48話 おっさんの挽歌と俺の家族
48話になります。よろしくお願いします。
おっさんは、抜いた剣を俺に向ける。
「訳が分からねぇよ!なんで俺がおっさんと戦わないとダメなんだよ。理由ぐらい教えてくれよ!!」
俺は、おっさんに返さないといけないものは一杯あると考えているがこういうのを返す事は考えてもなかったし、したくもない。
「問答無用!お前が抜かなくてもワシは斬りかかるぞ!」
有言実行とばかりにおっさんは俺に斬りかかってくる。
なんでだよ、おっさん・・・
徹とザウスさんが出て行ってしばらく経ったが私達は特に会話もなく机を眺めていた。
今朝、出る時に私達はミランダにこう言われていた。
「ザウスのところに行ったらトールとザウスが2人きりになろうとしたり、貴方達の前でザウスがトールにとんでもない事をしようとするかもしれない。でも、何があっても邪魔をしないで、2人きりのところにいこうとしたり、目の前で起こった事を止めようと絶対しないのよ?」
私を信じて、と呟くミランダはとても辛そうだった。
「トオル君には必要な事って言ってましたよね、ミランダさん」
どうやら美紅も同じ事を考えていたようだ。
徹が帰って来てから調子がおかしいのには気付いてはいたが、私も美紅も疲れているだけだろうと思っていたがミランダは違うと気付いたようだ。傍にいた私達が気付けなくてミランダ、そしてザウスさんは気付いたようである。まさに人生経験の差が生んだ観察力の差であった。
しかし、今はミランダとザウスを信じて、元の徹に戻って帰ってくる事を待つしかない。
500年1人で神託を送り続けてもここまで辛いと感じてなかった。私は弱くなったの?いや、あの時の私は真剣なつもりでも、きっとどこか物語を読んでいるような距離で接していたから辛くなかっただけだ。徹は私の深いところまで入ってきている男の子だ。その男の子が苦しみ、乗り越えて帰ってくるのを待つ苦しみに勝とうとしてる私はきっと強くなっているはず。もう物語の向こう側に私はいないのだから。
私は祈る。女神であって、アローラには神は自分だけであると分かってはいるが私は信じている。徹と出会い、動き出した運命という歯車が噛み合っていると、そしてそれはこれからも廻り続ける。
美紅と目が合い、頷き合い、お互いの手を握って徹の帰りを待ち続けた。
あれから30分ぐらい経ったであろうか?おっさんは休まず、俺に斬りかかる。こう言ってはなんだが、おっさんはそこまで強くない。冒険者ランク的に言えばCランクといった強さでだろうと判断する。あのBランクのやつよりも弱い、おっさんの剣を避けるのは難しくなく、先程から、おっさんの剣は空を切っている。
「おっさん、出会った頃の俺ならともかく、今の俺に当てるのは無理だから諦めろよ」
おっさんの考えが分からない上に斬りかかるのを止めないおっさんに溜息が洩れる。
肩で息をするほど疲れた、おっさんが息を整えながら言ってくる。
「ふん、イノシシ相手にビビってたお前は確かに強くなったようだな、だが、心は出会った頃のお前のほうが強かった!選ぶ恐怖に押し潰されそうになっとるお前より前のお前のほうが何十倍も強かったわい」
そう言われた時、俺の中で抑え込まれてた感情が爆発する。
おっさんに詰め寄り、俺の右ストレートがおっさんの顔に綺麗に入って吹っ飛ばす。
「おっさんに何が分かるって言うんだ!俺が今までしてきた選択とこれからする選択でルナや美紅、それ以外の俺の身近な人物を犠牲にする選択を迫られるかもしれないんだ、怖くて悪いのかよ!」
