21話 俺の歌を聞かせたかった
では、勇者登場の21話になります。よろしくお願いします。
ルナが泣きやんでから光の柱へと向かっていた。
そこに向かって歩いているのだが、物凄く歩き辛い。その理由はルナが俺の服を掴んで歩いているためである。勿論、掴まれている事にすぐに気付いて、ルナに離して貰おうとしたが泣きそうになるルナを見て引き下がってしまった。
俺はルナが幼児化したと疑いもしたが、どうやらそうでもないようで対応に困っているところだ。
地味に服が伸びそうで困ってたりする。
だが、離させようとすると・・・のループになるんで放置する事にして話しかける。
「ルナ、勇者はあそこから出て来れないのか?」
「できるかできないで言えばできるけど、魔神が消えたって事は気付いてないはずなの。今代の勇者は、戦って切り開こうといった気概があるタイプじゃないから出てくるとは思わないの」
まあ、そんな気概のある勇者なら勝てるか分からなくても魔神に挑んでそうだしな。
「じゃ、魔神がいないと分かれば出てくるんじゃないのか?」
「多分ね。私の力だったら光の柱の近くまでいけば語りかける事はできると思うの」
結論、光の柱に着くまでは何もできそうにないという実りのない話だった。
しばらく歩いたが光の柱まで見る分にはすぐそこって感じはするのだが実際は遠くまだ時間がかかるようだ。
「そういえば、光の柱の周りにある壁って何なんだ?」
「え、そんなのあるはずがないんだけど、見えないんだけど木々に遮られて見えるはずないのに、なんでそんな事言うの?」
「いやー、魔神に吹っ飛ばされた時に光の柱のほうを見たら壁に囲まれてたのが見えたから聞いてみたんだが」
一瞬、ルナの顔が強張ったのを気付いた。あの時の事を思い出したのかもしれない。
「壁なんてあるはずないの。近くに寄れば魔神じゃないなら勇者にも触れる事はできるはずなのに壁ができてるなんて・・・」
「魔神が壁を作ったとかはないのか?」
ルナは首を横に振る。
「ないと思うの。ここは魔力が物質になってるように見えるだけで自然なものは一切ないから魔神が壁を作ったら魔神が消えた時に壁も消失するの。作っても意味のないものを魔神が作ってたとは思えないしね」
まだまだ一筋縄でいってくれないって言われているような気分になってくる。俺としては、「よぉ、勇者、クラウドで飯でも食いながら事情聞かせてくれよ」ってぐらいの軽さで話を進めたかったのにままならんもんですな。しかも、消去法で、壁を誰が作ったかというのは答えが出ているようなもの。ルナも気づいているだろう。おっさんは勇者が触媒にされそうになった時の顔を見て、罪悪感に苛まされて、騎士を辞めた。それから想像するに作ってしまってもおかしいとは少しも思わない。まあ、勝手な推測しても真実は光の柱の下に行ってからである。暇を持て余してるせいか、答えもでないくだらない事を考えながら歩いた。
まだしばらく歩かないとダメそうな遠さに見える光の柱を眺めつつ、頭を掻きながら肩を竦めた。
漸く、光の柱を囲む壁の前に辿りついた。壁の存在を確認した時、魔神が作ったものじゃないと気付いて、面倒事が確定したようだ。
とりあえず、壁を超える手段を考えようってことで文字通りまずは壁を乗り越える事にチャレンジしてみる事にした。ツルツルの壁なのでよじ登るのはまず無理であった為、魔神に吹っ飛ばされた時に使った生活魔法の風を利用して乗り越えようとして行ってみるが、壁を超える高さになった時に内側に入る事に成功した。無事に入れるという事が分かった俺はまた戻ってルナをおんぶして乗り越えた。さすがに壁についた時には服から手を離してくれて解放されてた俺はルナを抱えて壁を越えた。
やっとの事で光の柱の元までやってくる事ができた。柱の中を見ると膝を抱えた小さな女の子がいた。肩まで伸ばした俺と同じ黒髪なのに同じ黒とは思えない吸い込まれるような黒で光の加減のせいか頭に天使の輪があるように錯覚してしまいそうなった。ブカブカの皮のような鎧の隙間から覗けるスタイルはルナ同様残念さんのようだ。見た所、中学生になったかどうかの年頃に見えるから、まだルナと違って試合終了じゃないぜ!
