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高校デビューに失敗して異世界デビュー  作者: バイブルさん
5章 槌が奏でる狂想曲(カプリッチオ)
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88話 心に響く痛み

 今、お婆様が言った言葉が俺の中に入りたがらない。耳に入った情報を形にするのを拒否する。


「徹、しっかり受け止めなさい。もう1度言います。ルナさん、美紅さん、そしてアローラを全てを見捨てて、貴方は元の世界に帰りなさい」


 俺はどうしてっと声に出そうとするが掠れて声にならなかったが、お婆様には通じたようだ。


「声もまともに出せないとは情けない。理由など良いのです。貴方はこのアローラとどんな関係があるというのですか?貴方がいるべき世界はここではないでしょう?」


 確かに、お婆様の言う通りで俺はアローラに本来関係ある人物じゃない。誰と知らない者の主導で召喚されたに過ぎない。家族も友達も元の世界に残してきている。反論する言葉を捻りだせない俺は俯いた。


「貴方がこの世界にいて何が出来るというのですか?今までやってきた事が貴方の力だとでも言うつもりですか、そうではないでしょう?その腰に下げている剣に引っ張られているだけです。貴方自身の力ではありません」


 またもや、反論する術がない。俺自身の力なんて大した事はない。カラス達がなければテリアにも勝てないほどに弱い。それでも必死に俺は否定の言葉を捜す。


「仮に残ったとしましょう。その剣の力だけで貴方は魔神を倒す算段があると言うのですか?相手は神なのですよ?貴方が知るルナさんよりも強さだけで見るなら格が違うと言えます。そのルナさんにすら勝てない貴方がどうするというのです」


 お婆様の言葉に逃げ場を防がれていく。そして、立ってられなくなり、膝を着く俺にお婆様が優しく抱き締めてくれる。とても暖かく抵抗しようがない包まれる優しさが伝わる。


「徹は充分頑張りました。もういいのです。私に身を委ねて目を瞑ってなさい。そして次、目を覚ましたら元の世界に帰っています」


 もう抵抗する気のない俺は素直に目を瞑る。どこからか声がするが無視をする。その声はしつこいぐらい声を聞かせようとしてくる。何故かとても胸が痛い。でも、お婆様が言った事は正しいんだ。聞きたくなんかない。


「それで満足なんかよっ!」


 数か月前までは毎日のように聞いていた懐かしい声が聞こえた。

 すると、たいした痛みではないが頬を殴られる。この痛みは忘れる事がない。本人は全力で殴ってるつもりである事も俺は良く知っていた。

 そう、あれはお婆様が死んで俺が中学生になった頃の話だ・・・



 俺は中学生になってもお婆様の事で立ち直れずに荒れていた。もう分かり易いぐらいにすぐに切れて、喧嘩をする。いや、喧嘩は最初だけで、殴られた者は哀れな者を見るような目をして遠ざかるという消化不良が続いた。

 何せ、修学旅行であんな事があり、俺が住む町ではだいぶ騒ぎになった。町単位での話であれば、そろそろ思い出そうとしなければ風化が始まっている時期だが、それが同級生にいるとなると話は変わってくる。

 俺がお婆様に言われていた事は知らなくても俺を助けて逝ったのは学校の半分の同級生は見ている。他校からきた者もニュース自体は見ているし、俺と同じ小学校から来た者から説明を受けて知っていた。

 もう迷走としか言えない日々を送ってたある日の朝、クラスメイトの男に声をかけられる。


「少し話があるから屋上に来てくれ」


 マヌケな顔をした奴が必死に真面目な顔をしようと努力して俺に声をかけてくる。


「はぁ?なんでお前の話を聞く為に行かないと駄目なんだよ?」


 そいつの事は一応、俺も知っている。名を出家 隆という。坊主頭である事からクラスメイトから住職とからかわれているやつだ。そして、こいつは目立つ。いつも誰かを笑わせようとしたりして空廻りして失笑されても笑ってるヤツで見るに堪えないという意味でよく知っていた。


