4-9 レイの秘密
「……レイ?」
「よう、アルス。久しぶりだな」
レイはそう言って、軽い調子で手を挙げる。
その姿は、背こそ少し伸びているものの、以前と何ら変わらなかった。
あえて言うなら、目だけが僅かに違った。
覚悟を決めたような、躊躇いを消したような、そんな瞳をしていた。
「ああ。半年ぶりぐらいか?」
「そんなに経ってたか?」
「分からねえ。三か月ぐらいかもな」
「半分じゃねえか」
適当に言い合いながら、レイはこちらへと近づいてくる。
――勇者の再来。
その噂は王国中に轟き、当然アルスもその話を知っていた。
新たに聖剣を握った男の名が、レイ・グリフィスだということも。
現に、レイの腰には明らかに雰囲気が異なる剣が鞘に納められている。
見る人が見れば、その圧倒的な剣気は一目瞭然だった。
同時に。
レイの強さが数段進化していることも、一目で分かった。
「聞いたぜ、ガングレインでの活躍は」
軽口を叩くと、レイは肩をすくめた。
「やっぱり知ってるか」
「そりゃそうだろ。今やお前は王国中の英雄なんだからな」
「実感はねえけどな」
「つーか、何でこっちに来たんだ? ……何か、事情があるのか?」
尋ねると、レイは僅かに押し黙った。
アルスはそこで察する。
聞かないわけにはいかなかった。
アルスは、エレンを護らなければならない。
そのために、情報は不可欠だった。
「『賢者』は中にいるのか?」
「ああ」
「なら、上がらせてもらってもいいか。話がいくつかある」
レイは真剣な面持ちだった。
アルスは頷き、ルイーザのもとへレイを案内していく。
道中、アルスは何かを尋ねるべきか迷った。
どうして、聖剣を手にする事態になったのか。
ガングレインでの事件は、具体的にどういうものだったのか。
なぜ戦場で、自ら勇者の再来を名乗ったのか。
聞きたいことはたくさんあったけれど、結局アルスは何も言わなかった。
「……何も聞かないのか?」
「別に。勇者だろうが何だろうが、お前はお前だろ」
「変わらないやつだ」
「それに――冷静に考えれば、お前ほど勇者に相応しいやつも珍しいんじゃねえか」
アルスがそう言うと、レイは僅かにきょとんとした顔になった。
直後に、くすりと笑みを浮かべる。
「……そいつは光栄だ」
レイがそう言ったタイミングで、二人はルイーザの研究室に辿り着いた。
アルスが扉を開くと、ソファに座っていたエレンが驚いて目を見開く。
「――レイ!?」
「よう、エレン。可愛くなったか?」
気さくに手を挙げるエレンは、その言葉を聞いて微かに頬を赤らめる。
どうやら照れたらしい。
「――おいおい、オレのエレンに手を出そうとは良い度胸だな」
「はっは、悪かったって」
「……別に。わたしは嬉しかったけど」
レイの首に手を回すと、参ったとばかりに彼は両手を挙げる。
エレンはしれっと言いながら、けれどアルスと目を合わせようとはしなかった。
アルスが「オレの」とか言ったせいでさらに照れているらしい。
「それより、レイはどうしてここに?」
「ああ、それはな……」
レイはルイーザに視線を向ける。
「お前らに聞いてもらいたいことがあるんだ。……ルイーザさんにも、な」
「ほう?」
ルイーザはレイの姿をしばし見つめると、面白がるように笑みを浮かべた。
正確に言えば、ルイーザの視線はレイの腰元に向いている。
「聖剣、かの。と、いうことは……」
「ああ。俺が今、勇者の再来とかいわれてる張本人だ」
「なるほどの……」
「そういえば、ルイーザさんに聞きたいことがある」
「……ほう? 何じゃ」
「――あのクソジジイは、どこにいるんだ?」
アルスにはよく分からない言葉だった。
しかしルイーザには心当たりがあるのか、珍しく驚きで目を瞠っている。
「小僧、もしや……」
「これだけで察するなんて、流石だな。普通は思い至らないだろ」
「わしの研究の奥深さを舐めるでないぞ」
ルイーザはため息をつくと、頭を押さえつつもレイを見上げる。
「のう? ……勇者アキラ」
その言葉を聞いて、エレンが不思議そうに小首を傾げた。
けれど……アルスには、その言葉の意図するところが、理解できた。
「なるほどな……そういうことか」
思わず、そんな言葉も口から出る。
どちらかと言えば、納得の方が大きかった。
「悪いな。隠したいわけじゃなかったんだが」
「分かってるよ。流石に最初から言われても、オレもそれを信じられたか分からねえし」
息を吐くアルスと、苦笑するレイ。
「え、え?」
エレンだけが混乱したように二人を交互に見ていた。
「俺はレイ・グリフィス。プロの冒険者だ」
「レイ……なるほど、噂の勇者の再来かぇ。どうやら運命からは逃れられないらしい」
「いいや、俺が自分で選択したんだ」
「それすらも、わしは女神の奴に縛られているように見えるがのぅ」
「今に分かるさ。俺は、俺の力で、俺の信じる道を切り開く。そう決めたんだ」
レイはルイーザに向けて、不敵に笑う。
自信に満ちた笑みだった。
アルスはそれを横目に見て、彼の成長を肌で感じていた。
「ああ、そういえばさっきの質問の答えだがね」
ルイーザは紅茶で舌を湿らせつつ、
「ジジイなら、死んだよ。二年前にな」
「……そうか」
「気に病むことはないかぇ。大往生じゃ。最後まで安らかに笑っていた」
ルイーザの夫が、二年前に死んだという話は聞いていた。
どこにでもいる並みの商人だったようだが、明るく豪快な人物だったらしい。
おそらくは、勇者アキラとも知り合いだったのだろう。
会話についていけないエレンが、アルスの服のすそを掴んできた。
アルスは苦笑して、肩をすくめる。
その様子に気づいたルイーザが、レイに質問した。
「……何じゃ、この二人には伝えとらんのかぇ、幼馴染なんじゃろう?」
「よく知ってるな」
「ガングレインの騒動がこっちに伝わってきた時に、その話になったんだよ」
「なるほど……まあ、信じてくれないと思っていたわけじゃないけど、中々な……」
言葉を濁すレイ。
いくらアルスとはいえ、いきなりレイが勇者アキラの生まれ変わりだと言われたところで、信じられなかったかもしれない。だから別に気にしてはいなかった。
「別に誰の生まれ変わりだろうと、レイはレイだろ」
「お前ならそう言ってくれる気がしてたよ」
「……ど、どういうこと?」
いまだ頭に「?」を浮かべているエレン。
レイはアルスと目を合わせると、ついにその事実を明かした。
「エレン」
「う、うん。どうしたの?」
「俺は転生者で――勇者アキラの生まれ変わりなんだよ」
その言葉の意味が理解できなかったのか、エレンは二秒ほど固まる。
空白の時間を経て、エレンは目を見開いた。
「……ええ!?」