1-11 炎熱剣
“炎熱剣“ランドルフ・レンフィールド。
最強の冒険者との呼び声が高く、当時は魔国と泥沼の戦争を続けるザクバーラ王国軍に協力していた。
アキラがランドルフと会話したのは、二度ほど。
一応、旧知の仲ではあるのだ。
「……どうかしたのか、少年。俺の顔に何かついているか?」
「いいや……別に」
低く渋い声音でレイの耳に届く。
――冒険者は自由を求めるが、当然、生活している自国がなくなるのは嫌がる。
だから。
魔国まで続く『砂漠』の案内人や偵察など、必要なことを依頼として出し、魔国の重要人物を賞金首にするなど――冒険者のやり方に則る形で、王国は冒険者たちに戦争協力させていた。
ランドルフが率いるパーティはその筆頭だ。
「さて……グリフォンがわざわざ人里を襲う理由はなんだろうな」
ランドルフは呟きながら、地面に膝をつく。
畑の柔らかい土に落ちた何かを拾い上げた。
「羽根だ」
「グリフォンのか?」
「そうだ。それに、少しだけ血の臭いもする」
「襲われた村人が怪我をしてる」
「いいや、これは人間の血じゃない。魔物の血だ。襲われた村人は手練だったのか?」
「狩人だな。せいぜいゴブリンを倒すのがいいところだと言っていた」
「なるほど。つまり、元から怪我をしていたわけだ」
「断定できるのか?」
「ああ。狩人の弓ではグリフォンに傷はつけられないからな」
ランドルフは淡々と分析を進めていく。
アルバートと繋がりがある冒険者とはランドルフのことだろうが、それにしても大物を連れてきたものだ。
冒険者界の頂点と言っても過言ではない。
流石にあの頃から十数年経過しているから老いてはいるが――年を取った分、威厳は増していた。
「……オークロードがいた」
「なに?」
レイは昨夜、北の森にやってきた異分子についてランドルフに話すことにした。
冒険者なら何か分かるかもしれない。
「この村から北の森だ。普段はゴブリンとガードックが棲み着いてる。ふらふらとうろつくゴリグマが弱肉強食の頂点といったところか。そこに、オークを三体引き連れたオークロードが現れたんだ」
「それは初めてのことか?」
「少なくとも、ここ数年ではな」
「なるほど……グリフォンは追われていたな」
「あの程度の連中にか?」
「……あの程度? まさか少年、お前がオークロードを始末したとでも言うのか?」
「ああ」
レイが肯定すると、ランドルフは薄く笑った。
「なるほど……アルバートの奴の息子か」
「よく分かったな?」
「いいや、遅すぎたぐらいだ。子供にしては背が高く、茶髪で優しげな顔、銀の長剣と灰色の外套。奴から聞いていたんだけどな」
「この程度の痕跡からグリフォンだと見つけ出せる奴が、そこまで知っていて俺が分からなかったのは確かにおかしいな」
「アルバートの雰囲気と似ても似つかないからな。お前は理知的で冷静だ。とはいえエドワードもアルバートと正反対の性格をしているし、単純に俺の落ち度だろう」
ランドルフは小屋の方を見ながら呟いた。
たった今話題に出たエドワードが、ランドルフの到着に気づいたらしく近寄ってきている。
「まあお前は、エドワードよりは口が悪いみたいだが」
「いてっ」
レイはデコピンで額を弾かれた。
思わず尻もちをつき、マルクの家に向かっていくランドルフとエドワードの方を見やる。
「……見えなかった」
レイは額をさすりながら呟く。
魔物が村に現れたばかりで、周囲に対して警戒していたというのに。
(それにしても…………やっぱりグリフォンか)
レイは密かに納得していた。
今回の件の条件に当て嵌まっている魔物は何体か思いつくが――何千もの魔物と戦いを繰り広げたレイの勘が、敵はグリフォンだと告げていたのである。
空を駆ける鷲獅子。
体は頑強で、素早い。
空を飛べない人間にとっては非常に厄介な相手だ。
(オークロードに追われていたってのは少し解せないが……後で聞くしかないな)
オークロードよりもグリフォンの方が強い。
少なくとも『前世』の体感では、明らかに。
