20話 最初にした選択
20話になります。よろしくお願いします。
「自分の事は自分でなんとかする。俺を信じて最後まで諦めるな!」
そう、徹が叫んで飛ばされていく。危うく、パニックを起こして思考停止させそうになったが徹の言葉で思い留まれた。
「だそうですよ。もうそのまま落ちて死ぬしかないというのに、あの迷いのない言い切るトールの底知れなさは本当に驚嘆に値しますね」
飛んでいく徹を見つめつつ魔神は私に語りかける。
徹の事は心配だが目の前の魔神の事を考える。徹にも言ったが勝算どころか逃げる事もできそうにもない。ただ、完全体の魔神なら無理だが、今の別れている魔神であれば倒す事が可能な攻撃手段はある。しかし、準備に時間がかかり、そして速度は壊滅的でテレホンパンチといった有様だ。あてる方法など皆無だ。それは一人場合はである。徹が無事に戻ってきて、アイツの意識を全部向けられる中、立ち周り、私の存在が魔神の頭から消える一瞬見逃さず打ち込む事ができれば、薄いとは言え可能性を生む事ができるはず。
「思わずといった感じでやってしまいましたが、警戒しすぎですよね。ただの人間、何もできる訳じゃないでしょうに」
言われてみれば、どうして徹をそんなに恐れたのだろう。今のヤツの言葉の通り普通に考えれば、放置しても勝利するのは魔神であろう。しかし、余裕というより驕りといった風を装ってた魔神があの短い間の戦いで何を恐れた。
ヤツは徹が生み出す可能性に恐れた。徹が口にしたように0.1%だけかもしれない可能性を。根拠などない。だが間違ってないと直感がいっていた。
「余裕ぶってた割にはチキン野郎なの。そんなに徹が怖かったの?」
「言ってくれますね」
さっき飛ばされた時と同じように魔力の塊をぶつけられて飛ばされる。しかし、今回は予測出来ていたのでしっかりガードが間に合う。
自分の直感が正しかったという確信した。余裕がなさすぎる。勝利のキーは徹だ。徹に振り回されて、ヤツの行動が単調になっていく。
後は徹がこっちの思惑通りに動いてくれるか。信じてる、徹はその一瞬を作るために私の元に帰ってくると、実力は明らかに魔神は勿論、自分にも及ばない。これは試合ではない、戦う力が強い、戦略性が、ってのは重要ではあるが全てではない。ルールなんて存在しない殺し合いだ。その全てじゃない+αそのものと言える存在が徹だ。人とは可能性の塊と知ってたはずの私ですら驚かす存在が今、空にいる。ルールや理すらも無視して笑ってそうな男と組んで魔神に勝てませんなんて言わない。
だから、早く帰ってきて、心で呼びかけながら、魔神の攻撃を凌ぎつつ、エアブレットを乱射しつつ空を見つめた。
落下する風を全身に浴びながら落ちていく先を見つめる俺がいた。
「さて、なんとかするとは言ったもんだがなんとかってなんぞや?」
自分で言った言葉に悩まされてる俺が空にいる。格好つけたのに悩んでいるのは空を舞う術使えないかなってこんな状況でも考えている。一応、既に手はあるんだが、飛びたいんだ!そんな状況ではないと分かっているんだが夢は忘れない。
だが、そろそろマジになる必要があるようだ、姿は確認できないが魔神とルナの戦闘音らしき爆発などがこっちにも響いて来てる。
俺が使える魔法は今の所、生活魔法のみである。ルナに見せた事があるのは火と水のみである。その2つですら、攻撃魔法を覚える意味を問われたほどの威力を秘めていた。もちろん、魔神に有効打になるような威力はない。
生活魔法の全属性と言っていいのか分からないが全部使えるようになっている。魔法の説明がされる時に毎回のように出てくるイメージという言葉が俺は普通の人と違うようで本来の使い方じゃない方法ができる。勿論、通常の使い方もマスターしたが、水の時もそうだが火の時のやっちゃった結果を思い出すと苦笑いが浮かぶような始末でルナの驚きも凄くて他の魔法はルナにも見せてない。
威力が全てでない威力のない魔法も使いようだ。もちろん、使いよう次第では魔神に一矢報える術も1つだけある。しかも失敗したら次はない方法ではあるが。話は逸れたが、使い様でこの投身自殺のような事態を乗り越える術もある。ぶっちゃけ、ぶっつけ本番で成功の保証なんてないが、あの数々のセリフを吐いて、このまま死んだら黒歴史確定だ。死んでも死にきれない。
