幕間 とある食堂のカウンターで
今度こそ本当に次話が10章になります。
9章のキャラクター紹介は休みに更新予定になっておりますので、少々お待ちください。
ふと、うたた寝してた時のようビクっとして目を覚ますとカウンターに1人で腰をかけていた。
辺りをよく見渡すと、いや、よく見渡さなくとも、ここがどこかなんて元の世界の自分の家の次に忘れる訳がない場所であった。それは俺の2つ目の帰る場所と言っても過言ではない『マッチョの集い亭』のカウンターに俺は座っていた。
カウンターには5つの椅子があり、一番左の席がテリア、その隣が美紅、そして、俺の席があり、その隣はルナが座っていた。
俺はいつもの席に座り、何気なく右隣を見ると、食事を待っている時によくする仕草の足を宙に浮いている状態でブラブラさせるルナがそこにいた。
「徹、徹、お腹が減ったの。ねぇ、ミランダいないの?」
厨房のほうが、今いくわっ、とミランダの声がする。
すぐにミランダは姿を現し、お待たせっとエプロンで手を拭きながら笑顔で俺達のところにやってきた。
俺は、ああっ、そういう事かと事情を察してしまった自分が恨めしく、もう少し気付かず、この空間を楽しめなかった事を悔やんだ。
「ミランダ、ミランダ、私、赤いジャムでパンが食べたいの!」
「はいはい、ルナちゃんはそれが好きね、トールはどうする?」
「そうだな、ミランダの出す物はなんでも美味いから、お任せで」
それが一番困るのよねっと全然困ってなさそうな顔をして奥へ引っ込んでいった。
カウンターに両肘を付いて立てかけた掌に顔を乗せてこちらを見てくるルナは眉を寄せて、私、怒ってますっといった顔して言ってくる。
「そういえば、美紅達に私の代わりに怒られておいてって頼んだのに、まだ話してないの!」
「あいつらは、そんな事で怒らないさ、もし、本当に怒ったら俺が怒られてやるから」
約束なの、美紅って怒ると本当に怖いのっと若干青ざめた顔したルナに、だなっと笑いかけて、同じように笑い返される。
ルナと笑っているとミランダが焼き立てといった感じのパンを持って現れる。
「あらあら、楽しそうね。私も混ぜてくれない?」
「勿論なの、徹がね?美紅達に・・・」
俺はバターを塗って湯気が立つパンを片手に2人の楽しそうに語る姿を眺めていた。
そんな俺の視線に気づき、ルナはヤレヤレなのっと溜息を吐き、ミランダは居住まいを正すと口を開く。
「本当に困った子。もっと鈍くてもいいでしょうに・・・鈍くてヤレヤレと思わされるところと入れ替えて欲しいぐらいだわ」
「すまない」
俺は頭を下げて、悔しそうに唇を噛む。
「気にしないで、時間も有限だからしょうがないわ。いずれは明かさないといけなかったしね」
早いか遅いかの違いよっと俺に笑いかけてくれるミランダを俺はただジッと見つめた。
さて、何から話しましょうかっとミランダは顎に指を当てて考え出すが、ミランダの事だ、話す道筋もしっかりと考えてあると分かってしまう自分が嫌いになりそうだった。
俺の自己嫌悪も見抜いたミランダは苦笑して言ってくる。
「もう廻りくどい事は止めておきましょう。私はね、勇者召喚の場所で会ったと思うけど、ヨルズの使徒なの」
えっ?使徒?っと思ってしまう。以前にルナから聞いた話からおかしいと分かる事もあるが、何より、他世界の女神の使徒のような存在は使徒の代替品の宣託の巫女と呼ばれるとルナが残した知識からそれを知っていた俺は驚いた。
「ちょっと待ってくれ。その話には大きく2つの疑問がある。1つ目は使徒とはその世界の女神の巫女の役割のはずで他世界の女神の場合、宣託の巫女になるはずだろ?2つ目は使徒だろうが宣託の巫女だろうが女性しかなれないはずだ」
あら、良く知ってるわねっと呟くが俺の隣のルナが私の知識が徹に教えているのっとネタばらしをする。
なるほどねぇっと言うと腕組みしながら不敵な笑みを見せてくる。
「これは言い間違いでもなければ、勘違いでもないわ。私は確かにヨルズの使徒。それなのに何故、アローラにいるのかというと、私は転生してこっちの世界に来たのよ」
小説とかである転生と同じなのだろうか?多分近いものなのだろうと思う。落ち着いて考えれば、美紅や和也のように勇者召喚なんてものがあり、また俺のように送り込まれる事があるのだから、転生ぐらいあって然るべきだったのかもしれない。
そこで気付く、ヨルズの使徒でわざわざ転生してまでアローラに来ている意味を。
「ミランダは俺の為に転生させられたのか?」
ミランダは、本当にカンが良すぎだわっと苦笑してくる様子が俺の予想が正しいと伝えていた。
俺は絞り出すように、すまないっと呟くと本当に困った子っと俺の頭を撫でながら嬉しそうに笑う。
「確かにね、転生は私の意思じゃないわ。私はね、元の世界で絶望して命を絶ったの」
「どういう事なんだ?」
弾けるように顔を上げる俺に少し驚いたミランダはクスっと笑うと遠くを見つめるような目をして語り出した。
「トールはルナちゃんの知識から知ってると思うけど、使徒はね、限りなく加護に近い力を得るわ。その力を使いこなすと絶大。私の全盛期は、和也って子と轟って子を同時に相手にしても負けない自信はあるわよ?」
まだまだ、あの子達も力を使いこなしてる訳じゃないのよねっとウィンクしながら言ってくるミランダに戦慄が走る。