「いいから、ずっと待ってるから来てくれよっ!」


 そう叫ぶと俺の返事を聞かずに飛び出す。

 俺は馬鹿な奴と呟くとHRが始まるのを横目にいつも通りに外を眺める時間が始まった。


 昼休みになった。アイツの席を見るが帰ってきた形跡はない。


「俺の知った事じゃない」


 そう呟くと昼飯を食べ終わると机を枕がわりに寝た。


 先生にすら起こされずに俺は放課後に目を覚ます。

 何気なくアイツの席を見るが朝のままの状態の席があった。


「なんだ、アイツ待つとか言ってたのにあのまま朝のうちに帰って、俺が行ってたら笑い者にするつもりだったのかよ」


 さすがにこの時間になってもいるとは思えなかった俺は心のどこかでもしや?と思っていた俺がいたのか苛立った。苛立ったまま、俺はカバンを掴むと家へと帰った。



 その日の日付が変わろうかという時間に電話が鳴る。母親が出たようだが俺の部屋に来るとノックして声をかけてくる。


「徹。出家君と言う子から音沙汰がないとクラスの緊急連絡網で連絡きてるけど何か知らない?」


 部屋のドアを開けて、俺は答えた。


「HRで見て以来、知らないよ」


 俺がそう答えると、母親は電話で俺が答えたままの言葉を伝えて電話を切った。


「心配ね?」

「知らないよ。名前ぐらいしか知らないような奴の事なんか」


 俺はドアを乱暴に閉じて、ベットに転がる。

 アイツは不良と対極にいるような奴だから夜遊びってことはないだろう。あの馬鹿どこにいるんだ?と思った時、HR前に言ってたアイツのセリフを思い出す。


「いいから、ずっと待ってるから来てくれよっ!」


 まさか、あの言葉通りに今も待っているとかじゃないよな。さすがにアイツもそこまで馬鹿じゃないだろう。


 俺はそんな事を考えながらパジャマから私服へと着替える。自分でも馬鹿な事をしてると分かるが、はっきりさせないと寝られなさそうだと自分に言い訳して家を飛び出した。



 学校に着くと当然のように門は締まっており、乗り越えて中に入ると、夜の学校がいかに不気味かと思い知らされる。何か出そうだと思い、引きそうになるが俺は気合いを入れて、校舎に入る術を捜し回った。


 すると職員トイレの窓が開いている事に気付き、そこから忍び込んで、俺は屋上に向かった。

 屋上に行くと扉には鍵がかかっている。しかし、知ってるヤツは知ってる鍵がなくとも開けれるという事。ドアノブを真上に上げるとどうしてか鍵が開けれる。まあ、壊れかけなのだろうとは思うが生徒の間ではそれなりに知られている。

 扉を開けると屋上のど真ん中で学生服で胡坐をかいている男がいた。


「やっときたか!マジ、もっと早く来いよっ!何時来るか分からないから黒歴史確定の方法でオシッコする羽目になるわ、腹は減ってくるわ、極めつけは夜の学校で1人でいるのってスゲー怖いんだぞっ!聞いてるか?スゲー怖いんだぞっ!」


 本当に待っていたコイツに俺は呆れる。普通、1時間もすれば諦めるだろ?まあ頑張っても放課後が終わるタイミングで帰るのが根性のあるやつで、そこを飛び越えたコイツは只の馬鹿だ。


「お前、クラスの緊急連絡網で深夜にクラスメイトの家に片っ端から電話されてるぞ?」

「え?マジで?警察沙汰になりかけだったりするの?親からマジで殴られるって。あ、でも明日はクラスで俺は話題の中心の人物確定か?」


 どことなく嬉しそうなコイツにある種の尊敬の念を覚える。だから、俺は気まぐれをする事にする。


「で、そんなに待っていて、俺に何の話なんだよ」


 俺がそう言うと先程まで浮かれてたコイツが突然大人になったかのような表情を見せてくる。


「もう、許してやってもいいんじゃないか?」


 コイツがこんな表情できると思ってなかった俺は動揺してる最中に染み込ますように言ってくる。


「何の話だよっ!」


 子供を諭すような目をして俺に言ってくるコイツに苛立って言葉を叩きつける。どんな強いとか格闘技をやってる相手と知っても怖いと思いもしなかった俺が今、コイツの一言だけで怯んでいた。