何より、今も下で頑張ってるルナを1人にはできないしな。
だいぶ、地面が近づいてきた。漸く、人の形が分かるようになってきた。俺は大きく息を吸い込みつつ落下して行った。
「ルナァァー、戻ってきたぞー」
「徹!!」
俺の言葉に反応して戦闘中にも関わらず上を見たルナは足元の石に躓いて転ぶ。あ、今のこけたことで魔神の魔法をかわしたよ。なんつうか運がいいやつだ。
「戻ってきたとは、モノは言いようですね。そのまま地面に叩きつけられて終わるだけですよ?」
そう嘲笑する魔神にルナは激昂する。
「私は徹を信じてる。きっと乗り越えるの!!」
「先にトールの最後を見届けてから、貴方を消したほうが楽しそうだ。絶望に包まれる女神。とっても甘美だよ」
気持ち悪い笑い顔で私を見たと思ったら徹を見るために空を見上げた。同じ行動をするのは嫌な気分もあったが徹を見るために私も見上げた。
さて、ぶっつけ本番行ってみようか。死ぬと思ってるアイツの横面を殴りに行こう。
ルナと魔神の顔が分かるぐらいの距離になった。なんだ?あいつら仲良く俺を見上げてやがる。
「徹!魔神をギャフンと言わせて!!」
ギャフンって今度、ルナに歳を聞きたくなる単語である。
まあ、ルナの期待に答えましょうか。いたずら小僧のような笑顔を浮かべた俺は、魔神に向かって疾走する。そう空中でだ。魔神に一気に接近してショートソードで斬りかかる。
「な、なんだと!空中を走るだと、この非常識が!!」
ちぃ!後ちょっとでショートソードが首に当たりそうなとこでカンと弾かれる。少し届かなかったがやはり、精神的な脆さは予想通りのようだ。
空中を走った種明かしは風の生活魔法で空気を固めて踏み台にして駆け抜けたのである。決して丈夫なものじゃないので踏んだすぐさま壊れてしまうので駆け抜けるしかない欠点も存在する。
「あんな高いとこから落ちる経験今までした事なかったからいい経験させてもらったよ。ありがとうよ」
イヤミをぶつけて、態勢を整える。決して、さっきの首への攻撃を弾かれた憂さ晴らしではない。ないったらない。
横を見ると目が点になってるルナが口をパクパクさせて驚いていた。驚く気持ちは分かるが驚きすぎだ、少しは信用して欲しいものである。
「ルナ!しっかりしろ!第2ラウンド開始だぞ!!」
「徹、人間やめちゃったの?」
スパンって擬音が鳴るような平手打ちを後頭部に食らわす。
「ボケってるんじゃない!戦闘中だぞ!」
「ごめんなさいなの」
ルナは恥ずかしいのか、不意打ちの一発が痛かったのか、顔に朱が差している。
「えらく余裕じゃないですか?無事なのには驚きましたが少し延命しただけですよ?」
「えっ?お前のだよな?」
分かりやすい挑発をしてみる。コメカミがピクっとさせる魔神、見た目と違ってかなり幼稚なやつのようだ。段々、こいつに勝てる確率が少しづつ上がってるのが実感伴ってきた。一矢報いる術はある。しかし、使いどころが難しい。
「君は冗談が好きなようだ。でも言う相手は選んだほうが良いですよ」
そういうと目で追えない速度で俺に迫る。
俺は慌てずかわす。俺の横を風が駆け抜ける。
「な、私の動きが見えるのですか?」
「さあ?どうだろうな?」
また見えない速度で襲いかかるが、先程と同様に俺はかわす。
「なぜだぁぁーー」
似非執事の仮面があっさり崩れ落ちるかのように叫び出す。
魔神は怒りと戸惑いが思考が直線的になっているのもあるんだが、コイツは能力がズバ抜けてるだけで力押ししかできないようで、どこに行こうとしてるか目線が教えてくれる。つまり戦闘経験が乏しいようだ。しかし、俺も余裕をあるように見せてるだけで実は内心、びびってたりする。
懲りずに襲いかかってくる魔神にタイミングを合わせて進路上に石を蹴り上げる。
「うがっ!おのれ!おのれ!トール!!許さんぞ!!」
「お、鼻血を出して、エロい事でも考えてるんじゃねぇ?」
更に頭に血を上げてる魔神の後ろで祈るような仕草をしたルナが強い視線で俺を見たと思ったら目を瞑って何かを呟き始める。
なんとなく理解した。俺は俺の仕事をすることにしよう。
「鼻血塗れになってしまうと色男も台無しだな」
プークスクスと自分がされたらイラってしそうな笑い方で煽る。