魔神の殺気なんてぬるま湯と思える気配が俺の後ろからした。殺気の主はルナで、いつもなら殺気出してる時は大抵怒ってるなり、感情が剥き出しになってるルナであるが、抱えてから降ろした時となんら変わらない顔したルナから今まで感じた事がないレベルの殺気が俺の首元に突きつけられた恐怖を感じた。何があったルナ、オチオチ変な事を考える事もできない。
ツギハギされた服を着た勇者をよく観察すると虚ろな感じはするが呼吸はしているようだし、口も動いている。話しかけるためにも近寄ろうとしたら光が透明な壁になってたようで鼻をぶつけてしまう。
ルナは俺がぶつかったのを見て、悲しそうな顔をした。
「ザウスさんの話の最後の様子を考えるに、きっと心を閉ざしたんだと思うの。だから壁が出来ていて、光の柱を抜ける事も無理なの」
きっとルナは壁があるって分かった段階でその可能性を考えてたようだ。
「私が直接、語りかけて立ち直らせるの」
「アローラ人に語りかけて全無視されたみたいだけど、大丈夫か?」
ここに新たに心を閉ざした人物が生まれた。
ダークサイドに落ちたルナを横目で見ながら、トラウマを抉ってしまった罪悪感に苛まされながら、勇者の様子を窺う。とりあえず光の柱を叩いてみるが何の反応も返してこない。呼びかけようと思ったが名前が分からないので、それで必死に呼びかけてもどうなんだろうって思った俺はルナに聞く事にする。
「どうせ、私の話なんて誰も聞いてくれないですよ。ええ、長い時を壁に話かける残念な人のように語り続けてた女ですよ」
どんどん深みにハマりつつある女神がそこにいた。とても名前を聞けるような状況ではない。自分がやらかした結果とはいえ、打つ手が見えない深みである。
そんなルナを見なかった事にした俺は勇者の様子を窺って切り口になりそうな情報がないか、観察する事にした。
最初も気づいたが口がずっと動き続けていた事に気付いた俺は、なんて言っているか耳を済ませる事にした。少し小さくて聞き辛かったが、童謡みたいなテンポの歌を歌ってるようだ。
ウサギさん、ウサギさん、どうして眼が紅いの?
それはね~
この短いフレーズをずっと繰り返しているようだ。アレ?どこかで聞いた事があるような出だしの歌である気がする。どこかで聞いた事あるような・・・いや、思い出した。思い出した内容で合ってるなら、この歌を知ってるのは自分を除いて1人だけである。10年前に1度だけ会って遊んでいなくなった女の子だけであるはずである。
あの子であるなら、あの特徴的な眼をしてるはずだっということを思い出した俺は、地面に横顔をつけるように、土下座するようにして彼女の顔を覗き込んだ。
薄らと開いた眼は影になってて分かりにくいが、良く見ると瞳に紅さがあるのが見えた。おそらく、彼女は10年前に会った、あの子のようだ。
打てる手は打ってみるということで俺は行動する事にした。
ウサギさん、ウサギさん、どうして眼が紅いの?
それはね~悲しんでいる、みんなの為に代わりに泣いているから紅いんだよ
ウサギさん、ウサギさん、何故、みんなの為に泣くの?
