188話 闇に抗い続けて
暗い闇へと引きずられる力に抗いながら必死に自分を保とうと歯を食い縛る。だが、引きずる力は一向に弱まる気配はなく、むしろ強くなっているような錯覚に襲われる。
それは、徐々にだが引き込まれつつある状態がそう思わせるのだが、実のところ自分の抗う力が弱まっているだけだと気付いていた。
どれほど長い時間、この暗い闇と戦い続けているか分からなくなっている。1日?1年?もしかしたら、まだ1時間と経ってないのかもしれない。時間間隔も曖昧になりつつあるが、何も曖昧になりつつあるのは時間だけではなかった。
自分という存在の輪郭ですら怪しくなり、保つ事も難しくなりつつあり、何より、自分を表す名すらも意識しないと霞みに消えそうな恐怖に彩られていた。
自分を律する意味でも無意味と思わず、自分の存在を強く意識する。それが暗い闇に対抗する唯一の手段だと知っていたから。
俺の名前は、立石 徹。アローラに来てからは自分の名字を意識する事がさっぱり無くなっていたが、今は敢えて意識をすることにする。
アローラに来た当初は、帰る手段を捜すついでにアローラを巡り、楽しく過ごそうと考えていた。ルナから聞いていた以上に魔神の脅威と国民達の現状のバランスが如何にギリギリかを理解してなさと、特にエコ帝国の酷さが目に付いて、ノンビリしてられないと俺達3人、途中からテリアを加えて、俺達は各地を巡る旅に出た。
エルフ国での戦い、モンスターの大軍の襲撃は全て、裏でエコ帝国が引いていた。まあ、その更に裏に魔神の手の者、おそらくトランウィザードが絡んでいたのだろうが、その襲撃も辛くも退けた。
もう、この頃には、俺達はある者同士の盤上で戦う駒にされていたのだろう。指し手は片方は、魔神の意向を汲んだトランウィザードであろう。そして、対面の者は・・・今ははっきりしてない事だし、ここで答えを出すのは早計かもしれない。
そして、轟と出会い、初代勇者、和也の生存の可能性に気付き、轟に強さの頂きの高さを教えられる洗礼を受けた。少なくともアイツを超えない事には、俺達に未来がないとはっきり認識させられたが、未だにアイツの頂きに届いてはいない。
だから、今、こんな目に合ってるんだがっと自嘲の笑みが漏れる。
ドワーフ国で、ガンツの甥のザバダックを利用して、魔剣の製造法を教える事で内部から壊そうという企みが行われているところに俺達はやってきた。
来たタイミングが良かったのか、ルナ達の活躍により街の損傷は軽微、そして、ガンツは自分でケジメを付けて、いくらかは救われたようだ。
だが、俺はカンで思っただけではあるが、本当はかなりギリギリだったのではないだろうかと思っている。ドワーフ国を救うという意味では余裕があったかのように思うが、それはあくまでエコ帝国の思惑を打ち砕くという意味では余裕はあった。
しかし、俺は思う。これの本当の目的、トランウィザードの狙いは魔剣を1本だけではなく、ザバダックに本懐を遂げさせた後、魔剣の生産をさせるのが目的だったのではないかと俺は思っている。
魔剣に取り込まれた者はだいぶ思考制限を受けているようには見えるがモンスターのようにこっちの言う事を理解してない訳じゃない。
難しい判断はできなくとも命令をそのまま実行させるだけなら、とても使い勝手の良い部下、いや、駒となったと考えたのではないだろうか?
魔神側の最大の弱点は、人出が圧倒的に不足している事である。トランウィザードも轟も破格の強さではあるが、2人では賄いきれないモノが出てくるのであろう。
だから、面倒だがエコ帝国を利用して手駒としているのだろうと判断していた。
美紅のトラウマと戦う事になった獣人国では、これもあくまで俺のカンだが、おそらくは魔神側の介入が一切なかった出来事ではないかと俺は思っている。
今までの数々の失敗と勇者召喚が叶わない事実をやっと認めて焦ったエコ帝国は、世界に今までのように君臨する為に暴走したのが原因ではないかと思う。
これに関しては、エコ帝国なんかどうでも良かった。俺は仲間の美紅が立ち直るキッカケになるなら何でも巻き込んでもやり遂げる覚悟でやった。
それが、まさか、3カ国統合最高責任者という肩書を得る事になるとは思ってなかった。まあ、廻りを利用した代償だと思えば・・・思えば、やっぱりちょっと荷が重いと思ったのは仕方がないと思う。
これでも、元の世界でこれから高校生になろうとしていて、大人など何年も先の話と目を向けず、今を楽しんでいただけの俺には、目を白黒させるには充分であった。
元の世界、残してきた家族、友達を思い、俺は孤独と戦う、今、とても切なく思う。会いたいと。
隆と馬鹿やって、理沙に追いかけられた廊下の景色を思い出して胸が締め付けられる。
またもや、隆とやった馬鹿な事が原因であわや大怪我を負いそうに合った時に涙目で、震える声で俺達を叱った佐藤を思い出す。
本当にあの2人にはいつも心配ばかりかけたように思うと、急に姿を消した事を心配してくれているだろうか?