今度は俺から斬りかかり、魔法を使いたいが魔法を意識させる訳にはいかないチャンスは一瞬しかないのである。可能性を下げる要因は潰すに限る。
休まず、斬りかかるが時々、跳ね返すのがギリギリの位置になる時がちらほらしてきているようだ。どうやら、精神的に不安定になると制御が曖昧になるようだ。
殴りかかってきてた魔神は何度詰め寄ってきてもかわされる為か殴るから掴みかかりに移行しだしてきた。捕まえようという形になってきたせいか魔神の攻撃範囲が広くなってきたようで、少しづつ掠るようになって捉え出してるという実感からか、笑みを浮かべる。
「どうやら、疲れが見え出したようですね。何時まで逃げ切れますかな?」
笑みは浮かべているが狂喜の笑みだ。
時々、斬りかかったりしながらかわし続けたが、ついに俺を捉えようとしたその時、魔神は予想外の動きをした。
滑って後頭部から落ちたのである。魔神は痛みとかではなく、今、置かれてる状況が理解できず、硬直していた。
「はっ!親父の世代のギャグを目の前で見れる機会があるとは思ってなかったぜ」
魔神の足元に潰れた果物がある。ルナと一緒に食べたアノ果物である。そう、バナナだ。今が一矢報いるチャンス。
俺の右手が魔神の左肩に触れる。
「クリーナー!!」
俺は生活魔法を唱える。俺の右手の触れていたはずの魔神の左肩が消えていた。汚れを選んで落とすクリーナー、しかし、ただ、何も考えずに全てを落とすとイメージした結果がこれだ。俺の魔力では自分が触れている所を野球ボールぐらいを削るのがやっとである。
「ぎゃぁぁー、何をしたトール!!」
痛みにもがいた時に振り抜いた右手が俺の腹を打ち抜く。殴られた俺は内臓が傷ついたようで血を吐きだした。振りまわした拳が当たったからこの程度で済んだが殴るつもりで入れられていたら貫かれてたかもしれない。
「バカにしてた人間に一矢報いられた気分は」
血を吐きながらなので自分でも聞きとりにくい声で言う。
ふらつきながら立ち上がる。
「同じ手が通じると思うな!!トドメをいれてやる!」
「ハハ、ハナから2発目なんて打てねぇよ」
怪訝な顔して問いかける。
「一矢報えれば満足して死ねるとでも言うのか?」
「死にたくねぇよ、まだ巨乳の彼女作ってないし、それに元々、俺がお前を倒せる手段なんか始めからねぇよ。お前、大事な事忘れてねぇーか?」
魔神の右肩を光の刃が貫く。絶叫する魔神、斬り飛ばされた右腕は蒸発するように消えた。
「女神であるルナの存在を忘れるなんでバカだろ?お前」
「くそがっ!右腕を消滅させらたら、存在を維持できん。悔しいが負けのようですね。最初から最後までトールに翻弄されて終わるなんで・・・フハハッ」
少しふらつきながら、ルナが俺の傍にやってくる。
「徹がいなかったら、貴方の勝ちは揺るがなかったの。間違いなく負けてたのは私の方なの」
「本当に腹ただしい限りだよ。トール、君は他の魔神の欠片に敵として認識される。次は油断せずに向かってくるだろう。バカだな、君は女神なんてほっといておけば良かったものの、女神なんかに関わったのは君の最大の失敗だよ」
ルナの肩がビクっとさせる。
何を言っている?このバカ野郎は?
「ふざけるな!俺はアローラに来てから確かに選べる事が少なく、流されてる事のほうが多かった、しかし、ルナに手を差し出したのは俺が最初にした選択だ、俺はそれを後悔なんてしない!お前らの存在なんて、俺に取ったらオマケみたいなもんだ」
あそこで手を差し出さないという俺は選択肢なんて俺は認めない。あんな寂しい世界で女の子が一人でいるべきだというなら、アローラだろうがなんだろうが滅べばいいと、俺は思うだろう。
「その強がりがどこまで続くか見れないのは残念ですが、せいぜい頑張るといいですよ。」
擬態部分であった体が音も立てずに融けるように魔神は消えた。
俺は気が抜けて膝の力が抜けて座り込む。そんな俺の後ろから近寄ってきたルナが、背中に手をあてて回復魔法を使い始める。癒し始められて痛みが落ち着いてきた。俺の背中にルナが額をあててきた。
「ありがとう、徹」
「おう」
静かな空間でルナの嗚咽だけが聞えていた。
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