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転生勇者の成り上がり  作者: 雨宮和希
Episode4:再会
111/121

4-11 幼馴染

 ルイーザが住む屋敷の裏庭。

 そこそこの広さがある草地で、レイはアルスと向かい合っていた。

 手にしているのは木剣。その感触に、なつかしさを覚える。


「――どうした、レイ?」


 周囲を観察していると、アルスが不思議そうに声をかけてくる。


「……いや、何だか懐かしいなと思ってさ」

「何が?」

「ここ、ちょっと似てるんだよ。俺ん家の裏庭に」

「あー……分からんでもないな」


 思えば遠くに来たものだ、とレイは思う。

 屋敷の庭で剣を振っていた頃が、昨日のようにも感じるというのに。

 あの頃はまだ子供だった赤髪の幼馴染が今、青年となってレイの前に立っている。

 すらりとした背丈は、おそらくレイよりも少し高い。

 昔はレイの方が高かったのだが、いつの間にか抜かされてしまったらしい。

 見るだけで分かる。

 肉体は強靭。細身のように見えるが、それは鋼のように鍛え抜かれている証。

 瞳は冷静。昔のような荒っぽさは鳴りを潜め、堂々たる落ち着きを見せている。

 そして。

 剣を肩掛けにしたその立ち姿から放たれる剣気は――間違いなく一流を示すそれだった。


「……へぇ」


 レイは笑う。

 まだまだ足りないとはいえ、レイにはグレンとの修行によって成長した自覚があった。

 一つの壁を破ったと言うべきか。

 世界でも両手の指に入っている自信はある。

 そんなレイの剣気を前にして、臆さない度胸がアルスにはあった。


「なぁ、レイ」

「何だよ」

「勇者ってのは、どんな気分なんだ?」


 軽く屈伸をして準備を整えながら、アルスは気楽な調子で尋ねてくる。


「どう……って、言われてもな」

「今、お前の背中には王国中の期待が乗ってるんだろ? 再び始まった魔国との戦争を、お前が終わらせてくれるかもしれないから」

「大袈裟だな」

「実際そうだろ。みんな、戦争の気配に不安がっていて、新たに現れた勇者の存在に縋ろうとしている。そいつがどんな奴なのかも知らないままに」

「……何だよ、アルス。心配してくれてるのか?」

 

