211話 託し託される
笑いながら倒れていく轟を見つめ、俺は轟へと歩いて近づいていく。轟は俺を見上げるようにして笑みを深くするのを見て、俺は呟く。
「満足して貰えたか?」
「ああっ、最高だぁ。言い訳する気も起きねぇぐれえ、完膚無きにやられたぜぇ」
轟は堰き込み、吐血しながらも、嬉しそうな表情を崩さない。その轟を見ていて、俺は胸が痛くなる。
「何故だ、確かに、お前は外道と言ってもいい存在だが、スジは通す奴と俺は思っている。なのに、俺を何度も見逃し、強くなるのを待っていた。お前が俺達にバトルジャンキーのように思わせるようにしていたのは分かっている。何の為にやっていたんだ」
轟は笑みを見せたままで目を瞑る。だが、決して口を開こうとはしない。こいつが戦いが楽しみたいからやっていたというのは違うという事はなんとなくだが前から感じていた。
強くなるのを待っていたのも魔神を倒すのに協力する為というのも違うのも分かっている。こいつはあくまで自分の何かの為にやっていたと、俺は確信していた。
「前に俺がお前に言った言葉の後、お前が剣を抜いて止めてしまったが、エコ帝国にハメられて、シンシヤ王女も脅迫に近い形で結婚させられ、子供を産まされた。そして、命を絶った事も聞いて、お前の怒りは凄まじいものになったのは分かるとは言わないが、そうなのだろうとは思う。何故、魔神に手を貸す?お前なら自分でエコ帝国ぐらい滅ぼせただろう?約束だ、話してくれ」
「1ついい事を教えてやるぜぇ。轟さんはなぁ、照れ屋で恥ずかしがり屋で過去は振り返らないんだぜぇ」
轟は口の端を大きく上げて、笑う。その様子を見て、俺は言う。
「正直、興味があるから知りたいという事もある。だけどな、俺は、お前が俺に殺されたがっているように見えたのがどうしても引っかかってる。勿論、俺と真剣勝負をしてくれたとは思う。それでも、お前は俺に全力をもってしても負ける自分を求めていたように感じてしょうがないんだ」
「俺はよぉ、おめぇ、徹に会えて良かったって本当に思うぜぇ。だけどよぅ、約束は破らせて貰うぜっ」
堰き込んで吐血しながら、轟は笑う。その姿を見て、コイツに口を割らせる術はないと悔しく思っていると、瞬が語りかけてくる。
「徹さん、轟の想いを知って上げて、歴代勇者の1人が徹さんに見せてあげるって」
「何をだよ?」
「徹さんが知りたがっている事をだよ。そして、徹さんに無理ばかり言って申し訳ないと思うんだけど、僕達のお願いを聞いて欲しいんだ」
瞬は寂しげにニッコリっと笑うと『轟も助けてあげて』と、これが歴代勇者からのお願いっと伝えられると周りの景色がブレ出す。ブレて気付くと、初めて轟と会った洞窟らしき場所で背中から突然斬られた轟が膝を着く姿が見える。
「チッ、いらん事しやがってぇ!」
そう言うと轟は俺の胸を睨みつける。今ある現象が歴代勇者の力だと理解したようだ。そして、目の前の出来事は過去にあった事なのだろう。
轟は語る気がないようで視線を明後日に向けてこちらを見ないので瞬が轟にも聞こえるように説明を始める。
「轟はシンシヤ王女が暗殺されたと聞かされ、茫然としたところを味方のはずの兵に背中から斬られたんだよ。重鎮達には目の上のタンコブで、王は妹の貞操の心配からね、轟はシンシヤ王女以外のエコ帝国に裏切られたんだよ」
映像が切り替わり、轟を看病している者の姿が映る。あれはトランウィザードと気付く。そこで何やら言い合ったと思ったら、轟は出ていき、ボロボロの体を引きずるようにして、エコ帝国に行く為の旅が始まった。
