4-2 王国貴族たちの政争
――ザクバーラ王国王都、宮殿。
煌びやかな意匠を凝らされたその一室には、異様な緊張感が満たされていた。
「……もしや貴方は、あの抜け道のことを知っていたのではないですか?」
そう尋ねるのは、まさに貴公子然とした雰囲気と端麗な容姿を併せ持つ男性。
アルバート・グリフィス。
王国南方に領土を持ち、伯爵の位を持つ貴族。
同時に戦争反対派の貴族を纏め上げている、いわば派閥の長だった。
普段はへらへらと道化のように振舞っている様子が目立つ彼だが、今、その瞳は蛇のように鋭い眼光で睨みを利かせていた。
「はは、グリフィス伯爵。ご冗談を。知っていれば、周知していたに決まっているではないですか」
ピシリ、と氷のような空気に罅が入ったような感覚があった。
やれやれといった様子で肩をすくめるのは、アルバートよりも二回りは年を食っていると思われる老人である。
だが、皺だらけの瞳から放たれる眼光に、いまだ衰えは窺えない。
「それとも、まさか私が王の不利益になることをするとでもお思いですか?」
「……いいえ、アルダートン侯爵。失礼いたしました。ご無礼をお許しください」
アルバートは素直に謝罪するが、言葉に反して声音が冷たいのは明らかだった。
「さて……事ここに至っては、もはや国民の怒りも収まらないでしょう。つまり、このまま終わらせるわけにはいかない。何より、魔国がこれで攻撃を止めるはずがない」
白髪の老人は腕を広げ、決して大きくはなく、しかし明瞭に耳へと届く声音で話を続ける。
人の上に立つ、貴族としての技術。自然と聞き入ってしまう演説能力。
長年の権力闘争で成熟されたそれに、アルバートは内心で舌を巻いていた。
ドウェイン・アルダートン。
侯爵の爵位を授かる、戦争賛成派の長。
いろいろと黒い噂が絶えず、しかし尻尾を掴ませない厄介な男だ。
アルバートの息子、レイが関わったクロエラードの街での一件も、首謀者のマリアスと密かに関わっていたという噂をされているが、独自に調べても証拠は出てこなかった。
「そろそろ、我々も決断を下すべきだ。そうは思いませんか、グリフィス伯爵」
「……」
アルバートに選択の余地はなかった。
これまで、戦争を再開させることとだけは何とか回避するために行動してきた彼だが、もはや魔国の動きは止まらない。何より、すでに大要塞ガングレインは襲撃を受け、重大な被害を受けている。宣戦布告を受けた状態で、戦いだけはやめましょうなどと甘えたことをほざけば、無茶な講和条件を吹っ掛けられるに決まっていた。
もう、戦いの流れは止まらない。
仮に無理やり止めたとしても、被害が出るのは王国の民だ。
貴族として、それは認められない。
アルバートのような貴族が民の上に立つ理由は、民を守るためなのだから。
魔国を止められなかった以上、たくさんの人が死ぬ。
ならば、これからは戦争で勝利を手にすることを考えるべきだった。
「……アルダートン侯爵の、仰る通りでございます」
理性では分かっていても、感情では納得できないこともある。
先の襲撃を受けた大要塞ガングレインは、今でこそノーマン侯爵領だが、二年前まではアルダートン侯爵領だった。
過去の遺産である古代遺跡からの地下通路が繋がっていることぐらい、この老人なら知っていてもおかしくない。知らなかったとしても、そこまで大規模な抜け道なら調べれば分かったはずだ。
だが、ノーマン侯爵はあの領地を授かってからまだ二年。周辺調査の時間が足りていない。
地下通路から魔族の襲撃を許した以上、ノーマン侯爵は責任を追及されているが、本来はこの男が責任を追及されるべきだとアルバートは思う。
何より、この襲撃によって戦争再開の流れが決定的になったのだから。
すべてアルダートンの掌の上――その可能性すら、アルバートは考えていた。
そうまでして戦争を再開させ、彼が何をしたいのかアルバートには分からない。
老年の彼なら、魔国がどれほど強大なのかは分かっているはずだ。
「何、心配はいらないでしょう。――我々には、聖剣の勇者がついている」
「……」
「そうでしょう、グリフィス伯爵?」
「ええ……自慢の息子です」
答えつつも、アルバートの表情は厳しかった。
いくらガングレインの騒動においてレイが聖剣を握り勇者として君臨したとはいえ、かつてアキラが存在していた頃でさえ王国は魔国に押されていたのだ。
魔国側で内部分裂が起こらなければ、あのまま王国は滅びていてもおかしくなかった。
つまりレイが勇者としての力を手にしたとしても、あの頃から状況が好転したとは言い難い。
(……だというのに、なぜこの男はこんなにも余裕を保てる)
眼前のドウェイン・アルダートンは、柔和な笑みを絶やさなかった。
アルバートは確信している。
アルダートンは地下通路の存在を知っていた、と。
その上で魔国の襲撃を平然と見過ごしたのだ、と。
いくら戦争を起こしたかったとはいえ、ガングレインの被害は大きい。
下手すると、計画の一環なのかもしれない、とすらアルバートは考えていた。
つまり――アルダートンは魔族と裏で繋がっているのではないか。
強大な魔国との戦争。
そして、王国宮殿に巣食う怪物の制御。
内と外に挟まれるような形になりつつも、アルバートは戦う覚悟を決めていた。
「つきましては、冒険者ギルドと交渉して勇者レイの扱いを議論したいところですな」
「ああ、勇者アキラのように王国の兵士というわけではなく、プロの冒険者だというのが少し扱いにくい点ではありますねえ」
「義勇軍の編成についても、同じく冒険者ギルドとの交渉を続けなければ。我々王国の戦力はその大半を冒険者に依存していると言っても過言ではないのですから」
「そう、義勇軍の件についてですが――総大将を“炎熱剣”のランドルフに任せたいと思っています。彼ならば熟練で実績も実力も申し分なく、先の戦争の際に王国正規軍とも関わっています。すでにギルドを通じて依頼は出しておきました。貴族から直々の指名ですから、まあ断るということはまずないかと」
「イストラス帝国の動向は?」
「まあ高見の見物といったところでしょう。一応、申し訳程度の援軍は出してくれるようですが……あそこの元老院は頭が固いですからな」
「北方の砦にはすでに兵士を詰めていますが、すでに魔国は砂漠の中央付近にあるトラングの街にまで侵攻しているようです。攻められるのも時間の問題かと」
「義勇軍も編成を終えたら前線に向かわせましょう」
「アルダートン侯爵。トラングの街から繋がる地下通路については……」
「ある程度は土で埋め立てた上で、兵を置いています。一本道で攻めづらい地形ですし、おそらく二度はないでしょうなぁ」
「なら、いくら魔国軍と言えど今度は普通に侵攻してくるしかなさそうですな」
戦争賛成派の貴族たちがこれ幸いと議論を進めていく。
アルバートたち戦争反対派に属していた貴族は、不利な政争を余儀なくされていた。
(レイ……)
そして同時に、いつの間にか遠い存在になっている自分の息子のことを思う。
レイは、心優しく、勇敢な少年だ。
この状況で何もしないということはないだろう。
王国貴族としても、勇者の戦力は貴重だ。ぜひ有効に活用したい。
だが、親心としては戦わず、大人しくしていてほしいという気持ちも強い。
(無事でいてくれ……)
アルバートは策謀渦巻く王都の宮廷にて、ただ息子の無事を祈るのだった。
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