4-5 ボーイミーツガール
教会都市ベリアル。
女神教会の総本山にして、『賢者』ルイーザが守護する街。
そして、
「今は、アルスとエレンもいるはずだ」
レイは呟く。
冒険者試験のごたごたを終え、別れる時の会話でそう言っていたはずだ。
となれば、放ってはおけない。
ライナスの言い分を信用したわけではないが、それ以外に手がかりがないのも事実だ。
「……つまり、冒険者ギルド経由で届いている王国からの依頼は、すべて断るってことでよろしいのですか?」
リリナがどこか不安そうな表情で問いかける。
レイは頷いた。
「一応、レイ様が冒険者ギルド所属である以上、依頼という形式を取っているだけで、実際にはほとんど命令のようなものだと思いますが」
「大丈夫だろ。連中も、国民の士気を上げてる要因の俺に手は出せない」
「まあ、そうですけど……一応、聖剣は国のもので、おそらくレイ様に貸し与えるという形式になるはずです。ゆえに、王国の要請には応じるべきだ、とおそらくそういう理屈で協力させてくると思います」
「なら、しばらく保留しておいてくれ。俺は少し、気になることがある」
ライナスと会話した後、病室に戻ったレイは淡々とした口調で話していた。
「気になること、ですか……?」
小首を傾げるリリナに、地下牢獄でのライナスとの話をレイは語る。
すると彼女は、顎に手を当てて黙り込んだ。
「なるほど……」
「今回は、俺が一人で行こうと思ってる」
「え……?」
一瞬、リリナがこの世の終わりみたいな顔をした。
レイは慌ててフォローする。
「いや、ライナスのやつが急げと言っていたから、一応な。お前たちは後で、怪我の治療が終わってから合流してほしい」
レイはリリナとセーラを見ながら、言う。
彼女らの怪我が完全に治癒されるまで、おそらく後一、二週間はかかるだろう。
「確かに完治はしてませんが、今のままでも動けます!」
「……ん。レイ、セーラも」
ここまでの話にはついていけなかったようだが、セーラもつられたように頷く。
「……戦いが起きるかもしれないんだ。今のままじゃ、それは難しいだろ」
そもそもベッドで安静にしていなければいけない時点で、戦闘に耐えうる状態ではない。
レイはリリナたちを心配しているのだ。
ローグに敗北しズタボロにやられたリリナたちは、レイの胸中を察したのか、俯いた。
「……そう、ですよね」
「何、別についてくるなって言ってるわけじゃない。単に、怪我が治ったら手伝ってくれって言ってるだけだ。そんな落ち込んだような顔、すんなよ」
「……ん。セーラも、理解した」
「でもレイ様、本当に一人で大丈夫ですか? 危険ですよ? 今は立場もありますし……」
「フードを深くかぶってりゃ、勇者だなんてバレはしないよ。それに俺の顔を知ってるのも、まだこの街の連中だけだ。旅の心配してるなら、流石にもう慣れてる」
「分かりました。じゃあ絶対、後から追いつきますからね。その間、レイ様に、それとアルスくんとエレンちゃんにも、何も起きないことを祈っています」
「そうだな……嫌な予感がするけど、何も起きないに越したことはない」
「……じゃあレイ、ちょっと来て」
「? いいけど、何でだ?」
レイが疑問に思いつつセーラに近づくと、頭をぎゅっと引き寄せられ、抱きかかえられた。
「……レイ成分、ほじゅう」
「な、な……」
ほくほく顔で呟くセーラに、リリナはわなわなと震える。
レイは膝をつき、セーラの腹に頭を突っ込んでいるような形になっていた。
「何してるんですかー!?」
「レイ成分のほじゅう……だけど?」
「そんな常識だよ? みたいな顔しても騙されませんから!」
「リリナもやる?」
「やります! レイ様は私のなんですからー!?」
お前のだったのか、という呟きは無視され、レイは勢いあまったリリナに抱き締められる。
むぎゅう、と何とは言わないがレイの頭はリリナの豊満なそれに埋められる。