 レイが指摘すると、アルスは苦々しそうに表情を歪めた。

 直後に、適当な調子で肩をすくめる。


「さあな。オレはただ、お前が『勇者』の称号を重荷に感じてるんなら、オレが代わってやろうかと思っただけだ」

「大きく出たな。お前に俺の代わりが務まるのか? アルス」

「当然だろ。お前にできることはオレにもできるさ」

「悪いが、俺とお前じゃ、もう立場も違うし実力も違う」

「――試してみるか?」

「来いよ」


 ゆるり、と一陣の風が吹いた。

 それが合図だった。どちらからともなく大地を蹴る。

 レイは目を剥いた。アルスの方が――速い。


「チッ!」


 舌打ちと共に袈裟斬りに振るわれた剣を急停止してかわすと、カウンターの形で下段から振り上げる――が、すでに定位置へと戻っていたアルスの剣に防がれた。

 ギチリ、と鍔迫り合いが続く。

 だが、レイは膂力で押されていることを自覚した。


「おいおい勇者様、どうしたよ!」


 押し切られる。

 吹き飛ばされたレイは地面を削りつつ勢いを殺すが、アルスがその隙を逃すはずもない。

 猛獣のように襲い掛かってくる。

 上段からの強烈な振り下ろし。ゴッ!! というすさまじい音が炸裂した。

 力で負けていることを冷静に理解したレイは、それを右へと受け流していく。

 しかしアルスは止まらない。強引な体重移動で、息つく暇もなく剣を叩き込んでくる。

 あの頃よりも、より実戦に適した剣術になっていた。

 剣術としての型ばかりを意識していても、戦場では生き残れない。

 時にはあえて型から外れることで、相手のリズムを崩すことも必要だった。

 だが――型通りではないということは、そこから隙が生まれることもまた事実。

 否。本来なら、隙とも呼べないほどの、僅かな呼吸の間。

 だがレイの最適化された剣術は、僅かな差異もなく明確にそこを突く。

 カツ、とレイの木剣がアルスの木剣を下から当てた。

 決して強くはない、力のこめられていない速さだけを意識した突き。

 しかしアルスはその瞬間、攻撃を加えられると思っていなかったせいか、体勢を崩す。

 なまじ反応が早すぎるがゆえの失敗だった。


「しまっ――」

「――終わりだな」


 至近距離で視線が交錯する。

 アルスはそれでも体を鞭のようにしならせ、強引に半回転して下段から剣を振るうが、選択肢の少ない状況下での行動は、すでにレイの支配下にあった。

 あらかじめ読み切った上で振るわれた剣の軌道は、ちょうどアルスの剣を弾き飛ばし、次の瞬間にはアルスの喉元に突きつけられていた。


「……参った」


 それが決着だった。



 ◇



 エレンはそれを見ていた。

 少し離れた場所で、剣を交わす二人の幼馴染の戦いを眺めていた。

 エレンだってこれまで生きてきた中で、さまざまな剣士を見てきた。

 だが、この二人の剣戟は明らかにモノが違う。

 どう見ても、常人の領域からかけ離れている。

 けれど、エレンはアルスをずっと傍で見てきた。

 彼の努力を知っている。

 彼が人知れず、ずっと剣を振るっていたことを知っている。

 確かに才能はあったのだろう。

 だが、その強さを手にしたのは間違いなく血の滲むような鍛錬があってのものだ。

 だからアルスがこれだけの力を手にしても、決して違和感などはなかった。

 それだけのことをやっているのだから。

 きっと、そのすべては――世界中から狙われてもおかしくない、エレンを守るために。


「ア、ルス……」


 だが。

 相対しているのは、今や『勇者』の称号を手にした茶髪の幼馴染。

 瞳の冷静さはあの頃と同じ――いや、より落ち着きが増し、確固たる自信を手にしたように見える。

 体格は少しアルスよりも小さいが、その身に纏う剣気は、紛れもなく一流の証。

 成長していたのはアルスだけではないと、理屈では分かっていた。

 けれど、アルス以上に努力していた者などいないと、エレンは信じていた。

 だが、今エレンは、もう一人の幼馴染の凄まじい努力の成果を見せつけられている。

 最初は、アルスが優勢だった。

 猛攻を仕掛け、力でも速度でもアルスが上回り、レイは防戦一方だった。

 だが徐々に、レイの対応能力が上がっていった。

 揺らがずに攻撃をさばけるようになり、隙を見て攻撃を加えていく。

 まるでアルスの動きが、段々と分析されているかのように。

 それでいてレイの動きは、剣術は、洗練されていて無駄がない。

 まるで、これこそが「正しい」剣術だと突きつけてくるかのように。

 実戦を学び荒々しさを取り入れたアルスの剣に対して、レイの剣はひどく美しかった。


「……参った」


 そのあっさりとした決着は、明らかに二人の実力差を示すものだった。

 これが『勇者』。

 かつての勇者アキラが転生し、再び聖剣を手にした再来の勇者レイ。

 アルスはなぜだかすぐに納得していたが、エレンにはどうしても信じ難かった。

 けれど今の彼を見ていると、それが真実であることが如実に伝わってくる。

同時に、仲の良い幼馴染であった彼が、遠くにいってしまったような気がして、少し怖くなった。


「強くなったな、アルス」

「何だそりゃ、嫌味か?」

「本音だよ。グレンとの修行がなければ、もう俺より強かったはずだ」

「グレン……? まさか、『創世神話』の英雄の?」

「ああ。その英雄グレンが、この聖剣に宿ってたんだよ」


 レイはそう言って、エレンに預けていた聖剣を受け取りに来る。

 エレンは大人しくその銀色の剣を彼に渡した。


「かつての勇者アキラの剣は、この剣に宿っていた英雄グレンによるものなんだ。だから俺は転生前、聖剣の資格を失うと同時に、戦うことができなくなった」


 レイは聖剣を眺めつつ、真剣な表情で語る。

 かつての勇者アキラが『堕ちた英雄』と呼ばれた理由が、そこに示されていた。


「聖剣に宿っていた最強の力を、失った。つまりは借り物の力だけを頼りにしていた俺が馬鹿だったってだけの話だけどな。そのせいで……大事なものを失いそうになった」

「……なるほどな。だから、あんなに剣を振るってたのか」

「信頼できる力が欲しかったんだよ。大切な時に、大切な人を守れるような」


 それはきっと、レイが幼い頃から思っていたことなのだろう。

 エレンやアルスが呑気に遊んでいた頃から、レイが剣を握っていた理由そのもの。


「その聖剣。グレンは、もういないのか?」

「ああ。俺との修行で力を使い果たして消えていった」


 つまり、勇者としての特別な力など何もないということ。

 再来の勇者レイの力とは、つまりはレイ・グリフィス本人の力だ。

 だから今の彼はあの頃とは違い、明確な自信を宿した瞳をしているのだろう。

 何もかもが腑に落ちた気分だった。

 レイの異常な努力も、困っている人を見捨てられないその性根も、時折、哀しそうな顔をして遠くを見ている理由も、年上のように感じられた落ち着きも、すべて。


「これでも、割といろんなものがこの背中に乗っている」


 レイはニヤリと笑ってアルスを見た。


「だから、もう負けるわけにはいかないんだよ。悪いな、アルス」


 応じるように、アルスはハッとその言葉を鼻で笑った。


「言ってろ、すぐに追い抜く」


 コツン、と拳が交わされた。

 エレンは何だか仲間外れにされたような気分になって、


「……わたしも!」


 握り拳を作り、無理やり二人の間に割り込むのだった。


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