186話 姫様の覚悟を見届けた私
微笑んだ姫様が感謝を告げてると糸が切れたように倒れて行くのを時がゆっくりになったような錯覚を受けながら見送ると、トサっと軽い音を立てて草の上に倒れた時、時の流れが元に戻り、私は慌てて飛び出し、姫様を抱え起こす。
姫様の顔を覗き込むと涙の跡が痛々しいが呼吸も安定して、穏やかな表情で寝ているだけのようだと分かると安堵して肩に入っていた力が抜けた。
狼が、私達に体毛を持って帰れっと言うと来た時と同じ体勢になると寝てしまう。
私はそれを横目で見つめつつ、姫様を背中に背負おうとするとゴビが代わろうと言ってくるが固辞した。しっかり背中に背負うと立ち上がる。
確かに山道の事を考えたらゴビに任せたほうがいい理屈は分かるが何かを成した姫様を背負う役を私は譲りたくない気持ちに駆られ、背負いながらの私を気にしながら歩くゴビの背中を追いかけて歩き出した。
私は姫様の、狼とのやり取りを思い出しながら私は山道を下っていった。
狼に平伏したい衝動と戦い続けていると、姫様と狼が何やら話していると思ったら、膝を折りかけていた衝動が消えた。
辺りを見渡すと平伏していたゴビ達が頭を上げ、仲間同士で顔を見合わせて首を傾げていた。
正面を見ると姫様が責めるような目をして狼を見て、話しかけると狼は少し弱ったような声音で謝っていた。どうやら、あの衝動は狼の何かの能力だったようだ。
話が進むとどうやら、狼は魔神と事を構える事をどうしても避けたいようで、のらりくらりとかわそうとしているようだ。
しかし、姫様は覚悟を示す事で、狼の逃げ先を奪い続けた。そして、狼は言った。
「そうか、ならば、宣託の巫女よ。ワシの毛を梳る事を限定的に許す。それを成した後の結果がワシの答えとする」
先程から気になっていた。狼の体毛を梳るとどうなるというのだろうか?狼と姫様の会話の流れで何やら代償のようなモノがあるような言い回しが私の胸を揺さぶる。
すると、姫様は櫛を掲げる。掲げるその時の表情を見た時、1つだけ理解をした。姫様は何かを失う覚悟をされ、それに挑もうとされていると。
大事なモノを護るために死地に向かう戦士のような清廉さを感じた私は思わず、前に出て止めようかと動きかけるが、山を昇る前に言ったユリネリー女王陛下の言葉を思い出した。
「本当に行かれるのですか?今なら取り返しが付きます。女王としては、行って頂きたいと願いますが、1人の女としては、引き返して欲しいと願ってます。決断は変わりませんか?」
という言葉を思い出した私は、踏み止まる。
あのセリフからすると命に関わる話ではないはず、それに他国の姫の命が関わる話なら女王として行って欲しいとは思っても、口にする事はないだろう。だが、女のとしてはと伝える女王の言葉は気になるところだが、事情を知ってそうな女王がそう言うところから、おそらく命の危険がないというのは間違いないだろうと思い、姫様を見守る事にした。
姫様が梳る度に、私は胸が締めつけられるように痛くなっていた。姫様が梳る度に体毛が抜け落ちて足元に溜まっていくのに比例して姫様から何かが抜け落ちていっているように見えた。
そして、新緑色と金のオッドアイの色褪せていった。色褪せながら梳り続ける姫様の瞳からいつからか涙が流れるのを見て、姫様は何を失くしているのだろうっと私は拳を握り締めて、姫様に駆け寄りたいという衝動に耐えた。
私は女王のあの言葉の後の姫様の言葉が答えなのかもしれないと気が付く。
「お気持ちは嬉しく思います。ですが、私は行きます。今ある私の胸に息づくこの思いに背を向ける訳にはいかないのですよ」
