220話 集う力
もしかしたら明日は更新をお休みするかもしれません。できても、午前中の更新はないと思われます。
駐屯所の天幕では、黒い狼が来てくれた事により戦線を押し返す事が出来始め、当初より明るい空気になってきていた。だが、最悪の状況を乗り越えれば、問題が無くなるという訳にはいかないという実情と今、向き合おうとしているところであった。
それは、僅かなりと余剰戦力が見え隠れし始めた現状、徹への援護に動きたいという欲というものが働き始めた為である。しかし、やっと生まれた余力をギリギリまで使って、少しでもバランスを崩したら、もう立て直す事叶わずという事態になるのは目に見えているから、動けない、でも、何かをしたいという葛藤に包まれていた。
しかも、それは首脳陣の3カ国の者の考えだけでなく、戦場で戦う兵士達の声でもあって、できれば叶えてあげたい。でも、自分達が預かっているのは兵士の命だけでなく、この防衛線の後ろにいる戦えない人々の命もある事を考えると躊躇してしまっていた。
「後、少しなのです。その少しがあれば、トール様の背中を追いかける戦力を捻りだせます。ですが・・・」
「そうですな。ここで無理をしたら、全滅を視野に入れる必要がありますな」
苦々しく語るユリネリー女王陛下の言葉の切れた先を繋ぐようにエルフ王が口を開く。
「どこから、応援を呼ぶ事は無理なのでしょうか?」
「それは、何度も話し合いした事じゃろ?無理じゃ、どことも連絡が取れないのか、連絡要員が戻ってこんから分からんが、これ以上、出す余裕もないわい」
クリミア王女が、足掻くように口にするがガンツにより、すげなく否定される。それを見ていたティテレーネ王女は補足するように言ってくる。
「今、ガンツ様が言われたような問題点もありますが、上手くいって、そこをクリアしたとしても時間が圧倒的に足りません。今から連絡員を飛ばして、すぐ動いて貰えるようになったとしても一番近いバックですら3日後でしょうね。ここに駆け付けてくれるのは」
そう言っているティテレーネ王女自身がそんな旨い話ないであろうと理解していた。その旨い話ですら、無理があるという事も。
確かに生まれた余力はあるが、あくまで短期決戦に持ち込むのが前提の兵力である。長期戦を考えると余力とはとても言えた戦力ではなかった。
そんな時、天幕に兵士が駆け込み、報告を聞いた3カ国の首脳陣は立ち上がり、驚きに固まる事態が生まれた。
防衛線をしている所のモンスターの群れに炎に包まれた礫を流星のように撃ち放つ金髪ポニーテールの胸の豊かなエルフがいた。その隣にいる50歳ほどの男がバトルアックスを肩にかけながら、冷や汗を流しながら言ってくる。
「久しぶりに見たが、相変わらず健在ってとこか。しかし、いいのか?もう力は振るわないってのが持論じゃったと思ったが?」
「馬鹿ですか?この状況でそんな身勝手な持論を振りかざす余裕などどこにあるというのですか?何より、自分の持論より、自分が立てた誓いのほうが優先事項ですよ」
いつもの事務服を脱ぎ捨て、冒険者風の服装をして、胸の所のボタンが止まらなかったようで紐で縛るようにしてボタン替わりにした姿で戦場に立っているのはシーナであった。オルバの言葉を呆れた様子で語る。
そんなシーナの姿を見つめるオルバも呆れた顔をしながら言ってくる。
「誓いが何かは聞かんが、その冒険者の格好も懐かしいな?その当時の服なんじゃろ?」
「ええ、そうですが何か?」
冒険者ギルドでは職員になる為の条件に、Dランクになるだけの力が求められる。しかし、シーナは当時、ソロでBランクになり、その力を認められて職員になっていたのだ。とはいっても魔法砲台のような戦い方しかできなかった為、懐に入られるとどうしようもないほど、近接戦闘のセンスは皆無ではあった。だから、今も傍でオルバが護衛していた。
オルバはそんなシーナを上から下へとジロジロと見て言ってくる。
「会った頃から何も変わってないっと思っておったが、胸だけは成長しとったんじゃな?」
迷わず、シーナはオルバの顔を撃ち抜く。オルバは奥さんに殴られ慣れているようで、少し痛そうにする顔を見る程度にしか出来なかったが、次の言葉で流す事にした。
