90話 槌の調べと名付け
トールが光に包まれて消えてから1~2時間だろうか?体感時間だから間違っておるかもしれんが、まあたいした違いはないじゃろ、と思うのはワシだけのようで、目の前のオナゴ達はそうではないようで先程から落ち着きがなさ過ぎる。人伝で聞いただけではあるが、この2人は埋め尽くすように迫ってくるモンスターにもモノとせず屠っていった猛者と聞いていたが今の姿から想像するのはイメージから遠すぎて無理じゃ。
「徹が入ってからもう1日ぐらいになるんじゃないの?」
「いえ、さすがにそんなには入ってません。6時間ぐらいです」
2人の言葉を聞いて、あれ?ワシの体感時間がおかしくなりすぎているのか?っと思い、昔、貰った懐中時計を出すとやっと1時間になったところだ。ワシもちょっと建物の中にいるせいかおかしくなっとるようだが誤差だ。
「嬢ちゃん、まだトールが入って1時間やっと経ったところだ。少しは落ち着いたらどうじゃ」
懐中時計を見せながら伝えるが2人は詰め寄ってくる。
「それはアレなのズバッーっと時計にドカンとしたから針が進んでないだけなの」
ルナに至っては既に言語不能状態に陥っていて頭痛がしてきたと思えば、
「トオル君が無事な理由を的確に細かく説明をしてください」
ワシは何も無事とも何もいっとらんと呟くがまったく聞いて貰えてる気がしない。トールが心配なあまり自分を見失っておると分かるが付き合いきれんとばかりに溜息を吐く。トールと一緒にいる時はとても落ち着いていいオナゴなんだがのぅっと思っていると、
「ガンツさんはトオル君の事は心配してないと言うのですか!」
そう美紅に言われ、信じているつもりだが少しは心配する気持ちがあったワシはイラっとしていらん事を言ってしまう。後で冷静になった時に思い出すとワシもだいぶ冷静じゃなかったなっと思う心理状態じゃった。
「肝の小さい事言うな、小さいの胸だけにしとけ」
テリアが、あっ呟くと目尻に涙を浮かべてワシに手を振る。
そして表情の消えた2人に見つめられ、ワシは震えあがる。
「えいっ」
ルナがワシが持っていた懐中時計を叩き落とすと地面に落ちるタイミングにぴったりに合わせたかのよう、いや、合わせた美紅が懐中時計を踏み抜く。
「ごめんなさい。踏んじゃいました」
踏んだんじゃない。踏み抜きよった・・・ワシの懐中時計を拾い上げるが天寿を全うされたようだ。
2人はハイタッチをしてお互いを褒め称える。あの息の合いようは相当、仲が良い。トールも苦労しておるんじゃろうなっと思うのと同時に少しでも早く戻ってきてくれとワシは祈った。
お婆様、なんだ?なんか怒りの波動を感じた気がするので、ノルンさんの試練を乗り越えた俺は来た時のように浮遊感に包まれ、目を開くと正面にはルナ達がいた。
「おかえりなの。徹、思ったより早かったけどギブアップしてきたの?」
優しげに笑いながら俺に言ってくるルナを見てガンツは驚愕な顔をしているのを見て不思議に思っていると美紅に声をかけられて、そっちに目を向ける。
「で、勿論、乗り越えられてこられたのですよね?」
落ち着いた雰囲気で話しかけてくる中、後ろで、ウゴっといったうめき声が聞えて振り返ろうとするが美紅が、話してる最中に余所見はよくありませんと言って止める。
「ああ、無事に鍵を手に入れてきた」
「で、どなたか出てこられたのですか?」
美紅の瞳が一瞬、紅く煌めいたような気がしたが覗きこんでも、いつものように少し紅いだけだった。
「え、ああ、俺のお婆様が出てきて、それがややこしい事になってて、どこから説明したらいいやらで困ってるんだ」
「そうですか、纏まったら教えてくださいね」
そして、俺は後ろを振り返るとガンツがうつ伏せで寝ているのを見て、ルナに問う。
「ガンツはなんで寝てるんだ?」
「昨日、深酒でもしたんじゃないの?」
ドワーフが深酒したぐらいで次の日に倒れるとは思えないとルナを見る。
「きっと疲れてるの」
「いや、だからな?」
「きっと疲れてるの」
「え、あ、ウン、ソウダネ」
ルナから発せられる気迫に押されて頷かされる。ノルンさん、本当に俺はルナに勝てる日が来るのでしょうか?
