87話 徹の思い出と癒えぬ傷
ガンツに案内される事になった場所というのは今回の騒動の元になった洞窟であった。結果的な話にはなるがザバダックがほとんどモンスターを殺していたようで楽に進む事ができた。そのせいで生き物の気配が希薄な場所になってしまっていた。
おそらく最深部と思われる場所に辿りつくと、ガンツが歩くのを止めてくる。
「ここから先は魔力が封じられる。正確言うとその者が持つ魔力を利用されるというのが正しいのじゃがな。しかし、エクレシアンの鍵の説明をする機会がくると思っておらんかったから、どう説明したらいいかと悩んでおる」
俺もここに来るまで碌に話さないなっとは思ってたがどう説明したらいいか悩んでるとはさすがにびっくりだ。
「まずはエクレシアンの鍵とは何かという説明からして欲しいの」
ルナがガンツが話し易いように質問してくる。
ガンツはむぅっと唸ると必死に話を纏めようと頑張りながら話を始めた。
「鍵というから扉を開けたりするものだと思うだろうが実のところ、まったくの別物なんじゃ。選定装置という意味合いが強いモノだと聞いておる」
「何を選定されるのですか?」
美紅がそう聞くと、ガンツは首を横に振る。
「はっきりした事は分かっておらんのじゃ。こういう言い方が正しいか分からんが合格した者は未だおらん。分かっておるのは、中に入ると自分にとってどういう感情かともかく強い感情を持ってる異性が出てくるそうじゃ。そして、ある者は戦い、舌戦、などなど、中には夜の営みをする者もいたそうだが、最終的に弾かれて出てくる。出てくる者は全て納得して認められなかったと言うらしい」
ガンツの話を聞いて俺達は顔を見合わせる。なんか大変そうなうえ、対策が取れない問題のようだ。
「となると、合格?してもどうなるかも分かってないってことか?」
「いや、製作者とハイエルフの言葉が残っておって、それによると妖精界への道が開く資格を得ると言われておる」
どうやら、エクレシアンの女王とはもしかすると妖精界の主なのかもしれないと今、聞いている話を考えると思えてくる。
とはいえ、何やら危険な香りがする選定装置に二の足を踏んでしまう。だが、ここで引き返して違う道を探すあてもない俺達はチャレンジするしかない。
そこで不意にルナが呟く。
「今、思ったんだけど、自分にとって強い思いのある異性が出てくるって言ってたけど男女で入ったらどうなるの?」
「すまん、大事な話を忘れておった。1人づつしか入れないのじゃ、2人目が入ろうとすると弾かれる。ここからは予想になるが無理やり入ろうとしたら中にいるやつは無事じゃ済まないだろう」
そうなるとここは俺が行くしかないだろう。何よりルナ達に任せてしまう自分を想像するだけで虚しい。
「つまり、出たとこ勝負ならずの入ったとこ勝負か。なら俺が先にチャレンジさせて貰うわ」
「何度もすまん、選定装置は1度使うとしばらく使えなくなるんじゃ。最長、記録に残っているもので3カ月使えない状態になったとある」
更に責任重大になったなっと途方に暮れそうになった時、ルナ達が自分達が行くと言ってくるが首を横に振る。
「やっぱり、俺に行かせてくれ。なんとなく行かないと駄目な気がするんだ」
悪いなっと俺は苦笑いする。
ルナ達は顔を見合わせるとガンツに聞く。
「これって命に関わったりするの?」
「今までに命を落とした者はおらん、一番酷いので戦えなくなったり、1カ月引き籠ったぐらいじゃ」
それはそれで不味いのでは?っと美紅は言うが命の心配だけはないと分かると2人は渋々許可してくる。
時々、やたらと過保護な対応してくる2人に有難うと笑いかける。
「どうやったら受けれるんだ?」
そう俺がガンツに聞くと奥のほうにあるモノを指差す。俺が今までやってきたゲームや読んでた漫画の知識から言うとあれって絶対、ワープ装置だよねっ!と想像できる地面が薄らと光ってる人工物ぽいのがあった。
