213話 見送り
太陽が昇るのに合わせたかのように俺は目を覚ました。小鳥の囀りもない朝を迎える。
動物達も今日という日がどういうものか本能的に理解して怯えているのであろう。
隣を見ると俺の袖を掴んで、眠るテリアの頬に残る涙の後に気付き、指で拭ってやると優しく掴んでいる手を外す。
立ち上がり、カラスとアオツキを手に取って、天幕を出る前に振り返り、微笑む。
「いってきます。美紅を頼むな?」
テリアの耳がピクっと動くのを確認して俺は天幕を出ていった。
天幕を出ると、快晴を望んでいたが、今は僅かなり太陽が見えているが、これは今日、一雨ありそうだと顔を顰める。
北を目指して歩き出し、辺りを見渡すと少ないながらも既に活動を開始している者達が目に入る。俺の事を知っている者達は手を止めても挨拶をしてくれる。俺は気を使わないでっと言っているがそれを見てるのにも関わらず、まだしてなかったものが同じようにしてくるので苦笑する表情が顔から剥がす事ができないまま、歩き続ける結果になってしまった。
しばらく歩くと、前方に待ち構えるようにして立つ姿を2つ確認した。エルフ王とガンツであった。
「どうして、2人がここに?」
「ふんっ、トールの事だから、大勢に見送られるのが嫌とか言って黙って行くと思ったわい」
「そう照れると言われても英雄の見送りぐらいしないといけませんからな」
ニヤつくオッサン2人に苦笑いをするしかない俺は頭を掻いた。
俺は立ち止まらず、片手を上げるだけで通り抜けようとすると、ガンツが呼び止める。
「トールよ。昨日、ユリネリーがいっとったようにワシらはお前の援護はできる状況ではない。それどころか自分達の面倒も怪しいぐらいじゃ」
ガンツの声に苦渋する思いが溢れる。そして、絞り出すようにして次の言葉を紡ぐ。
「初代勇者の援護があるとはいえ、ゆくのか、トールよ?」
何を言いたいのか分かり易過ぎて、俺は笑みが漏れる。年の離れた友は、俺に全てを投げ捨てて逃げてもいいんだぞ?言ってくれている。昨日、ネリーが言ったようにやはりドワーフ国は毛色が違う。国のトップが言っていいセリフではない。背中越しに後ろを振り返ると、エルフ王は苦笑しながらも口を挟まない事で体面を保とうとしているが本音は同じですよっと目が言っていた。
「ありがとうな、でも俺は行くよ。例え、和也、初代勇者の助けがなくとも」
和也なんて、関係ない。昨日言った事は嘘ではないが、あれはあくまであの場に希望を伝える為であり、いなかろうが俺が取るべき行動は決まっていた。
俺にはそうする理由があるのだから。
「アローラに来てから1年と経ってないけど、ここに来て、得れたモノへの恩を返し切れてないからな」
何より、この世界が無くなるのは嫌だっと呟き、再び歩き出した。
徹を見送った2人は、納得したように頷くガンツと目が点になっているエルフ王が残された。
混乱冷めやらぬエルフ王は隣で頷いているガンツに問う。
「トール殿の言う『アローラに来てから1年と経ってないけど』というのはどう言う意味なのでしょう?」
ガンツに横目でギロリっと見るようにされたエルフ王は生唾を飲み込むが黙って見つめ返す。
「ワシもはっきりと聞いた訳ではないわい。どうも、トールは美紅と同じ世界の住人のようじゃ」
「では、トール殿も勇者ということですか!」
その言葉にガンツはそれはないっと首を横に振る。
「ルナがいっとった。トールと初めて会った頃の話を夕飯を食いながら聞いた事あるがの。ゴブリン相手に震え、我を忘れたように戦って、やっと倒したような奴らしいわい。お主が会う、ほんの2か月前ぐらいだそうじゃ」
カラスを手にして、ルナ達に訓練という名の苦行をさせられて目を見張る強さになったがのっとガンツが呟く。
「それなのに、エルフ国を護る為にあのモンスターの群れに1人で立ち塞がり、戦い抜いたトール殿はどれほどの恐怖と戦いながら、あの場に立っていたのでしょうか・・・」
「それにな、カラスと語り合い、打ち直している間にカラスを手にした経緯も聞いた。あれは勇者では手にする事は叶わないじゃろうな。トールだがら手にできた武器じゃ。トールは勇者なんて小さい器じゃないわい」
エルフ王は顎に手をやり、なるほどっと唸る。
「確かに、『Goddesses of hero(女神達の英雄)』ですから、勇者の器ではないでしょうね」
「なんじゃ、それは?」
食い付いてくるガンツに少し得意そうな顔になるエルフ王は笑う。
「それは、天幕で娘達の帰りを待ちながら、ゆっくりと・・・」