それはね~笑ってる、みんなを私が見ていたいからなんだよ
ウサギさん、ウサギさん、だったら僕はウサギさんの傍にいるね
みんなの代わりにウサギさんを笑わせるから友達になろうよ
寂しくて自分の為に泣く必要がないように僕はいるよ、優しいウサギさん
正直、ドキドキしながら歌ってみた。何せ、10年前に即興で作った歌であったし、なんとなくその時と違ってる部分があったかもしれない。ちょっと違ったぐらいならいいけど本人と違いましたってオチがまだ否定されてない俺は冷や汗ものである。違ったら俺の黒歴史にまた1ページである。
「すっごい音痴」
やさぐれ女神が降臨されたようだ。据わった目で俺に言ってくる。
ただでさえ、心配な部分が多いのに追撃してくるルナの容赦なさに震えがくる。
そんな現実から目を反らして勇者の様子を窺う。
すると先程まで俯いてた顔をこちらに向けていた。お人形のような可愛い顔の眼を見開いていた。10年前の女の子の面影がどことなくあるうえに眼が紅かった。瓜二つというオチがなければ同一人物と見て良さそうである。
「・・・どうして、その歌を知ってるの?」
勇者は初めて、外に意識を向けたと思ったら、俺に話しかけてきた。
「どうしてだろうな?とりあえず、ここから出て、街に戻って甘いモノでも食べながら話そうぜ?」
光の壁を叩きながら俺は答える。
「いや!外は怖い・・・ここで思い出の中でずっといるほうがいい」
「どんな思い出か知らないが、これから、もっと楽しい、忘れたくないって思える未来があるのにそこで自分を閉じ込めるなんてバカだろ?」
叩き続けている光の壁がしなるように動いたような気がした。勇者の心がまだ揺れるほどには未来に思い入れがあると信じる。
勇者は激しく首を横に振り、
「そんなもの、きっとない。また利用されて、裏切られる世界になんかに希望なんてない」
この勇者の慟哭を聞いたルナは下唇を噛みしめた。それを横目で見たが今は勇者に語りかける事にする。
「そうだな、利用もされない、裏切りもなく、平和な心穏やかな世界ではないだろうな」
「だから、私はここから出ない」
叩いてた光の壁を今までで一番力を込めて一発殴る。
「そんなのは当たり前だ!確かに、お前が受けた辛さは当たり前とは言わない。世界がお前を肯定してくれるとも言わない。だが、そこにあるのは停滞のみだ。居心地が良くても、いずれ心が腐っていく」
「誰も認めてくれない、肯定してくれない辛い世界で生きるぐらいなら腐っていきたい」
勇者の瞳から涙が零れる。
バカ野郎が、泣くってのは未練があるって事なのに腐って行きたいなんて本心でない事を言うなよ。
「俺がお前を全肯定してやるよ!そして、お前が出てきて良かったって思える未来を俺が切り開いてやる」
「えっ?」
俺が叩いてた光の壁にヒビが入る。
「俺が傍にいて、お前の楽しいを見つけてやるって言ってるんだ!」
渾身の力を込め、光の壁を殴ると打ち抜いて壁はガラスが割れるような音をさせて砕けちった。
「その腐って行くしかないとこから引き揚げてやる。後はお前が俺の手を掴むかどうかだ」
勇者に手を差し出す。
「どうして、私を助けようとするの?」
「女の子を助けるのに理由が必要か?」
俺は照れから必要以上に笑顔を意識して勇者を見つめる。
「あの時と同じ笑顔・・・」
「え?なんか言ったか?」
勇者は俺の手を握り、俺も握り返して、引っ張って立たせる。
「ううん、なんでもない。それより貴方の名前は?」
「おう、俺の名前は徹だ。お前は?」
「私の名前は美紅」
勇者、いや、美紅は、はにかんだ笑顔を俺に見せてくれた。慣れない感じだったせいか恥ずかしくなったようで俯く。
美紅は思っていた。10年越しにやっと知りたかった男の子の名前を知れた事が嬉しくアローラに来て初めて、心に暖かいものが宿った事に気付いた。
その暖かいものが何かは分からないが、ゆっくり知っていき、大事にしたいとただ、そう思った。
感想などもありましたらよろしくお願いします。




