1-9 そして時は流れる
レイはいつも六時に起床する。
朝には少し弱いが、リリナが起こしてくれるのだ。
そして屋敷の裏庭で柔軟や筋力トレーニングの後、かつての英雄アキラを手本に剣を振る。
そして家族で朝食を取り、リリナを連れて村の広場まで遊びに出かける。
アルスと模擬戦をして少しずつ互いの技術を高め合い、エレンと三人で子供らしい遊びをする。
昼になると家に戻り昼食を食べてから、村の外れで魔術の練習。リリナがついているので南の草原の方であれば、少し村から出ることは許可してくれたのだ。
北、東、西は森――特に北は鬱蒼と茂っているのに比べて、南は見晴らしが良く魔物がいても分かりやすい。
夕刻になると再び家で夕食を取り、自室に戻る。
リリナが貴族の子供には必要な教養や知識を教えてくれるのだが、前世の記憶があるレイには既知なものばかりで少し退屈してしまう。
そして夜になると就寝し、真夜中に起き上がる。
家を抜け出して北の森へ向かい、実戦がてら魔物を狩る。
帰宅すると、魔力制御の練習をしながら眠りにつく。
それが、レイの日常だった。
♢
そんな日常の最中。
夕刻。
レイが自室で勉強がてら本を読んでいた頃だった。
「やぁ。ボクが帰還したぞ、子供たちよ!」
何だか騒がしい声が聞こえる。
レイは面倒臭いのでとりあえず無視した。
「あ、あれれ!? 家族のお出迎えがないんだけどなー!? お父さんは悲しいぞ!!」
「……レイ様、行ってあげないんですか」
「面倒だ。放っとけ」
レイはページをめくりながら答えた。
リリナは呆れたように嘆息している。
どうやら父のアルバートが帰還したようだ。
「息子たちよ!! そんなに薄情なことをするものではないぞ!!」
屋敷中に響く大声である。
メイドや母のカリーナはちゃんと駆けつけているだろうに、面倒な父親である。
なぜあの男からエドワードという完璧超人が生まれたのか甚だ疑問だ――と、レイは思っていた。
「あはは……相変わらずですね」
リリナも苦笑いしている。
レイがページをめくっていると、ガタガタとした騒音の後、勢い良く部屋の扉が開かれた。
「やぁ息子よ!! 元気にしていたかい!!」
「うるせえ」
「何ィ!? この地の領主さまに向かって何を!?」
「家族に敬語使うなって言ったの父さんじゃん」
「そうだけど!」
アルバートはいちいちオーバーリアクションで反応する。流石にテンションがおかしい。
家に帰ってきて興奮しているのだろうが、そろそろ落ち着くだろう。落ち着かなければ困る。
スラリとした長身に少し長めの茶髪。
異様に派手な貴族服を身に纏っている。
美しく中性的な顔立ちをしていて、性格が整った容姿のすべてを台無しにしている男だった。
「……ふぅ。しかし何かな。レイ、我が息子よ、なんか雰囲気変わったようだね?」
アルバートは疲れたように息を吐くと、腕を組みながら問いかけた。
「気のせいだ」
「やっぱりそう思いますよね……」
リリナが同意している。
「だよなぁ?」
「逆にアルバート様は何らお変わりないようで」
「ハハハ! そう褒めるな!」
「誰も褒めてねえよ」
レイは適当に言いながら、立ち上がる。
そろそろ夕食の時間だ。
どのみち食卓につく必要があるだろう。
「……さて、飯だ、行くぞレイ!」
「行ってるよ」
相変わらずふざけた男だが、これで民からの評判は悪くない。
剣技はからっきしだが、魔術に優れている。
内政に関しては敏腕と呼ばれ、この辺りの領土では最も安定しているのがグリフィス伯爵領だろう。
だが、魔物への対策や軍備に関しては普通といったところで、ツテのある強力な冒険者や傭兵に頼っているのが現状らしい。
その繋がりがあること自体は凄いとは思うが。
「レイはまだ冒険者になりたいと思っているのか?」
「ああ」
「そうか! 夢があるのは良いことだ。特にお前は三男だしな。何かしら仕事に就いてくれないと困る」
「そうだ、父さん。刃引きされてない剣を買ってくれ」
「……ふむ。それはもう少し大人になってからだ。ままだお前の先は長い。そもそも、冒険者試験は十五歳以上にならないと受けられないんだぞ?」
「そういや、そうだったかな……」
十年。
かなり長い時間だ。
「王都の魔導学院に行く理由はないだろうが、冒険者養成学園の方になら入学させてやれる。十二歳から三年間だな。そうそう、冒険者試験を突破するのは、大半がここの卒業生らしい」
「……なるほど。考えとく」
レイは歩きつつ、答えた。
(……とはいえ、入学する意味はあるのか微妙だな)
レイの剣術は『前世』の己自身を参考にしたものであり、魔術はアリアから学んだ異世界の知識を基にしている。
そんなイレギュラーな存在なので、学園に通っても学べることは少ないだろう。
(……まあ、やるべきことは変わらない。俺は強くなるだけだ)