なんとなく今日の2人は 『触れるな危険』 って表示が頭に上辺りに浮かんでいるような幻視が見えた気がするから我が身の為に大抵の事はスルーすることにして、ガンツを背中に背負う。
「トールよ、白鳥は優雅に水の上にいるが水の中は残念なものじゃ、オナゴはその残念なモノを見せない為なら鬼になれる生き物である事を忘れるではない・・・ガハっ」
ガンツの今際の際のセリフに俺の胸を打つと共にこの場に居てはならないと本能が警報を発する。人が沢山いるとこに行かねば・・・
「さあ、ガンツも心配だから早く出る事にしようぜ」
内心を知られまいと一生懸命普通を装って俺は洞窟を出る為に歩き出した。
洞窟を出るとガンツは復活して自分で歩き出すがルナ達とは一定の距離を取って行動しているように見えたが確認はしていない。聞いちゃいけない予感がしたからであって保身ではない。
鍛冶ギルドに着くとガンツは俺に聞いてくる。
「トール、これからどうするんじゃ?」
「ああ、今回の事で俺はやらないといけない事を再認識させられた。その為に一度クラウドに戻ろうと思う」
俺がそう言い切ると、ガンツは俺がそう答えると分かっていたように笑う。
「まあ、そう言うと思ったわい。これを持っていけ」
ガンツは懐から使いこまれた槌を出してくる。デンガルグのおっちゃんの槌といい勝負する使い込まれ方してそうだと俺は思った。
「思い出の品じゃないのか?」
「ああ、ワシが修業時代に使っていた槌じゃ」
俺はそんな大事なモノを受け取れないっと言うとガンツは首を振る。
「ドワーフにはの、自分の修業時代に使ってたモノを友と認めたり、ワシはお前を心から信頼しているという思いを伝える時に渡すものなんじゃ。だから、受け取ってくれないか?ワシを友と思うなら」
「そんな事言われて断れる男がいるかよ。本当に俺でいいのか?」
お前以外におらんよっと照れ臭いのか、フンっと鼻を鳴らす。突き出されている槌を俺は受け取る。
「さあ、いけ。お前が為すべき事をする為に」
俺は頷くと後ろを振り返って。まず、テリアに確認を取る。
「テリア、俺達に着いてくるというのは危ないと言う事は今回で少しは感じて貰えたと思うが、本当に着いてくるか?俺も正直、思ってたより大変な事になるんじゃないかと思う」
「言ったでしょっ。私はアンタを見極める為に一緒にいるのっ!だから着いて行く以外に選択肢もないし選ぶ気もないっ」
追い出そうとしないでよねっっと言ってくるテリアに苦笑する。
「じゃ、好きにしてくれ」
「好きにするわよっ!」
そして、鍛冶ギルドを出て少しするとか鍛冶ギルドのほうから槌を打つ音がしてくる。最初はかろうじて聞こえる程度だったのが次第に廻りに伝染するように音はドンドン大きくなる。それが地鳴りになるかという時に鍛冶ギルドの方にあるこちらを見下ろせる位置にガンツがいて槌の音に負けない大音量の声を張り上げる。
「いつでも、ワシらはお前らの味方じゃ、トールが望めばいつでもワシらは馳せ参じる。必ずじゃ!だから、達者でなっ!!」
「おう!ガンツも達者でなっ!!」
そして、ガンツも槌で近くにある金属を叩きだすとそれが街全体広がったかのような錯覚、いや、本当にそうなっているのかもしれない。不規則でテンポもバラバラなのにメロディが奏でられているかのように俺達を送り出してくれる。
「浪花節か、嫌いじゃないぜ」
俺は大きな笑みを溢しながらドワーフの首都を後にした。
トールを見送ったワシはあらん限りの声を出して、廻りに伝える。
「ワシらの首都には名前がない。今までは必要とすら思っておらんかった。だが、ワシは今日からこの首都に名前を付けようと思う!」
そして、ワシは首都の名前を伝える。激しい槌の音が響き渡る。満場一致でドワーフの首都に名前が生まれる。
首都の名前は 『トール』 と名付けられた。
これで5章の終了になります。
次話で幕間を入れて、6章へと流れる予定になっております。
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