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転生勇者の成り上がり  作者: 雨宮和希
Episode4:再会
115/121

4-15 聖女の教え

 レイは街中を歩いていた。

 やがて大通りの真ん中で足を止める。

 上を仰ぐと、そこに見えるのは教会都市ベリアルの象徴とも呼べる建造物。

 ――教会、である。他のどの都市に存在する教会よりも、その規模は大きいだろう。

 参拝客も多く、常に人の出入りは多い。

 ただ一般市民が入れるのは正門から女神像の前までであり、その奥には教会関係者しか入場はできないらしい。街の中心付近にある教会に近づくほど、女神教の信者と思われる服装をした者が増えていく。王国の国教になっているとはいえ、ここまで地域に根付いているのは中々珍しい光景だった。

 それを見て、レイは少しだけ眉をひそめる。

 別に、女神に対して恨みがあるわけではない。『女神の加護』はもともとレイの力ではないし、奪われたなんておこがましいことは言えない。

 そもそも増長していた自分が力を失うのは当然のことだとも思っている。

 しかし、レイはグレンの言葉を覚えている。


『――クソ女神の思惑通りになんか動くんじゃねえ』


 それ以外にも、女神を唾棄するような言葉の数々を。

 だから正直なところ、女神という存在を信用はできていなかった。

 王国の民が女神を崇めている以上、あまり表立って言えることではないけれど。


「……さて」


 レイは他の参拝客と一緒に正門を潜り、綺麗な草原と花畑で造られた庭を抜け、すでに開かれている大扉を潜って教会内へと入っていく。

 中央に真紅の絨毯が敷かれた通路、両手には長椅子が縦に何十個も並んでいる。そして奥には、石で造形された女神像。長い髪に、美しい顔立ち。しかし口元の笑みがやけに不気味に映るのは、レイの見方が歪んでいるのだろう。

 やはり教会内部も、他には類を見ないほどの広さがあった。

 ひとまず他の客の見様見真似で女神に祈りを捧げると、近くのシスターに声をかける。


「いつもこのくらい人が来るのか?」

「今日は、いつもよりは多いですね。聖女様が珍しくお姿をお見せになる日ですから」

「へぇ……そうなのか」

「見たところ、旅の方でしょうか? 女神教では少し前に、『創世神話』に名高い聖女の名を継ぐ御方が現れました。その御方が最近は少しずつ、我ら教徒の前でお話をしてくださるのですよ」


 にこやかに語るシスターに礼を言い、レイは長椅子の一角に座る。

 他の教徒に混じってしばらく待っていると、奥の扉がゆっくりと開いた。

 おお、と教徒たちから歓声が上がる。

 二人のシスターを脇に控えさせ、姿を見せたのはこの世のものとは思えないほど整った顔立ちをした美しい少女。金色の髪が、少し薄暗い教会の中で輝いて見える。

 化粧をしていて分かりにくいが――そこにいたのは、間違いなくイヴだった。

 レイが道端で出会い食事を奢った少女が、今は厳粛な表情で皆を見回している。

 その宝石のように澄んだ瞳が、レイの姿を捉えて僅かに動揺を浮かべた。しかし、それを悟らせないように視線をずらすと、教壇の前で口を開いた。


「――神は言いました」


 清冽な声音が、静けさに満ちた教会に響く。

 イヴは大きく手を広げ、皆に語り聞かせるように言葉を紡ぐ。

 それは決して大きな声ではなかったけれど、不思議と耳に響く声だった。


「汝、隣人を愛せ、と。人と人が助け合うことが、人が救われる唯一の道」


 イヴは聖書に記される女神教の教えを、荘厳な口調で説いていく。


「人を愛する者を、神は愛すると言った。すなわち人を愛し、困っている人を助け、苦しんでいる人を救い、優しくあろうとする者こそが、神の寵愛を賜れるということ」


 皆、真剣に聞いている。

 言っていること自体に、別段おかしな部分はない。何ならどこの教会の神父も日常的に言っているレベルのものだ。しかしイヴの語り口は専門の教えを受けたもののそれで、かつひどく上手い。思わず頷いてしまいそうになる、それだけの説得力があった。


「――だが」


 そんな彼女の柔らかく聞きやすい語り口が、突如として硬質に歪む。

 当然、これも計算なのだろう。僅かな動揺が、聴衆にざわめきを生んだ。


「魔族は、人ではない(・・・・・)


 そこから先は、怒涛のような語り口だった。

 魔族は憎むべき敵、討ち果たすべき悪であり、必ず滅ぼさなければならない。

 先ほどまでの優しい教えとは打って変わった、殺伐とした教え。

 魔族との戦争が始まった現状、教会がそういう方針を立てるのは分かるけれど、何だかレイは嫌なもやもや感を胸中に残していた。


「魔族を滅ぼさない限り、人に救いは訪れない。邪悪を退けてこそ、神は人を愛する」


 その間にも、聖女イヴの教えは続く。教徒たちの熱狂も徐々に増していった。


「ゆえに王国は魔族と戦うのだ。今度こそ、神より託された使命を果たすために」


 ぼうっとしていたら、それが人族の使命なのだと思い込んでしまいそうな説得力。

 ここまでくると、ある種の洗脳だった。

 道端で倒れていたあの少女と同一人物には、やはり見えなかった。


 ――魔族を殺せ、根絶やしにしろ!

 ――邪悪なる種族を滅ぼせ!

 ――魔を退け、我らは神に祈りを捧げよう!


 教徒たちより歓声が上がる。

 誰もが狂乱に包まれ、誰もそれに気づいていない。

 その中でレイは一人、聖女イヴを見つめていて、ついぞ視線が合うことはなかった。


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