「裏切りを受けた轟は辛くも兵500を相手にして、負けずに勝った。でも、体の損傷は酷く、その場で倒れてしまうんだ。その傷を癒し、面倒を見た者がトランウィザード。傷は深かったようで、目を覚ますまで1年の月日が流れた。トランウィザードの1年経っているという言葉を否定して、シンシヤ王女の安否を気にして帰るが、行く先々でシンシヤ王女が結婚して、子供が生まれるという話ばかりが入ってくるんだ」
俺は唇を噛み締めるが、ここまでは聞いた話と想像で理解できた部分だと自分に言い聞かせて、続きを眺める。
バルコニーの手すりに降り立った轟が窓ガラスを押して入るとそこにいたシンシヤ王女と会話が始まり、辛そうにするシンシヤ王女に手を差しだす轟の顔は今にも泣きそうな顔をしていた。更に辛そうにしたシンシヤ王女は首を横に振り、取り出した、アイスピックで喉を一突きにする。自力でそれを抜いたシンシヤ王女は息を引き取り、看取った轟はアイスピックを片手にエコ帝国を去っていった。
「シンシヤ王女を看取った轟は、こう考えたんだよ。自分がもっと強かったら守って上げられたんじゃないのか、自分に初代勇者のように加護があればっとね。そして、魔神に手を貸す事で世界を滅ぼす。それを阻止して来る者と戦い、シンシヤ王女が愛した世界が正しければ、阻止される。間違っていれば、滅ぼされるはずだと考えるんだよ。加護を得て、全力を尽くしてもなお、勝てない相手と遭遇する事を願ってね」
「そうか、お前は負けたかったんだな。シンシヤ王女が正しくて、自分が間違っていたと納得する為に」
なんて不器用な男なのだろうっと俺は思う。その想いを遂げるだけの為に500年の時を過ごしてきたのだから、本物の馬鹿野郎だ。
「こんな女々しい事を口にできねぇーだろうがよぉ」
へっ、っと自嘲する轟は激しく堰き込み、吐血の吐く量が増え出す。
轟は懐を漁り、目的の物を取り出すと、俺に向かって投げる。それを受け取ると、小さな白っぽい光を放つ球であった。
「なんだ?これは」
「ワビ湖にあったもんだぁ、何かは俺は知らん。初代に聞いてみろぅ」
確かに分からないなら和也に聞くのが正しいだろう。俺はスマンっと言って懐に仕舞う。
呼吸が荒くなる轟を見つめて俺は思う。そろそろ限界がきたのだろうと分かってしまう。
「死んだらよぉ、あの世があるとしても、俺はぁ、シンシヤと同じとこにはいけねぇーだろうな?」
「馬鹿じゃねえか?お前は行き先を他人に決められて、おとなしく納得するタマかよ。行きたい道を力づくでも進むのがお前じゃないのか?」
俺の言葉に虚を突かれた轟は、そうだなっと嬉しそうに小さく笑う。
「徹、感謝するぜぇ。俺を止めてくれてよぉ。後よぉ、俺がヤンチャしちまった後片付けも頼んでもええか?」
「任せろよ!馬鹿野郎!!」
怒鳴る俺を目を細めて眺めると懐から綺麗な布で包んだ物を取り出す。震える手で布を取り外すと出てきたのはアイスピックだった。
それを見た瞬間、俺は悟ってしまった。だから、俺はもう一度、馬鹿野郎と呟いた。
「徹は死ぬんじゃねぇーぞぉ?後、俺の後輩も守ってやってくれや。そして、最後に色々、ゴメンなぁ?」
轟は迷いも感じさせずにアイスピックを自分の喉元へ突き入れる。瞳の色の精彩がなくなるが、笑顔のままで息絶えた。
俺は轟に背を向ける。
「徹さん、ありがとうね」
そう言うと瞬は俺の中へと戻っていく。
美紅の下に行って、美紅を抱きかかえる。そして、駐屯場所を目指して歩き出す。
振り返らず、一言だけ絞るように吐きだす。
「馬鹿野郎」
それ以降、一言も語らず、俺は駐屯場所へと歩き続けた。
感想や誤字がありましたら気楽に感想欄へお願いします。