「うん、なんとなく分かった。あの上に行ったら行けるって話なんだよな?」
ガンツはウムっと頷くが俺のリアクションが満足いかないらしく、不満そうにする。
そんな顔されても何も言えないしできないので俺は無視して装置に近づいていく。そうすると突然、体から力を持って行かれるような感覚に襲われた。これがガンツの言っていた自分の魔力を利用されるというやつなのであろう。
特に体に異常がある訳ではないらしいのでそのまま歩き、装置に近づく。
乗れば、試練を受けれるようだが、ガンツが言っていた内容を考えるとやはり不安はあるが、ここで躊躇うとルナ達が行くと言いかねないから、溜息を吐きつつ、俺は装置の上へと体を躍らせた。
浮遊感と共にどこかに飛ばされたと認識した俺は目を開けると光輝く世界にいるのに気付く。この輝き方なのに眩しいと感じず、視界を阻害しないといった不思議な空間である事でここが普通の場所じゃないと理解し、無事飛べたのだろうと理解する。
現状認識に追われていると後ろから声をかけられる。その声を聞いた俺は脂汗が噴き出し、背中に氷を刺し込まれたかのようにビクっと背筋を伸ばす。唇はかさかさになり、体はガタガタと震え、戦慄く。
「久しぶりですね、徹。まだ3年と言うべきでしょうか?」
俺はこの声を知っている。いや、忘れる訳がない。しかし、ここが異世界だからとか以前に聞く事は不可能なはずの声が後ろからする。
「いつまで、私に背を向けているのですか!礼を失しているとは思わないのですか」
その声に引っ張られるように振り返りたくない俺の意思を無視して前に体を向ける。そこにあったのは間違いもなく思ってた通りの人物が俺を見つめていた。 歩いてきた人生を刻むように刻まれた皺があるのに関わらず、強い意思を感じさせる眼力がとても実年齢の歳に感じさせない。そこにいたのは俺の祖母であった。
「やっと、こっちを向きましたね。大きくなりましたね、徹」
「何故、お婆様がアローラ、いや、それ以前に・・・」
俺を優しげに見つめる着物姿の祖母を震える指を向けて、必死に言葉を捻り出す。
「死んだはずのお婆様が俺の前に現れるのですか!」
「そうですね、徹。あの時の事はしっかりと覚えていますか?」
震える俺は頷くが、正直、震えているのか頷いているのか分からないと思われたがお婆様は分かったようだ。
声をかけられた時から震え続ける俺に嘆息したと思ったら突然、声を張り上げる。
「いつまで震えているのです!男でしょう!」
そう言われると背筋に鉄の棒を入れられたかのような直立をし、震えが止まる。昔からお婆様に逆らえた事などなかった。そうあの時以外は・・・
そう、あれは3年ほど前の冬になろうかという小学6年生の修学旅行を数日後に控えた日の事だ。俺はお婆様に呼び出される。そして、当時の俺からすると死刑宣告に等しい事を告げられる。
「徹。貴方は修学旅行には行ってはなりません」
「ど、どうしてですか!どうして僕は修学旅行に行ってはならないのですか!」
もう、何カ月も前から指折り数えて待ちに待っていた修学旅行。それを行ってはならないと言われて、今まで口答えをした事がないお婆様に食いついた。
立石家は一般家庭ではあったが1つだけ普通じゃない事があった。それがお婆様の存在であった。お婆様は突然、確信めいた事を言うと外れた事がない予言をした。それで救われた人は数知れずいたのだ。
だから、立石家でお婆様に逆らう事はタブーとされてきた。しかし、幼い俺は我慢できずに食いついてしまった。
そんな俺に憐れみを感じているような表情をしていた。いつもは力強い視線でキリっとしているお婆様がそんな目をしているのを見て、俺は戸惑った。
「徹、気持ちは理解できなくはないですが、行ってはなりません」
更に言い募ろうとする俺を近くを通りかかった母親に止められ、自分の部屋へと連れていかれる。
そして、頬に手を当てながら悩む母親は困った顔して言ってくる。
