4-7 炎のような赤い髪の男
筋骨隆々とした巨体に、棍棒を操る知能を持つ二足歩行の魔物。
オーガ三体を前に、炎のような髪色をした少年は平然とした様子で立っていた。
それどころか威嚇するオーガたちに対して、指をくいと曲げて挑発する。
「――いいぜ、来いよ」
戦いの終幕は、あまりにも実力差を明らかにしていた。
少年はまず、すべての攻撃を丁寧に回避すると、直後にその流麗な動作が嘘だったかのような荒っぽい仕草で剣を思い切り振り回した。
ごう、と凄まじい音と共に炎が唸りを上げ、三体のオーガの首から先が焼き焦がされる。
オーガ三体が一斉に崩れ落ちる。
少年は特に感慨もない瞳でそれを眺めていた。
「増援はなし、か」
「――アルス!」
慌てたように走ってきた大男が、その光景を見て唖然とする。
少年――アルスは、「悪いな」と言いつつ肩をすくめた。
「遅かったな。全部倒しちまったぜ」
「相変わらずとんでもねえ奴だなお前は……」
大男はもはや慣れているのか、呆れたような調子でやれやれと首を振る。
「いくら“炎熱剣”の弟子っつっても、新人のうちからこれだけの実績を積まれちゃ俺らの立つ瀬がねぇ」
「はっはっは、まあ仕事も終えたしさっさと魔石を剥ぎ取って帰ろうぜ」
アルスは軽く笑いながら、大男が引き連れた四人のパーティと共にオーガの魔石を剥ぎ取る。今回は街道で人を襲うオーガの討伐依頼を大男のパーティが引き受け、しかし予想以上に数が多かったために増援を要請した形だ。
その時ちょうど冒険者ギルドにいたアルスが現場に駆け付けたのである。
大男のパーティが二体を片付けている間に、アルスは三体のオーガを瞬殺。彼らが自信を失くすのも頷ける。
「天才か……まったく、自分が嫌になるぜ」
「オッサンだって結構強いだろ。オレみたいに無茶しねえだけだ」
「お、言ってくれるじゃねえか小僧。俺だってな、実力差ぐらいは分かんだよ」
「リーダー、情けないっすよそれ……」
「やかましいわ」
ぎゃーぎゃー言い合いつつ、アルスと大男のパーティは街へと戻っていく。
教会都市ベリアル。
二か月ほど前からアルスが拠点としている、北方の辺境都市だ。
山脈の麓に位置していて、街の周囲は森に囲まれている。北側は山になっていて、東側には川が流れている。天然の要害とも言うべき地形だった。
南側は比較的広めの街道が切り拓かれ、道と呼べるのは実質ここだけだ。
ともあれアルスたちはベリアルまで戻ってくると、ギルドに報告をした。
「どうだ、一緒に打ち上げするか?」
「悪いなオッサン。行きてえけど、遠慮するわ。ちょっと待たせてる奴がいるんだよ」
「リーダー、忘れたんすか、アルスには青髪の恋人ちゃんがいるんすよ」
「おっと、そいつは済まねえな。無粋な真似をした」
「恋人じゃねえけど……まあいいや。また何かあったら呼んでくれ」
和気藹々とした会話を終えると、アルスはひらひらと手を振って彼らと別れる。
まだ新人ではあるが、すでにこの街の冒険者ギルドの主力になっている自覚はあった。
“炎熱剣”ランドルフの弟子ということで期待され、それに見合う実績は出している。
しかし――この程度では足りない、とアルスは常に思い続けていた。
なぜなら、
「あ、アルス!」
「悪いな、遅くなった」
何があっても護りたい少女がいるのだから。
そのためには、世界最強になるぐらいの意気込みがなければならない。
「……何してたの?」
「ギルドから応援の要請を受けたんだよ。ま、時間もあったし、軽くひねってやったけどな」
「……わたしに内緒で依頼受けるのはダメって言ったのに」
「仕方ねえだろ、緊急だってんだから」
「ふーん」
そう言って。
蒼い髪の少女は、少々不機嫌そうな目でアルスを見てくる。
「分かってるって、エレン。今度はちゃんとお前も一緒に連れてくよ」
「……なら、いいけど」
アルスが肩をすくめると、エレンは仕方なさそうにくるりと振り返り、歩き出す。
アルスもその背中を追って歩き始めた。
そして、エレンが手に持つ大きな木箱をひょいと受け取り、肩掛けにした。
「あ……ありがとう」
「別に、このぐらい気にすんなよ。で、これ何?」
「大量の虫の死骸だって」
「えっ」
思わずアルスは取り落としそうになったが、慌てて掴み直す。
蓋が外れたらとんでもないことになるのは目に見えていた。ほっと息を吐く。
「あの婆さん……今度は何をする気なんだよ……」
呻くように言うアルスに、エレンは平然とした様子でくすくすと笑った。
「ルイーザさんのことだから、変な薬でも作るんでしょ」
「虫の死骸から作った薬とか、どんなに効くとしても飲みたくねえな」
うげぇと嫌そうに言うアルスは、しきりに木箱の揺れを気にしている。
これを平然と持っていたエレンは意外と度胸があるとか、そんなことを思いながら、二人は街中を進んでいく。
