89話 見守られていた徹
俺に押し退けられるようにして遠ざかるのを見つめる瞳はとても冷徹で容赦がなかった。
「徹、今、貴方が言っている意味をしっかり理解したうえでの返事だと思って良いのですか?」
「はい、俺は今、戻る訳にはいかないと答えました」
お婆様は首を振って、肺にある息を全部吐き出すかのよう動作一つで俺の心に暴風が吹き荒れるが如く吹き付けてくるが今の俺はそれに怯む訳にはいかなかった。
「今の機会を逃せば元の世界に帰れないとしても考えは変わりませんか?」
「ごめんなさい。逆らってばかりの孫で・・・」
俺は泣きそうになるが堪えて笑ってみせる。
お婆様は俯くと肩をフルフルと振るわせる。お婆様を失望させたかと唇を噛む。
「でかしたわ、それでこそ私の徹です!」
突然、お婆様が狂喜の余りに小躍りをするのを見て、噛み締めていた唇を本当に噛み締めてしまい、口から血が噴き出す。
「あらあらまあまあ?大変、そんなにびっくりしちゃった?」
お婆様は光に包まれるとそこに現れたモノを見て、俺は唇の痛みも忘れて叫んだ。
「なんやねん、これは!!」
俺の目の前にいたはずのお婆様が長い黒髪が美しい妙齢な美女に変身する。今まで着てた着物では収まらないらしく肩は剥き出しで豊かな胸は本当にギリギリしか隠せてない。
その妙齢の美女は自分の唇に人差し指を当てるとその指を俺の噛み切った唇に添える。
照れから俺は後ろに跳ぶように後ずさり口を押さえる。
「ふふっ、もう血は止まってるでしょ?」
慌てて傷口を確かめるが血は勿論、傷跡の感触すら指に伝わってこない。
俺は目の前の美女を見つめ、一生懸命、整理しようと頑張るが纏まらない。
「だいぶ混乱してるようね。無駄に考えてもいい事ないから、私の説明を受けてから考えなさい」
落ち着く時間が欲しかったから俺は素直に頷く。
「そうね、まずは私の名前はノルン、これでも女神よ。なんとなく察してるかも知れないけどミドリと同じでルナちゃんとは違う世界の神なのだけどね。そして、同時に貴方の祖母でもあるの」
「お婆様は間違いなく人間だったはず」
俺はお婆様が冷たくなっていくのをこの手で感じたから間違いないと詰め寄るが、慌てないのっと額を指で押される。
「そう、人間だった。器はわね。魂が私だった為、私の記憶がない間は本当に人間してたけど、時折、私の力が漏れて予言みたいな事をできてたのよ」
そうか、道理で恐ろしいまでの的中率だったのもこれで頷ける理由だがどうして女神が人間の魂にってことになる。それを疑問に思い口にした。
「なんでまた人間の魂に?」
「勿論、貴方に会って導く為よ」
再び、俺は混乱に逆戻りする。待て待て、俺が生まれる前から準備して待っていた事になる。もしかして俺は神に造られた者とかという展開なのか?