本当の最強は身近にいた事を知った俺はビックリしすぎて心が付いて来なかった。
「でも使徒にしろ、宣託の巫女にしろ、本来は女しかなれないところに転生して男になっちゃったものだから、その能力のほとんどが封印されちゃって、今はたいした事できないのだけどね」
絶対、ヨルズが元の私だったらトールをメロメロにしちゃうから嫉妬したのねっと俺をからかう時の笑みで微笑みかけてくる。
「ヨルズの目論見は外れたな。見た目を変えたぐらいではミランダの魅力は隠せなかったよ。俺は既にメロメロにされてるよ」
肩を竦めながら笑みを浮かべると、ミランダ嬉しいっとおちゃらけてくる。
「話が逸れちゃったわね。その絶大な力に酔った私は、なんでも自分1人でできると思い込んでしまったわ。確かに大抵の事はできた。でもね、自分はどうにかできても、家族まで同時にされると力が及ばなかった。協力者を作らず、一匹狼を気取った私の力を妬み、恐怖した者達に家族を皆殺しにされたわ」
遠くを見つめ、過去の自分を思い出し、何を思っているか表情からは何も拾う事はできないが、辛い記憶を俺に聞かせている事だけは分かる。
「私は、生きてる意味を見失い、死にたい一心で敵を求め、戦いに明け暮れた。使徒はね、力を得ると自殺がしたくてもできないのよ」
自殺が良い事だとは俺も思わないから、この話を聞くまではそういう処置がされているのは良い事だと思っただろうが、今はどっちが良いと言えばいいのか分からずに何も言えず、ミランダの独白に耳を傾けた。
「がむしゃらに戦い続けて、気付いたら、私の国に生きている者は誰もいなくなったわ。勿論、逃げて他国に渡った者もいたけど、私は何十万、何百万の人を殺した大罪人。誰も私を殺せないから願ったわ。自分の神のヨルズに死にたいっと」
願いが死にたいと願う気持ちは俺には理解できない、いや、できないほうが幸せなのだろうぐらいしか分からないが、そういう考えに至ったミランダはなんて過酷な人生を辿ってきたのだろうか。
「そしたらね、私はアローラに転生させられてたわ。ヨルズは言ったわ。いずれ、アローラに私達が見初めた最後の希望がアローラにやってくる。その子のサポートをしたら罪を許し、貴方を死んだ家族の下へと送る事を約束しましょうっと」
そう言うと俺の前にコーヒーを差し出し、どうぞっと言ってくる。
俺は廻りを見渡しても砂糖もミルクも見つけられず、恨めしい目をミランダに向けるがミランダの面の皮を貫くには至らず涼しい顔をされる。
渋々、口を付けて、一口飲むと、口に広がる香ばしい香りと透き通るような喉越しの中に仄かな甘みを感じて、俺はミランダを見つめて言う。
「これ、いつものコーヒーと違うのか?初めて美味しいと思ったんだが?」
「ふっふふ、いつもと同じコーヒーよ?それはね、トールの感じ方が変わったのよ。辛い気持ちと戦って、泣けるだけ泣いた貴方は、大人への階段を本当の意味で上がり出したのよ。大人ってね、子供の時と違って辛い事が一杯あるの。それこそ、酸っぱい思いも苦い思いも沢山するわ。そうするとね、それよりきつくないモノに遭遇してもね、慣れなのかしら、子供の頃のようにそういう風に思わなくなるわ。ついにトールにもコーヒーの良さが分かり出したのね」
その変化も善し悪しだからなんとも言えないのだけどねっと笑われる。
ミランダは微笑みながら話を再開する。
「私は満足してるわ。転生された時は不満タラタラで近衛騎士や情報を集めやすくする為に裏の世界に君臨する真似事してみたりと過去の失敗から伝手は沢山作らなければならないと分かってたけど正直苦痛だったわ。それでも、トール、貴方がザウスに連れられて私の前へやって来た時、私は運命を感じたわ。まだ、あの時は確信はなかった。ルナちゃんが女神だと知った時にやっぱりかと思いつつも驚いたわ。貴方であった事を喜ぶ気持ちと、ヨルズに巻き込まれた事を心配してね」
そこからも危なかしい俺を見てハラハラしながら、色々手を尽くしながら楽しかったと笑顔で語る。
そうか、ミランダはずっと俺を見守り、外敵からも護る為に奔走してくれていた事を知る。
「もう、後はトールも知ってる事が繋がって分かるわね?これがミランダの秘密大公開の閉幕です」
そうか、終わりの時間かっと俺は悟る。
ミランダは、さてとっと言いつつエプロンを外してカウンターに置くとルナを連れだって店の外のほうに歩いて行く。
「食器はそのままにして帰ってくれていいわよ」
俺を横切って行こうとするミランダを俺は呼び止める。
「次はいつ会える?」
「トールが呼んでくれたらね」
曇りない笑顔でそう言うミランダにそうかっとしか言えず、見送ると、出口に着いて扉に手を触れて、半身こちらに向けて言ってくる。
「次、会う時は、お酒の美味しい飲み方を教えてあげるわ」
「徹、頑張るの。私は徹ならできると信じているの」
2人は俺に手を振って出ていった。
出ていった名残のドアベルを耳で聞きながら、目の前のコーヒーをジッと見つめて、俺は、ミランダの嘘吐きと呟き、コーヒーを一気飲みする。
「やっぱり苦いな・・・」
俺はやっぱりまだまだ、子供だよっと口の中で語り、静かに俺も『マッチョの集い亭』を後にした。
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