「お前自身をだよ。俺はお前の婆ちゃんを知らない。だから、今のお前を見たら婆ちゃんが悲しんでるなんて言えないさ。でもよ・・・」


 俺から視線を切り、夜空に浮かぶ星を見つつ言ってくる。


「お前を傷つけようとした凶器から体を張って守った婆ちゃんは無駄死にだよな?体張ってまで助けた孫が自分で傷つけていく事を選んでるだ。それが婆ちゃんを死なせた理由からとかってまさに無駄死にと言わないでなんて言ったらいい?」


 俺の中で弾けるモノがあった。その衝動のまま、目の前のヤツを殴り飛ばす。震える拳を握りしめ、俺は叫ぶ。


「何も知らない癖に知ってるつもりで話すなっ!」

「なら、話してくれよ。俺はお前の事を知りたいんだ」


 立ち上がり、ふらつきながら俺に近づいてくる。俺は黙って殴り飛ばす。しかし、コイツは立ち上がり、俺に何度も呼び掛ける。それでも俺は何も答えず、殴り飛ばすのループが生まれる。

 ついに耐えられくなり、言葉を発する。


「なんで立ち上がる、なんでそこまでするんだ。痛いはずだ。自分の顔がどんな風になってるか分かるぐらいに腫れているだろ。もう来るなよ!」

「お前は何も話してくれないのに、聞くばかりかよ。そりゃ、こんな痛みなんかどうでもよくなるぐらい、お前を見てると痛いんだよ、ここがな」


 自分の胸を差して言ってくる。

 俺は恐慌状態に陥りそうになって再び殴りにかかろうとした時に肘が硬いモノにぶつかったのに気付いて振り向くと屋上の扉があった。殴ってるはずの俺がずっと後ろに下がらされていた事に今、気付く。


「俺が死ぬはずだった。それをお婆様に擦り付けた罰を俺は受けないと駄目なんだ!」

「そんな事して誰が幸せになるんだよ。少なくとも死んだ婆ちゃんは笑ってくれねぇって」

「それでも、許されねぇんだよ」


 コイツはそうかよっと言うとふらつきながら近づくとカメの歩みかと思うほどのパンチを俺の頬に当てる。勿論、まったく痛くなかったが胸に響く拳だった。


「よし、これでお前は許された。俺が許した。婆ちゃんも笑ってるしな」


 俺は泣きながら言う。


「なんで、お前が許せるんだよ。しかもお婆様が笑ってるとかどうやって分かるってんだよ」

「そんな事も分からないのかよ。俺はみんなから住職って言われてるんだ。それぐらい朝飯前だ」


 お前は似非住職だろっと笑うとコイツは言ってくる。


「似非でもいいさ、俺と約束しろよ。お前の命は婆ちゃんから貰ったもんだ。偽善って言われようが、お前が守りたいと思うモノが出来た時に使うってよ」



 そうだ、俺はアイツとそんな約束をしてたんだ。それからの世界はとても綺麗に見えたっけ?アイツと一杯馬鹿やって怒られて・・・


 さっき聞くのを拒否した声がする。俺を呼ぶ声がたくさん聞こえる。

 その中でも際立ってはっきり聞こえる声がある。

 ルナと美紅の声だ。泣くのを我慢してるような声が胸を打つ。


「すまん、迷ってしまった。でも、もう大丈夫だ」


 そう言うと2人は笑ってくれたような気がした。

 再び、俺の頬を殴るような感触を受ける。その存在が離れていくのを感じる。


「またな」


 俺は再会の約束をした。



 お婆様に抱き締められていた俺は押し退けるようにして離れる。


「ごめんなさい。俺はまだ帰る訳にはいきません」


 もう迷いはないと視線に込めて、お婆様を見つめた。

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