アイツも元気にしてるだろうか?佐藤の件で揉めてからもアイツとは距離はあったが、お互いにどこか意識していたのは分かっていた。そんな風にずるずると時間を過ぎて、3年になって行われた修学旅行で、行った長崎のハウステンボスのオランダ坂で俺と隆と理沙と佐藤は修学旅行にきていると思われる高校生に絡まれる事件があった。
俺と隆はなんとか2人は護ろうと善戦するが、相手は高校生で、尚且つ人数が3倍の6人を相手にしている上、相手はいたぶる気満々で遊ばれているのが分かった。
そんな時である。後ろでふんぞり返ってたヤツに殴りかかる高校生に見える中学生がいた。加賀山であった。
「ヘースケ、一っ走りしてセンコーを呼んでこい!」
佐藤の件で取り巻きが離れていく中、唯一残ったサル顔のチビのヘースケに叫ぶ。
ヘースケは踵を返すと俊足を発揮して遠巻きに見る野次馬を掻き分けて去っていった。
「助かる!」
そう言う俺に口の端を上げるだけで答えると俺達3人は理沙と佐藤を背中に庇い、怒り狂った高校生を相手に勝ち目のない戦いを挑んだ。
そして、しばらくして、警備員連れた先生が現れた事で高校生は逃げ出し、警備員は高校生を追いかけて行った。
俺達は、やっと終わったとばかりにその場に尻もちを着く。
泣きじゃくる理沙と佐藤にもう大丈夫と言うがそうじゃないっと怒りながらも泣きやまない2人に閉口しながら背中越しの加賀山を見て、俺は言う。
「男前に出来上がったな?」
「ふんっ、お前には負けるさ」
お互い腫れ上がった顔で、目もまともに開かないお互いの顔を貶し合う。
そんな俺達をあきれ顔・・・だと思う腫れ上がった隆が嘆息して言う。
「お互い、そんな余裕あんな?馬鹿じゃないのか?」
息切れさせながら言ってくる隆を見て、加賀山と目を合わせると頷き合うと口を開く。
「元が酷いから腫れてもいつもと変わらないように見えるな?」
「ああ、腫れても坊主は坊主だ」
「ひ、ひでぇ!」
お互いの顔を見て、俺達は爆笑し出す。腫れ上がっている顔、切れた唇でそんな事したらどうなるかは自明の理であった。
俺達は痛みからもがき苦しみ、地面でのた打ち回る事になった。
治療が済み、夕食を食べた後、先生に呼び出されたと思ったら、喧嘩両成敗と言われ、旅館の廊下で正座させられ、先生と睨めっこしながら、朝までの耐久レースが開始された。
勿論、不平不満タラタラ言い続けて先生の精神を砕く気で頑張ったのは言うまでもなかった。
そんな事を思い出し、唇の端が上がる。
ここに来て、何度目の思考をループさせただろうか?自分を保つ為とはいえ、何度も繰り返し思い出すのは辛い。思い出とは溢れるものであり、意識的に思い出す事ではないのを無理矢理している現状に疲弊してきていた。
「隆、理沙、佐藤、加賀山・・・つれぇよ・・・」
俺の口から泣き事が漏れると前方に光輝く7つの塊が現れる。
「主から泣き事は聞きとうなかったな?」
「そう言ってあげるのは可愛そうじゃないかな?ここまで魂を細切れにされながらも保っているだけでも称賛に値すると思うんだけど?」
中学生になり立てといった女の子と見間違う男の子が俺を擁護してくれる。
氷を連想させる美女が俺を見て、嘆息を吐いて、確かに、これに耐えているのは驚異だが、聞きたくなかったモノは聞きたくなかったと顰め面をする。
「誰なんだ?お前達は?」
そう俺が問うと少年はそうだったと呟き、謝ってくる。
「ごめんね、僕達、君に会えて会話できて浮かれてしまっていたよ」
女性は手を前で重ねながら、無表情のまま俺を見て頷いてくる。これで浮かれているのかっと俺は思ったが口には出さなかった。
「僕達は、美紅の先輩。歴代の勇者達のなれの果てさ」
少し悲しそうにそれを伝えてくる少年の言葉を受け止めて、悲しみと驚愕に包まれた。
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