「分かるに決まってるじゃろ!ワシは、美紅の嬢ちゃんを助けるべきかどうかで悩んだ。そして、助けた場合、ワシ自身の周りが被る迷惑を考えて、身動き取れなくなって、何もしないという選択をしてもーた」
倒れたまま動かないおっさんは、苦悩に満ちた男の声で俺に語りかける。
「それをお前に美紅の嬢ちゃんが助けられたと聞いた時のワシの気持ちも分かるか?分からんじゃろ?ワシは素直に助かった美紅の嬢ちゃんの事に喜んだ、そして、何もしなかった自分への怒りをお前に向けた。ワシが望んだ結果になったにも関わらず、ただ悔しかったのじゃ。お前もそうなりたいのか?」
おっさんの言葉が胸に突き刺さる、先程まであった怒りによる熱が既になくなり、項垂れる。
「でも、これから選んでいって、その先でルナや美紅を犠牲にしなくちゃならない選択肢しかないって言われたら俺は・・・」
「馬鹿野郎!目の前にあるだけの選択肢で満足するな。自分で用意したらいいじゃろ!」
俺は雷に打たれたような気分になる。そうだ、俺はそんな事を偉そうにミランダに言ってたじゃないか。
「だからと言って、滅ぶのを座して待つ気はない。アローラにも守りたいもの、ルナや美紅、勿論、ミランダもおっさんもきっとこれからも増えていく。今までなかった解答を俺は生み出すつもりだ。だから、魔神は俺がなんとかするから任せておけ」
と言っていたのを忘れて、ビビって何もできなかった俺は馬鹿だ。何も誰かが敷いたレールに乗って進む必要はない。納得いかない選択を迫られたら途中下車して歩いて向かえば、違う景色に気付いて、俺は前に進めるかもしれない、いや、進んでみせる。
「すまん、おっさん。そして、気付かせてくれてありがとう」
「良いって事よ。で、悪いんだが頼みがあるんじゃが」
おっさんは大の字で寝転びながら空を見上げながら、ポツリと呟いた。
「動けん、おぶって連れて帰ってくれ」
一瞬生まれる沈黙、そして生まれる俺の爆笑が山に響き渡った。
おっさんをおぶって山小屋に帰ってきたのは日が落ちて既に夜になっていた。何気にこのおっさん無駄に重い。騎士を辞めてだらしない生活をしてたのだろう。帰るまでに鍛え直すように言っておこう。
山小屋の前にはルナと美紅が待っており、俺達を見つけると駆け寄ってくる。おぶさってるおっさんを見て驚いたり、俺をジロジロ見る様子を見て、どうやらこいつらにも心配されてたと知ると凄く恥ずかしくなり顔を背けて山小屋に戻った。
夜になってしまった事もあり、泊っていく事になった。何より、おっさんがまともに動けなくて飯の準備もできない有様だったから余計に帰るタイミングを逃した。
おっさんはいかに俺が容赦なく殴って酷い奴だと2人に訴えて、2人に説教を受ける俺は理不尽と思いつつも楽しい夜が過ぎて行った。
ちなみに俺は俺専用の個室で今回も夜を明かした。
次の朝、再び野良犬による手荒い目覚めの洗礼を受けた俺は、近くの泉で顔を洗っていると体を痛そうにして歩くおっさんがやってくる。そして、俺の後ろに立って話しかけてくる
「坊主、お前は1人じゃない、迷ってもいい、だが、ワシのように逃げるな。逃げたワシが言っても説得力ないかもしれんがな」
後ろを振り返るとおっさんは自嘲して、苦々しい顔をする。
「でも、その苦しみを知ったおっさんがいたから俺は前を向く事ができたんだ、決して無駄じゃないさ」
決して無駄になんかさせない。ただ、このセリフを顔見て言えるほど俺のハートは強くないから背中を向けて言った。
朝食を簡単に済ませた俺達はおっさんの山小屋を後にした。
坊主達を見送ったワシは思う。坊主も本当に強くなったもんだと。
自分の体が鈍っているとは自覚はしていたが、まさか1発で足腰立たないダメージを食らうとは思ってなかった。