密かに拳を握り締める。
絶対的な最強に成り上がる為には、きっと十年かかっても足りないのだから。
♢
――そして。
アルバートが帰還し、また日常が回帰する。
アルバートの口添えで、少し暇になったエドワードとリリナがレイ達の模擬戦に参加し、戦い方に口を出すようになった。
また精霊術の感覚を徐々に掴んでいくエレンも、レイやアルスに離されたくないのか、自分も冒険者になりたいと言い出した。
三人で一緒に稽古を積むようになる。
強くなる為に、本気の日々が続く。
そんな日々を繰り返していると。
――いつの間にか、七年の時が流れていた。
♢
冒険者は誰にでもなれるものではない。
一年に一度――王都に存在する冒険者協会本部に赴き、そこで実施される試験に合格してようやく冒険者になることができるのだ。
なぜなら冒険者の主な仕事は未知の場所――つまりは迷宮などの探索、賞金首狩り、魔物駆除などであり、戦闘能力が極めて高い人間でないと単純に危険だからだ。
普通に暮らしてる人間では、魔物の中で最弱と云われているゴブリンの相手すらままならない。
それこそ冒険者になるためには、魔力を自在に制御できるようになり、それでいて基礎となる身体能力も高めていかなければならない。
だからレイは、今日も剣を振るっていた。
父親譲りのスラリとした長身。
百六十を越していて、年齢にしてはかなり大きい。
優しそうな顔立ちから幼さは消え、徐々に精悍な雰囲気が醸し出されてきた。
身に纏う灰色の外套は、新調されたばかりだ。
昔は微笑ましそうにレイを見ていた執事やメイドたちは、最近のレイが振るう剣筋を見て、あの子は凄い子供だった、子供の憧れじゃなく、本当に冒険者になるのだろう――そんな会話を交わしていた。
(……関係ない。やれることをやるだけ)
そもそも冒険者になることが目的なわけではない。
レイは最強の英雄へと成り上がる。
一度死んだときの決意を、忘れはしないのだ。
「いつも精が出ますね」
洗濯物の籠を抱えるリリナは額の汗を腕で拭いながら、嬉しそうに呟いた。
胸がたゆんたゆんに揺れている。
リリナは十九歳になっていて、かなり成長していた。
どこがとは言わないが。
とりあえず可愛らしさは増している。
「……レイさま。どこ見てるんですか」
気づけばリリナがジト目で見ている。
心なしか、言葉の温度が低くなっているようにレイは感じていた。
昔は、別に胸を見ても何も言わなかったのに。
「レイさまの、えっち」
少し顔が紅い。
リリナは籠を置くと、胸を抱え込むように腕を組む。
それはそれでグッドだが、まあわざわざ言っても怒られるだけなのでスルー。
とりあえず親指を立てておいた。
(……スルーしてねえな)
「むぅ」
頬をふくらませるリリナに、レイは笑顔だった。
「そういえば父さんが言ってたけど、俺が冒険者になるんだったら、お前は俺についてくるって本当なの?」
「た、多分……。アルバート様は、何だかんだでレイ様のことが、心配なんじゃないですか?」
「……そうなの? リリナはお前のモノにするといいって言われたんだけど」
「え、ええ!? 気が早いですよ! 成長しても、レイ様はまだ子供です。子供と、そ、そんなこと、なんて……」
「そんなことってどんなことだよ」
「そ、それは……よ、夜の営み的、な」
「は? 僕子供だから何言ってんのか分かんない」
「~~っ!!」
顔を林檎みたいにしてリリナが睨んでくる。
「……可愛い奴だな」
そろそろ撤退しないと、リリナから魔術が飛んでくる可能性が高い。
最近の模擬戦では容赦なくなってきているのだ。
レイは流麗に魔力を流して体を強化すると、かつてない速度で逃亡した。
♢
「――さて」
近隣の森に侵入したレイは木陰に息を潜めていた。
すぐ近くで荒く鼻息を鳴らしているのは、大柄な肉体に猪顔の巨漢である。
ボロ布を身に纏い、石槍を手にしている。
オークと呼ばれる魔物だ。
そして、中央で石の上に座り込んでいる威厳の塊のようなオークが、彼らの首魁たるオークロードである。
なぜゴブリンやガードック程度の弱い魔物しかいないはずのこの森にやってきたのかは知らないが、今の実力を試すには丁度いい相手かもしれない。
並の冒険者なら撤退して、冒険者ギルドで警鐘を鳴らすレベルの難敵だろう。
だが――レイが目指しているのは世界最強。
一介の冒険者などではない。
(……やるか)
七年が経過して十二歳になり、日々の訓練の積み重ねによって強くなっていたレイとアルス、エレンは、ちょうど一年前から森に入る許可をもらっていた。
つまり夜にこそこそと隠れる必要がなくなったのだ。
ちなみに。
この七年の間に大きく変わったことが、一つある。
――魔王が老衰して亡くなった、という一報だ。




