値で売り飛ばせる。

 捨て置く理由もない。


 そして。

 この森に棲むゴブリンやガードックでは、そもそもオークを倒せない。

 仮に倒せたとするなら、オーク以上の数が必要なはずだ。

 そして犠牲も生まれるに決まっている。

 この場にある死体がオークだけであることを考えれば、やはり新らしくこの森にやってきた異分子――グリフォンの仕業に決まっていた。


「……なるほどな」

「理解できたな? とりあえず魔石を剥ぎ取るぞ。これだけのグールが生まれたら、村にかなりの被害が出るかもしれんからな」

「分かった。アルス、動けるか?」

「あぁ……」


 レイは悪臭に眉を顰めながら、さっさと魔石を剥ぎ取っていく。

 アルスが嫌そうな声音で、レイに問いかけてきた。


「なぁ……なんで、レイはそんなに冷静でいられるんだ?」

「なんで、か」

 

 ――慣れているから。


 ただ、それだけ。

 それ以外の理由なんてなかった。

 だが、その事実をアルスに言うのは躊躇われる。

 世界最強の英雄に成り上がるという夢すら話した幼馴染に、レイは秘密を語ることを怖がっていた。

 流石に信じてくれないだろう。

 レイの『前世』が墜ちた英雄アキラだったなどという世迷い言は。

 少なくともレイがアルスの立場だったら信じない。

 頭がおかしくなったか、夢を事実だと思い込もうとしているのか。

 そんな推測をするのが関の山だろう。


「俺だって、そんなに冷静じゃない。はやくこの場から離脱したいんだよ。それはアルスも同じだろ?」

「……まあ、そうだよな」


 結局、レイは言葉を選んだ。

 嘘は言っていないが、真実も語らないように。


 それ以降はアルスも喋ることはなかった。

 淡々と作業を進め、魔石取りを終わらせる。


「よし。状況は理解しているか?」

「グリフォンはここでオークの大軍に襲われた。大半を始末したが、おそらく数の差に負け、怪我をして逃走。追いすがるオークロード達から逃げていたら、自然と俺たちの村の方に来た」

「そうだ。そして、オークロード達はお前が始末した」

「……だから、グリフォンは安心した。見つけた人里で、肉食ゆえに人を攫い、喰らおうとした」

「が、怪我の影響で狩人の男に意外と手こずり、人が集まる気配を察してまた逃げた」

「いいや。逃げはしても……まだ狙ってはいるだろうな」

「そう、良い推理だ。グリフォンは今頃、のんびりと療養しているだろう。村の人々を虎視眈々と見定めながら、な」


 ランドルフに思考が誘導されていることに、レイは気づいていた。

 アルスは呆けたように二人を見ている。

 相変わらず頭は回らないらしい。


「で……その肝心のグリフォンがどこにいるか、だが」


 ランドルフは馬の手綱を引いて歩きながら、言う。


「まったく分からない」


 レイはズッコケそうになった。


「……いや、おい」

「慌てるな。だから探すんだろう?」 

「見つかるのか?」

「グリフォンが再び村襲撃に向かっていなければ、な。あの魔物は見晴らしが良く、小高い丘を好む。心当たりはあるか?」

「……そう、だな」

「少し東に行けば、木がまばらで緩やかな丘があると思うけど」


 アルスの言葉に、レイは頷く。

 こういう土地勘のようなものにアルスは優れていた。

 ランドルフは二人の目を見ると、


「よし。なら、最初はそこに向かってみるか」

「グリフォンが村に襲撃に行っていた場合はどうする?」

「心配はいらない。あの村にはエドワードとリリナがいるからな。冒険者のように魔物を探すことはできなくても、襲い来る魔物を倒すことはできる。そもそも、俺よりもお前たちの方が、あの二人の腕を知っているんじゃないのか?」

「まあ……そうだな」


 エドワードとリリナは七年前からレイ、アルス、エレンの三人の訓練に付き合ってくれている。

 その実力は身に沁みて理解していた。

 最近では、模擬戦全体の三割ほど勝てるようにもなってきたが。


「あの村には衛兵もお付きで雇ってる冒険者もいない。貴族が住む村にしてはありえないことだ。それが許される理由は、隣の街に俺がいるからでもあるが――それ以上に、あの二人の腕が信用されてるからだ」

「……なるほどな」

「さて、無駄話が長くなってきた。急ぐぞ」


 ランドルフは馬に飛び乗ると、思い切り手綱を引く。

 レイとアルスは再び魔力を身体に流し、競争が始まった。





 ♢

   



「――当たりだな」


 木陰に身を潜めながら、ランドルフは呟いた。

 少しだけ見晴らしの良い小高い丘の上で、グリフォンが眠っている。

 雄々しき獅子の肉体に鋭い鷲の翼を生やしている。

 眠っているばずなのに、なぜかレイは圧倒されていた。


「呑まれるなよ」


 息を呑むレイに、ランドルフが告げる。


「魔物の怪物性はそれだけで人の精神を惑わせる。体が大きく、異形であればあるほど……な。今、お前にはグリフォンが強い存在に見えているかもしれない。だがな、本気でやれば、今のお前でも倒せる」

「……本当かよ。そんな風には見えないが」

「それが呑まれてるってことだ。赤髪を見てみろ」


 ランドルフが指差したアルスの方を振り向くと――嗤っていた。

 アルスは無意識なのか、口元を歪めて武者震いをしていた。

 オークの死体の群れには人並みに気味悪がっていたような男が、それよりも遙かに強大な魔物を眺めて、瞳に喜色を浮かべている。

 レイ達の会話など聞いてすらいなかった。


「こいつは強い奴を見ると実力が引き上げられるタイプだな。自然と集中力が研ぎ澄まされて、本来の実力が出せると言った方が正しいか」

「そりゃ……そうだろうな。アルスは天才だから、間違いなく」


 レイは気落ちした口調で言う。

 最強になると決めたときから覚悟していたことではあるが、ことあるごとにアルスとの才能の違いを認識することがある。


「……レイ。お前は強い。年齢からは考えられないほどにな。過小評価してる場合じゃないぞ」


 頭に大きくて分厚い手を置かれる。

 あの“炎熱剣“ランドルフに認められることは素直に嬉しかった。

 それでも、少し割り切れないことはある。

 だが、そんなことを考えている場合ではない――と、意識を切り替えるレイを見て、ランドルフは少し考えるように顎を手に当てると、


「そうだな……思ったより傷も深いようだし、あのグリフォンはお前ら二人でやれ」

「え、グリフォンには手を出させないんじゃなかったのか?」

「方針変更だ。お前は少し自信ってものを身に着けた方が良い。『自分は強い』と……そう思え。根拠のない自信は持てないタイプなら、俺が根拠を持たせてやる。いいか、全力で戦えよ」

「いや、ちょ――」

  

 ドン! と、レイはランドルフに思い切り突き飛ばされた。

 放物線を描いて吹っ飛び、丘の方に転がっていく。

 

「マジかよ……!!」

 

 その音に気づきグリフォンが目を覚ましたのか、首を振る。

 ギョロリ、と。

 レイと視線が交錯した。


「……アルス、来い! やるぞ!」

「ああ!」


 グリフォンが翼を広げ、風が唸りを上げた。

 ――戦闘が始まる。


 


日刊26位!

更新頑張ります!

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