そうか、姫様はあの方の何かを失いながら梳っているのかと理解すると、私の頬にも涙が伝うが辛いのは私ではない、姫様だと思い涙を拭い、鼻の頭がツーンとするのを耐える。ただ、見守るだけの私はやせ我慢だとしても耐えるだけだと私は姫様を見つめた。
姫様の様子がおかしいとゴビ達も思ったようで、私を見ても動こうとしないのに焦れたのか、助けに入ろうとしているのに気付くと私はゴビ達の前に出て姫様を庇うように手を広げて行く手を妨げる。
「何をされるか!貴国の姫君の様子がおかしいのに気付いておられるのだろう。それなのに静観されるだけでもおかしいのに、何故止める」
「姫様は狼と1対1の決闘をされている。姫様を気にかけて頂けているのには感謝するが、姫様の望んだモノを手に入れる為に選んだ戦場の横入りを私は許す訳にはいかないのです」
引こうとしない私と言葉に慄くように一歩下がるゴビは、むぅっと唸ると言ってくる。
「失くしてからでは遅いのですぞ?」
そう私に言ってくるが既にゴビから視線を外していた私は、姫様を見つめながら答える。
「姫様は必ず、望むモノを手に入れられます。失う事なく得て帰って来られる。私は信じる事しかできない愚かな騎士ですから、できる事をするのみです」
そう言うと私は、姫様を見つめ続けた。
考えにふけながら山道を歩いていると姫様が目を覚ましたようで、下ろしてくださいと私に言ってくる。
あの狼とのやり取りで疲弊されてた様子の姫様を思うと半分は降りたとは言え、まだ歩かすのは酷だと判断した。
私は、もう少し、ゆっくりされたらっと進言するが、山道に慣れない貴方の背より歩いたほうがゆっくりできますっと辛辣な言葉を聞いて心で泣きながら下ろす。
それから日が完全に沈む前に麓まで戻ってこれた、私達を出迎えてくれた人がいた。ユリネリー女王陛下であった。
姫様がユリネリー女王陛下の前に立つと、只今、戻りましたっと伝えると、慎重な雰囲気を漂わせながら、そっと触れるように語りかけてくる。
「如何でしたか?」
「予定通りです。私の軸はブレませんので」
狼の体毛は、そちらに預けてお任せしても?と問いかけて、ユリネリー女王陛下は頷く。
すると、ユリネリー女王陛下は、頬を左手の掌に預けて顔を傾けて可愛く微笑みながら、言葉と表情が一致しない事を言ってくる。
「おかしいですね。私の予定通りは、体毛だけ手に入れて、貴方の目論見は失敗する事だったのですが、残念です」
「ふっふふ、そんな漁夫の利を掠めるような事をさせると思いますか?」
私の頬に汗が流れ落ちるのを自覚する。
ゴビ達は、狼の体毛をしっかり保管せねばと言いながら、忙しい、忙しいと呟きながら、この場から去っていくが、股に挟んだ尻尾が全てを物語っていた。
さすが、半分、獣の獣人!危険には敏感だっと思い、その波に乗ろうとするが、姫様とユリネリー女王陛下の間に流れるプレッシャーが高まるのを感じて、下手に逃げて、注目を浴びたら死んでしまうっと本能が理解する。
瞳に涙を浮かべて、震える足を叱咤しながらも、この2人に跪く事になっても許してくださいと、あの方へと心から詫びる。というか、跪いて楽になりたい。
「では、次善策で我慢する事にしましょうか。当面は仲良くしましょう」
「ええ、当面は仲良くしましょう。こういうのは獅子身中の虫というのでしょうか?」
うふふ、ふっふふっと笑い合う2人を見つめて、私はエコ帝国で眠るあの方が今、貴方が必要なのですっと心で絶叫していた。あの方という盾を手に入れて、安寧を手に入れたい。
つまり、何を言いたいかというと、堪え切れなくなって零れた涙をそのままに思う。
私は、この場から逃げ出したい。
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