レイは疑問に思いながらも再びマルクの家に入る。
マルクのベッドの前に誰か座っていた。
白装束を纏った金髪の女性だ。
レイに見覚えはない。
どうやら治癒術師のようだ。
レイがランドルフに気を取られている間に、マルクの家に入っていたらしい。
マルクの体が治癒術の淡い光に包まれ、少しずつ傷が癒やされていく。
「一時間もこうしていれば全快するようですね。良かったです、マルクさん」
「あ、あぁ……ありがと、な。エドワード様。それに、お、嬢ちゃん……」
「いえいえ。これがわたしの仕事ですから」
白装束の女性はにこやかに笑う。
(……良い腕だ)
レイは感心していた。
治癒術師にありがちな才能だけで威張っているタイプではなく、努力したのか並外れた技量を宿している。
それこそ王宮にいても違和感はないほどに。
(ランドルフの仲間だろうな……)
かつて最強と云われていたランドルフの仲間なら、王国も気軽に勧誘できないだろう――が、それにしては若すぎるような気もする。
そんなことをつらつらと考えていると、レイの横にいたアルスは、ほっとしたように息を吐いていた。
「良かったな」
レイはアルスの肩をぽん、と叩く。
アルスは素直に頷いた。
そしてランドルフのもとに行くと、
「冒険者さん、これから村を襲った魔物を倒しに行くんですよね?」
「……ああ。そうだが?」
「お願いします、オレも連れてってください」
「駄目だ」
アルスの真剣な瞳を見て、ランドルフは即答した。
肩をすくめながら、告げる。
「子供には危険すぎる」
「父の恨みを晴らそうとか、そういうことじゃなくて……いや、それも少しあるけど、とにかく」
アルスは纏まらない思考に嫌気が差したのか、ゆっくりと息を吐いた。
そして、言う。
「オレ、冒険者になりたいんです」
数秒、場に沈黙が下りてきた。
エドワードは何も言わない。
治癒術師の女も心配そうに見ているだけ。
狩人のマルクは眠っている。
「そうか。冒険者になれるといいな、少年」
ランドルフはそう言って背を向ける。
入り口で腕を組んでいたレイは、助け舟を出した。
「一応言っておくが、アルスは――俺より強いぞ?」
外に出ようとしていたランドルフが足を止め、レイに視線を向けた。
レイは不敵に笑みを浮かべる。
「気になるなら試してみればいい。そのぐらいの時間はあるんじゃないのか」
「嘘は、言っていないようだな」
「つく理由もない」
ランドルフはエドワードに目をやった。
エドワードは考えるように目を閉じると、何かの覚悟を決めたのか、ゆっくりと開いた。
「ええ。この子たちは強いですよ。二人共、同じくらい。森の魔物ぐらいなら余裕をもって倒せます」
「そうか。なら、お前んとこの小僧、借りるぞ」
「はい。……正直心配ではあるけど、冒険者になることを考えれば、この機会はきっと勉強になる。あの人は有名な冒険者だ。よく見て、学ぶといい」
「分かった!」
「ああ」
アルス、レイの順でエドワードの言葉に返事をする。
マルクは息子に親指を立てていた。
ランドルフはそんな連中を眺めて、呆れたように嘆息しながら小屋の戸を開く。
村人たちはマルクが回復をしたと聞き、やってきた冒険者が“炎熱剣“ランドルフだと知ると、安心して仕事に戻り始めていた。
そんな村の牧歌的な光景を眺めながら、早足で歩くランドルフの後ろをレイはついていく。
「良い村だ」
「そう思うよ。豊かで平和な暮らしだ」
「南はどこもそうだな。良いことだ」
「北は違うのか?」
「魔国軍の侵略の爪痕が残っている。いまだ復興にはほど遠いだろうな」
「……そうか」
「さて……ここでいいか」
ランドルフは村から少し離れた場所にある、良い具合に開けた草原で立ち止まった。
「まずはお前らの実力を見てやる。足手まといにならないどうか、な」
ニヤリとした笑みと共に、腰の長剣を鞘から抜く。
その身から放たれた殺気に対抗するように、レイとアルスは共に剣を引き抜いた。
「かかってこい」