「なんとなく何を考えているかは分かるけど、貴方が生まれてくる運命を捉えた時に私が見た貴方の運命の可能性に惹かれて、人間の魂に自分を封じ込めたわ。そして、徹、貴方が生まれた時、私は覚醒して、人間としての私と神である私での話し合いの末、私達は貴方を見守り続けた」
「俺はお婆様の血を引いているという事は普通の人間じゃないのか?」
俺の質問に虚を突かれたかのような顔をした、お婆様ことノルンは噴き出すと爆笑してくる。
「魂だけだから徹は普通の人間よ。ああ、でも落ち着いて考えると普通でもないかな?貴方が置かれている状況はってとこだけどね」
どういう事だろうと不思議に思い、考えているといつの間に後ろに廻られてたか分からないが背後から抱き締められる。
「貴方は有史以来、もしかしたら、もっとも多いのかもしれないわね」
「何がですか?」
背中に当たるオッパイにドキマギする自分にこれはお婆様のだからと訴えるが素晴らしいモノは素晴らしいと語る俺とバトルが始まる。
俺の内心を見透かしてるのかクスっと笑われる。
「女神の寵愛を、視線を一人占めした男は徹が初めてかもね」
それでこそ、私の徹なのだけどねっと、お茶目に笑われる。
フツメンの俺は今までもてた事すらないから、ノルンの出まかせかと思う。
「俺、女の子にもてた事すらないんだけど・・・」
「それはね・・・くっ!さすがにこれ以上は話させてくれないか~。ごめんね、ミドリにも言われただろうけど、話したくても話せないのよ。私はまだ貴方のお婆様として人間の部分がまだ残ってるから約定に綻びがあったから結構話せたけどね」
これで勘弁してねっと頬にキスをされる。俺は何に照れてるのか分からないが頭から湯気が出そうと思った。
「さてと、本当は徹ともっと話をして触れ合いたいのだけど、私の役目を果たさないとね。徹、合格よ。これがエクレシアンの鍵、持って行きなさい」
ノルンの掌の上がぼやけたと思ったらそこに透明な水晶が現れる。大きさは大きな飴玉と言えばありそうなぐらいのものを俺に手渡す。
「それを光の文字が浮かぶ泉に浸しなさい。そうすればエクレシアンへの道が開かれます。その先にあるものを見てきなさい」
「その泉はどこにあるのですか?」
水晶を見つめていた俺はノルンに視線を向けて聞く。
「時がくれば巡り合います。無理して捜そうとする必要もありませんし、する時間もないでしょう?」
ノルンの言葉に俺は首を傾げる。まあ、巡り合う部分は女神が言ってるんだから信用するとして捜す時間がないというところに引っかかりを感じる。
「先程、今の徹のままでは魔神はおろかルナちゃんにすら勝てないという事実は動かないのですよ?そして、そこから1歩飛び出す術は既に持っていて自覚もしてるはずです。何が一番大事なのかを考えなさい。徹、貴方にとって重要なのはプライドですか?」
俺はノルンの言葉に奥歯を噛み締める。そうだ、確かに俺は分かっている、魔神、轟と同じ土俵に乗る為にはどうしたらいいかなんてことは分かってる。
「さあ、もう戻りなさい。ルナちゃん達が待っていますよ」
そう言われて来た道を戻ろうとする。しかし、最後に聞きたい事がある事に気付いた。
「また、会えますか?」
「ええ、貴方が前に進む限り」
俺は次こそ振り返らず、来た道を戻りながら苦虫を噛み締めたかのような顔と気分にされながら思う。アイツの思い通りのようで腹が立つが意地を張ったり、力もないのに無謀な事をして誰かを死なせるのはもう2度ゴメンだ。
初代勇者、和也にクラウドに戻ったら会いに行くと俺は決めた。
徹が去った後、ノルンは先程までの美女らしさをかなぐり捨てたかのように童女が泣いてるのかと思わせるような有様を晒していたが姿は見えないのにノルンの声と別の声が響く。
「あらあら、酷い有様ですね。徹に見られたら幻滅確定じゃないですか?」
「うるさいっ!やっと会えて触れ合えたと思ったらまたしばらく会えないと思うと悲しくってやってられないわよ」
まだ泣いているが1人じゃなくなった事でいくらか落ち着いてきたようだ。
「私も当分会えるとは思えませんし寂しいのは同じですよ」
「ふん、私の可愛い徹に先に会った癖に生意気な」
鼻は啜っているが先に会われていた事が悔しいらしく眉尻が上がり出す。
クスクスと笑う声がどこか勝ち誇っているように聞こえる。が、すぐに溜息をついて困った声を出す。
「それはともかく次に会う予定のあの子は扱いが大変だろうから徹は苦労するのでしょうね」
「あんなの只のツンデレじゃない。なんやかんや言いながら徹を見守ってる時間が一番長いじゃない」
だから面倒だと思うのですがっと声の主は言うが、ノルンは徹ならなんとかするわっとまったく心配していない。
声の主は思う。やっかいなのに好かれた徹に同情する。徹に祝福でイタズラして生死の覚悟をさせようとした事をした自分の事を完全に棚に上げて言う声の主もたいしたタマであった。
「徹が紡ぐ物語を見守りながら再び会う日を楽しみにしましょう」
そう声の主が言うと2人は光に包まれてその場から姿を消した。
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