「そうじゃな、そうするとしよう」
徹が歩き去った方向をオッサンが2人見つめ、イヤラシイ笑顔を浮かべる。
「トールよ、出る前にお前が斬り抜けないといけない大きな山がまだあるんじゃぞ?男らしい、お前を期待するわい」
「そうですか?私は、情けないトール殿に期待しているのですが?」
更に笑みを深めるエルフ王にガンツは歯を見せて笑みを見せる。
「実はワシもそうじゃ」
ガハハっと笑うガンツと笑みが絶えないエルフ王は仲良く、会議室として利用している天幕へと向かうべく歩き出した。
北へ続く門が見え始めた頃、見覚えのある姿が3つあった。最初は普通に歩いていたが、表情が見え始めると途端と歩みが遅くなり、迂回したくなる。というかしようとした瞬間に前方から来るプレッシャーが凄くて止めたというのが正解であった。
何故だろう?隆と2人で、勢いでプチ家出をしてズコズコと帰ってきた時の家の前に立つ母さんを思い出してしまった、この恐怖は・・・
いくら歩みが遅くなろうとも距離は縮む。そして、邂逅する時はきた。
「さて、兄様?言いたい事がおありなら今の内にどうぞ?」
「天気に誘われて、思わず散歩したくなってな?ごめんなさい・・・」
言ってる途中で既に俺は目の前の3人、ティティ、ネリー、クリミア王女の3人のプレッシャーに負け、まさに犬なら腹を見せる状態であった。
ネリーとクリミア王女は溜息を吐きながら言ってくる。
「水臭いです!何も言わずに行こうとするのですから。ですけど、トールならそうすると思ったから私達もこうやってここにいる訳ですが・・・」
「それでも、私達が気付かなかったら、ティテレーネ王女が苦労して集めて作ったこれが無駄になるところでしたよ」
そう言ってネリーが取り出した物は黒い布で作った、トレンチコートのようなものであった。
取り出したコートを受け取り、クリミア王女が俺の背後に立ち、着させる為にに広げる。介助されるがまま、コートを羽織り、びっくりした。
「まったく重さを感じないし、着てる感じがしない!」
「ティテレーネ王女が神獣の狼から体毛を分けて貰ってくださった物で作ったコートです。強度も残りの毛で試しましたが、人の魔法では切る事も燃やす事も叶いませんでした。ですが、加工しようとするとそれこそ子供でも切れるぐらい簡単にできるところから意思があるのではっと思うほど不思議な素材で作られてます。きっとトール様を護ってくれます」
コートが凄いと俺は広げたりして喜んでいると、クリミア王女とネリーが俺の手を片方づつを手に取るとおもむろに自分の胸の谷間に埋める。
「ktkr%$#-:;<>!!」
自分でも何を言っているか分からない言葉を発してトリップする。
再起動する俺のタイミングを見たかのように2人はスッと俺の手を抜き出す。
俺は残念過ぎて、ああぁぁ!っと声を洩らすと2人はクスクスっと笑い、言ってくる。
「「続きは帰ってからです」」
俺は帰ってくる。その深き谷間へ・・・っとバカな事を考えているとティティが俺の服を引っ張っているので屈む。
「兄様にユグドラシルの加護がありますように・・・」
俺のおでこに触れるような口づけをされる。離れるティティの頬が赤くなっているのを見て、俺も照れ臭くなり、立ち上がり、背を向ける。
「ありがとう、行ってくる」
後ろから3人が帰ってきてくださいねっと言う声を聞いて、俺は必ず生きて帰ると心に戒める。だって、あそこで指を動かさなかった事を後悔して逝けない・・・
俺は歩きながら背中越しに手を振って、北へと抜ける門へと歩き出した。
門を抜けると後ろから人が沢山くる気配に気付き、振り返ると、駐屯所にいる兵士が全部集まったんじゃないかというぐらいの人の群れが門の前に出来上がった。
俺へのエールや、希望を叫び、自分達も頑張ると意思表示なの叫びが聞こえる。
その先頭付近に美紅を背負ったテリアの姿もあった。美紅はまだ意識がないようだが、きっと見送らなかった事を起きた時に責めると思ったのであろう。小さく手を振るテリアを見つめ、周りの兵士達を見つめる。
こういうのが恥ずかしくて出て行こうと思ったのになっと思いつつ、俺は叫ぶ。
「じゃぁ、魔神をブチ倒してくるわっ!!」
俺はサムズアップを決めると怒号かと思えるような歓声に送られて、俺は歩き出す。
背中に響く、声が俺を押す力になって勇者召喚の場所へと歩を進めさせた。
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