「本当は私も止める側にいかないと駄目なのだろうけど、徹の初めての修学旅行を行かせないってのは母さんも納得できないわね。だから、お婆様に内緒で行く事にしましょう。でも、本当に気を付けてね?貴方も知ってるだろうけどお婆様の言った事が間違った事ないんだから必要以上に気を付けてね」
その時、俺も母親もお婆様の止める理由を知るべきだったと思うが、そこまで深くは考えなかった。知れば、俺は止まれたのだろうか・・・
その後、お婆様は何も言ってこず、修学旅行の日が近づいてくる。後、2日というタイミングでお婆様は用事があるといい3日は戻らないと告げると家を空けた。俺は最高のタイミングだと喜び、出発の日を首を長くして待った。
そして、出発の日、俺は浮かれながらバスに乗り込み、修学旅行はスタートした。
旅は順調に進み、最初の目的地に向かう最後の休憩で立ち寄ったパーキングエリアで事件は起きた。
護送中だった犯人が逃げて、クラスの女の子を人質にして建物に立て籠った。偶然、トイレが混んでいたので職員用トイレを従業員の方が貸して貰っていた為、同じ建物の中のカウンターの裏に俺もいた。犯人からすると俺は完全な死角におり、気付かれていない。
俺は正義感に駆られ、無謀にも女の子を助け出す事にした。この時、お婆様の言葉を思い出していたらと何度悔やんだか分からない。
犯人の後ろから俺は女の子に押し付けているナイフが離れる瞬間を待った。そして、警察に威嚇する為に腕を伸ばした瞬間を逃さず、カウンターに登り飛び蹴りを食らわせて女の子を解放する事に成功する。しかし、まだ犯人はナイフを持っており、俺に襲いかかってきた。ヤケになっていたのか捕える気がないようで殺しにかかってきていると幼い自分でも分かった。そして、そのナイフを避ける事も叶わないという事も・・・
諦めの気持ちに支配されそうになった瞬間、犯人と俺の間に走り寄る影が俺を抱え込む。抱きしめられる着物からする匂いに覚えがある。いや、匂い以前に視界を防がれていても分かった。
「お婆様!!」
「言っても聞かないと知っていた事ではあるけど、本当に無謀なのだから・・・」
お婆様はニッコリと笑うと血を吐き出す。犯人は発狂したかのように俺を抱き締めて離さないお婆様を滅多刺しにする。そこでやっと警察が飛び込んできて犯人を確保する。廻りは騒然とするが俺の中では静寂に包まれたかのように時が止まったかのように感じられた。
「徹、聞きなさい」
掠れた声のお婆様に呼ばれて、俺の時間が動き出す。
緩慢に動く俺に申し訳なさそうに見るお婆様が印象的だった。
「今回の事で自分を責めてはいけません。貴方は尊い事をしたのですから」
「ですが、僕はお婆様の言い付けを守らなかったからお婆様は・・・」
堰き込んで血を吐いたお婆様は本当に優しげに笑い俺に手を伸ばしてくる。
「ふっふふ、お婆ちゃんは孫に我儘言われるのが嬉しいのよ。だから徹は悪くないのよ」
もう俺は何を言ったらいいか分からなくなり、ひたすら泣く事しかできなかった。
「これから言う事を覚えておいて、徹。辛くなったら立ち止まってもいい、悲しくなったら泣いたらいい。でも、どんなに辛くても、悲しくても、そのままにしちゃ駄目よ?涙を拭いて歩き出す徹でいてね」
そう言うと俺を触れていた手が地面に落ちて、最後まで笑顔のままお婆様は逝ってしまった。
「ちゃんと覚えていてくれたのね。ありがとうね。徹」
ほんの短い時間だけ、あの優しげな目をしたが再び力強い視線で俺を見る。
「あの時、貴方は私の言う事を聞かずに私が身代わりになる未来に書き変わった。それについて今は何も言う気はないけど、徹、再び、貴方に忠告する為に私はアローラに呼ばれた。よく聞きなさい」
俺は固唾を飲み込んで、お婆様の言葉を待つ。
「アローラを、いえ、ルナさん、美紅さんを見捨てて、元の世界に帰りなさい。今なら私が戻してあげられます」
俺はお婆様の言葉を聞いて目を見開いた。
感想などありましたらよろしくお願いします。