そこで、アルスは足を止めて振り返った。
「……」
「どうしたの?」
きょとんとした様子のエレンに、アルスは不思議そうに言う。
「いつもは引きこもってる教会の連中がやけに多い気がしてな」
「言われてみると……そうだね」
街中のいたるところに、女神教会の信徒を意味する修道服を着ている者の姿があった。
この街は女神教会の総本山ということもあり、別にその服が珍しいというほどでもないのだが、何かのイベントでもないのにここまで見かけるのは確かに何かおかしかった。
「……誰か、探してるのか?」
目を細めるアルスだが、エレンはその袖を引っ張る。
「早く戻らないと、暗くなっちゃうよ?」
「分かった……ってお前、何か予定あったからオレを呼びつけたんじゃねえの?」
「一緒に買い物しようと思ってたけど、アルスが遅くなったからいいです」
「悪かったって……」
ぷいと顔を背けるエレンの機嫌を直しながら歩いていくと、やがて一軒の豪邸の前に辿り着く。エレンは我が物顔で中に立ち入ると、扉を開けた。
広い割に物が散乱している洋館の奥へとエレンはずんずん進んでいく。
アルスはそれについていくと、やがてとんでもなく散らかった部屋に辿り着いた。
胡散臭い機械のようなものがそこら中に置かれている。
「……何でまた汚くなってるんですか」
エレンはその光景を見てジト目になり、呆れたように大きなため息をつく。
「まだ一日も経ってないんですけど!」
「――おや、エレンかい。何だか久しぶりだねぇ。一週間ぐらいかい?」
「今日の朝に会いましたよ」
「おや、そうだったかい? まあ細かいことはいいじゃないか。さ、座りな」
かつては美しかったであろう顔に大量の皺を刻む老婆が、喜々とした笑みを浮かべている。腰がひどく曲がり、杖がなければ歩けない状態になってはいるが――勇者と並んで称される王国の守護者――『賢者』ルイーザ・マクアードルは確かにここに健在だった。
「座れっつっても、座る場所ねえけどな……」
いつものことながらアルスは苦笑する。
ルイーザの家にアルスとエレンが部屋を借りてから早二か月。
エレンが何度掃除しても、ルイーザの研究室はひどい有様を呈していた。
「これ、座る場所っていうのは、作るものなんだよ。まったく、最近の若いもんは……」
ぐたぐたと言う老婆はその外見に似合わぬ機敏な動作でソファのものをばさばさとどこかへ吹き飛ばし、二人をそこに座るように言いつけた。
彼女はそこで「ああ」、と思い出したように呟き、杖を地面にコトンとつく。
「そういえば、頼んでおいた虫の死骸セットは持ってきてくれたかぇ?」
「はい」
「そこに置いといたぜ……何に使うんだよ?」
「ちょっと実験にね……ヒヒヒ」
「怖えよ」
今もルイーザの後ろのガラス管には黒いよく分からない水が入っていて、ぷくぷくと奇怪な音を立てている。今にも何かが起きそうで率直に言って怖かった。
彼女はそこで自分の肩に目をやり、
「サラマンダー、ちょいとだけ実験に手を貸しておくれ」
そんな風に言う。
アルスには何も見えないが、別にルイーザがボケているわけではない。
直後、ガラス管の下部のろうそくに、いきなり火が灯った。
これが――『賢者』ルイーザと呼ばれた者の証。彼女は正確に数人といない、精霊術師の一人だった。つまり、エレンと同じ存在だ。
エレンが水の精霊術師であるのに対して、ルイーザは火の精霊術師らしい。
アルスたちがこの都市ベリアルを訪れたのは、同じ精霊術師にして先の戦争を経験した強者であるルイーザに、エレンが教えを請うためである。
偏屈だという噂は聞いていたので不安はあったが、やはり同じ精霊術師は珍しいのか、報酬もなしで快く引き受けてくれた。……その代わりとして、たびたびよく分からない実験に付き合わされるが。
ともあれ生活費まで負担してくれるわけではないので、冒険者としての仕事をしつつ、アルスは修行、 エレンはルイーザに稽古をつけてもらう、そんな日々を送っていた。
「そういや婆さん、教会の連中が街で何か探してるみたいだったけど、事情聴いてるか?」
「ああ……そういえば、うちにも訪ねてきたねぇ。まったく、この清廉潔白なわしが関わっているわけがなかろうに……」
「いや、疑うのは仕方ないんじゃねえかな……」
「それで、何が起きていたんですか?」
エレンの問いに、ルイーザはひとつ頷いて答えた。
「――どうやら、『聖女』が逃げ出したとか言っていたよ。まあ、ここ数年、彼女はちょいと大人しすぎた気はするから、たまにはこういうのもいいんじゃないかぇ」
「『聖女』……?」
ルイーザの言葉に、アルスは眉をひそめた。
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