ふふ、とリリナは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「むぅ……」
セーラが不満げな顔で自分の体を見下ろす。
「ちょ、苦しい。離してくれ……!」
「ええー」
「ええじゃない!」
リリナの胸で呼吸困難になりそうだったレイは慌てて脱出する。
「じゃあ、レイ様。お気をつけて」
ふっきれたようなリリナの微笑に、レイは僅かに見惚れてしまう。
「あ、ああ。セーラも」
「……ん。レイ、治ったら、追いつくから」
「分かった。まあ、そうは言っても流石に今日中に出発するのは無理だが」
そんなやり取りをしつつ、レイは支度を整え、翌日に出発することになった。
「……ダリウス」
「何だい?」
その日の夜。
退院したレイが一晩借りた宿にて呼びかけると、ぼうっと音を立ててヒトダマが現れる。
いや、現れたという表現は正確ではないだろう。
気づかれないぐらい小さく縮んでいたヒトダマが、元の火力に戻ったとでも言うべきか。
「お前の方でも手がかりはないか?」
「そうだね。ボクもいろいろと動いてはみたけれど……現状、ライナスから得た情報以外には何も出てこない」
「だろうな……というかお前、最近あんまり姿見せないのは、何か理由あるのか?」
「アナタの指示で情報収集に動いていたというのに、ひどい言い草だね」
「いや、そうは言っても……まあいいか」
確かにダリウスの言う通りだが、それにしても出現頻度が低いと思うレイである。
だが、別に指摘するほどのことでもない。
「ダリウス。しばらく、あいつらを頼んだ」
「ボクはアナタについていかなくていいのかい?」
「そりゃまあついてきてくれた方が安心だが……今のあいつらは心配だろ。バカな貴族が先走れば、勇者を動員するための人質にされかねない」
「そんなことをすれば勇者を敵に回す可能性の方が高いだろうに」
「でも、いるかもしれない。普段ならともかく、今の状態じゃいくらリリナとセーラでも抗えない。だから、お前に頼んでる」
そう言うと、ダリウスの炎がゆらゆらと揺れた。
何となく肩をすくめているような仕草にも見える。
「分かったよ。ダリウス・グランフォードの名に懸けて、あの二人を守護しよう」
その自信に満ちた声音を聞いて、レイの口元にも笑みが浮かんだ。
◇
「じゃあ、行ってくる」
レイは魔力で脚力を強化し、鍛錬も兼ねてひたすら野を走る。
寄り合い馬車を使うよりも、こちらの方がはるかに速かった。
その分、危険な上に体力の消耗も激しいが。
レイは大要塞ガングレインから真っ直ぐに教会都市ベリアルへと向かっているので、山や森だろうとお構いなしだった。
幾度となく魔物と遭遇したが、そのすべてを蹂躙していく。
流石に野宿ばかりでは食糧も足りなくなってくるので宿場町などに寄り、物資を補給しつつ、レイは原始人のような旅を続けていった。
「あれか……」
その果てに、レイはたったの一週間という異常な速度で教会都市ベリアルに辿り着いていた。
良い鍛錬になった、とレイはそんな風に思いつつ伸びをする。
すでにベリアルは見えていた。外周を壁に囲まれた大きな街が君臨している。
辺境とはいえ、女神教会の総本山と呼ばれるだけの規模はあった。
後は街道沿いに歩いていくだけだ。
レイはボロボロになってしまった外套を見やりつつ、さっさと足を進めていく。
ひとまず今日ぐらいは宿を取り、水浴びをして早めに眠りたかった。
そんな風に思っていた時。
レイは、道端に何者かが倒れているのを見つけた。
「お――おい……大丈夫か!?」
慌てて駆け寄って声をかける。
苦し気な表情で倒れ伏しているのは、驚くほどの美少女だった。
輝くような金色の髪に、透き通るような碧眼。
だが今はその端麗な容姿も、苦しそうな表情で歪んでいる。
やがて、彼女はこう言った。
「お……」
「喋れるか? いったい何があった?」
「おなかすいた……」
レイはずっこけた。
三巻発売中!