「クラウドに戻ったら、奥様に旦那様にセクハラされましたっと泣きつく事にします」
「待ってっ!それ、絶対、泣き真似だろ?ってか、マジで勘弁してください。間違いなく、死んじゃうからな?冗談で済まんからなっ?」
シーナの足に縋るオルバはマジ泣きまで3秒前っといった様子で懇願する。シーナは鬱陶しげに足を振り払い、溜息混じりに言ってくる。
「今後の働きに応じて減刑していきましょう」
「ワシぃ!頑張っちゃうぞ?命懸けでお前を護るわい!!だから、お願いね?」
どれほど、嫁が怖いのか垣間見れる瞬間である。嫁を怒らせるのが死ぬ事より怖いという事実を考えると笑いが漏れそうになるシーナであったが顔に出さないのは受付嬢の必須スキルであった。
オルバはシーナに寄ってくるモンスターを睨みつけながらバトルアックスを構える姿を見て、シーナは次の魔法の準備に取り掛かった。
「みんな、これから、俺達、クラウドAランク『今夜の一杯の為に』の引退セレモニーに参加してくれて、有難うよ」
200名近くの数いるクラウドに所属する冒険者達の前に立つ、無精髭が似合う中年の二枚目がおどけるようにして語る姿を見て、冒険者達の間で笑いが起きる。
視線の先にいるモンスター達を見据えて、ダングレストは語る。
「このモンスターの先に、俺達の仲間がいる。色んな国に担ぎあげられて色んな肩書を持っちまったガキがな。だがよ、そんな事知った事っちゃねーよな?そんな肩書がなんだ、俺達の手が届かないとこを走り続ける仲間がそこいて、苦しんでる。俺達の剣を振るう理由なんてそれだけあれば充分だ」
モンスターから視線を切って、冒険者達を見て、口の端を上げるダングレスト。
「数ある肩書がなんだ。一番最初にアイツに肩書をくれてやったのは俺達だ。救国の使者?ふざけんなよ、アイツはそんなカッコイイもんじゃない。俺達の仲間を助ける為に、武器を抜け、そして構え、吼えろ。お前達の一振りがアイツに届く一振りを減らす事ができる。さあ、助けてやろうぜ?俺達のクラウドの勇者を!」
その言葉と同時に剣を抜くダングレストに合わせるに冒険者達も合わせるかのように武器を構える。
いくぞっ!と叫ぶダングレストが先陣を切るとそれに続けとばかりに鬨の声を上げる冒険者達。
さすが、人と戦うのに特化した軍と違い、モンスターと戦う事に特化した冒険者と言うべきか、なぎ払うようにしてモンスターを刈り尽くして行く。
その姿を茫然と見つめる軍の者達に檄を飛ばすものがいた。
「何を茫然としている!まだ戦いは終わっておらん。英雄に駆け付ける為に、目の前のモンスターを駆逐するぞっ!!」
高らかに叫ぶその姿は、小奇麗な盗賊といった風の姿をした男であった。その声を聞いた兵士達は我に返り、突撃して戦闘を再開する。
モンスターと戦いながら、余裕があるのか、その叫んだ主を驚いた顔した冒険者達がガン見しながら叫ぶ。
「ツンデレが喋ったの初めて見たぞ!!」
「お、俺も返事以外では初めてだぁ、こりゃ、この戦いは貰ったな!」
冒険者達は楽しそうに語りながらもモンスターと相手にしていた。根拠もない話で浮かれるポジティブすぎるクラウドの冒険者達を見つめていたツンデレは溜息を零す。
「はぁ、これでもう引き返せんな。絶対に母さんにはばれただろうしな・・・こうなったらヤケだっ!戦えるとこまで俺も戦ってやるぅ」
ブルっと肩を震わせ、肩を抱くようにして恐る恐るといった様子で空を眺める。
ツンデレは腹を決めるとモンスターに斬り捨てていく。この先にいる倒れる徹に心で語りかける。
アローラで偶然とはいえ、トールと名乗った以上、これ以上の無様は決して許さんぞっと獰猛な笑顔を浮かべながら、モンスターがより固まる場所へと飛び込んでいった。
その戦況を見つめていた3カ国の首脳陣は、表情に明るさを取り戻していた。
「いけます。この流れでなら、兄様へ兵を出す事ができます!」
そう言うティテレーネ王女の言葉にその場にいる者達も嬉しそうに笑みを零す。
そして、日の出まで2時間前といった時間に一部の兵とクラウドの冒険者合わせて500名程が勇者召喚の場所へと目指して出発した。
感想や誤字がありましたら気楽に感想欄へお願いします。