去り際に坊主が言ってた。騎士辞めたからっていい加減な生活はダメだぜ?とドヤ顔する坊主の顔を思い出す。少しイラっとした。次、会う時に見返せるように騎士の頃の自分を超えるつもりで鍛え直すとワシは決めたが、今は満足に動けない体をなんとかするところからだと涙目になった。
俺達はクラウドに帰ってきて、お昼についたので市場の屋台で昼食にする事にした。なんとなく直帰する気になれなくてルナ達の別れて、俺は市場をうろついてから帰る事にする。
マッチョの集い亭に着くがなんとなく気恥ずかしくて扉を開けにくい。そんな躊躇をしてると扉が少し開いてひょっこりルナが顔を出す。
「何してるの徹?早く入って夕飯にするの」
もう引き下がりにくくなってしまい、渋々入る。
美紅が俺に笑いかけ、おかえりと言ってくれる。
カウンターの奥を見ると、どことなく不安そうなミランダもおかえりと言ってくれた。
妙に意地っぽくなってしまい、そっぽ向いて、ただいまって言ってしまう。
それから、会話がいつもより少なめの夕食になり、特に何事もなく終わる。
ルナと美紅が目を合わせたように見えたら2人はおもむろに立ち上がる。
「明日から冒険者ギルドの仕事も再開したいし、早めに休むの」
「そうですね、私もそうします」
俺とミランダの空気がおかしいと気付いたようで変に気を利かせてくる。
2人はそのまま仲良く部屋に戻っていく。
俺はその場の空気に耐えられなくなり、俺も部屋に戻ろうとするが、食堂と部屋への境界で歯を食い縛って止まる。
そして、俺は振り返って、呼んだ。
「ミランダ、俺さ・・・」
私は気持ち良い朝を迎えた。朝の仕込みをするために食堂に向かう前に裏庭で育ててた花を1輪摘んでくる。そして、真新しい真っ白でどこか温かみを感じる作りの花瓶に差してカウンターに置く。それを見て頬笑みが浮かぶ。
ずっと眺めていたいが朝は修羅場だ。気合いを入れて朝の仕込みへと厨房に入っていった。
それから1時間ぐらい経った頃、美紅ちゃんに背中を押されたルナちゃんがやってくる。
ムニムニ言いながら、寝そうになってるのにご飯と言ってくるルナちゃんを見て笑みがこぼれる。
遅れて、トールも降りてくる。
3人揃ったところでいつも通りの食事風景が生まれる。
朝食を食べ始めて目が覚めたルナちゃんがカウンターにある花瓶に気付く。
「なんかいい趣味の花瓶があるけどどうしたの?」
「家族から貰ったのよ」
私は満面の笑みを浮かべる。
トールは明後日の方向を顔を向けている。
私は昨日の夜の事を思い出す。
「ミランダ、俺さ・・・ミランダの事、家族のように思ってるから、これからもよろしく!」
カバンから取り出した包みを渡すとトールは部屋へと走っていった。
私は突然のセリフに突然の贈り物に放心する。
ゆっくりと融けるように事態を飲み込めてくると渡された包みを開く。中にあったのは真っ白な花瓶であった。作った人の人柄が出てそうな素朴で温かみのある良い花瓶であった。
きっとトールは2人と別れた後、私との仲直りのキッカケ捜しに色々廻っていたのであろう。
私には家族はいない。全員、死別してしまっている。そんな私を家族と思ってくれてるトールがたまらなく愛おしかった。
この真直ぐで不器用な子を全力で守りたいと改めて思った。
明後日の方向を見たままのトールに私は、悪戯心が刺激されて聞く。
「ねぇ、いい花瓶だと思わない?」
「知らん!」
こっちから見える耳を真っ赤にさせて怒鳴るトールを見て私はクスクスと笑い続けた。
感想などありましたらよろしくお願いします。




