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高校デビューに失敗して異世界デビュー  作者: バイブルさん
9章 会者定離(えしゃじょうり)
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185話 私の原点

 黒く、濡れている訳でもないのに光沢持つ体毛を持つ神獣ような威厳を放ち、そこにいるだけで跪いてしまいそうになる狼の神聖さに心を奪われそうになるが、私は耐える。

 振り返ると着いてきたゴビを始め、獣人達は平伏していた。ミザリーは心の葛藤で跪くかどうか揺れているらしく、顔を顰めて震える足を叱咤していた。

 跪いても悪くはないのだが、自分で着いていくと決め、宣言したのにも関わらず、決めた相手にまだ跪いてないのに他にする事に抵抗を感じているのだろう。ミザリーらしいと言えばらしかった。


 私もすべき事を成そうと前を向くと、閉じていた目の片目が開いていた。澄んだ青さを称える瞳が私を捉えると、一瞬、呼吸をするのを忘れるほど魅入ってしまうとその瞳の持ち主が私に語りかけてきた。


「ワシに何か用か?神託の巫女よ」


 そう問われたにも関わらず、なんと答えたらいいか分からなくなったように声を発する事が叶わなくなる。

 自分が自分じゃないような、この感覚は・・・

 しばらく、私の様子を見ていたが、見限るように嘆息すると開いていた目を閉じようとしているのを見て、私の中で怒りが芽生えた。


「少し、驚いただけです。勝手に見限ろうとしないでください。それと、これは貴方の能力か何かですか?私達に無駄に畏怖を撒き散らさないでください」

「ほっほう。それに気付けるのは、さすが、宣託の巫女ということか。確かに、ワシに畏怖を感じて、自分を矮小な存在と思ってしまう思考誘導をする、まあ、威圧の亜種と思って貰ってよい方法でやっていたが、惑わされず、よくぞ、気付いた」


 鷹揚に頷く狼に、そんな事より、この畏怖を止めてっと怒鳴ると、すまん、すまんっと言って、瞳を両方開いて、澄んでいた瞳がくすんで青いから蒼い瞳に変わると、平伏していたゴビ達は、我に帰ったように立ち上がり、ミザリーも持ち直した。


 私は、一息吐くと狼に話しかける。


「招待されてもないのにやってきてる私達が言えた事ではないかもしれませんが、この洗礼はどうかと思いますよ?」

「そう言うな、宣託の巫女。こうやって選別していかないと、ワシに会いに来るものが後を絶たなくなるんでな。で、もう一度、問う。ここに何をしに来た?」


 狼にそう言われた私は、仕切り直しとばかりに背筋を伸ばし、目力を意識して見つめながら話す。


「貴方の体毛で作った服を贈りたい人がいるのです。どうか、その体毛をお分けてください」

「それ、無理。ワシも微妙なお年頃で、色々気になるんでな」


 そのセリフを聞いた瞬間、ミザリーとゴビ達の間で、静寂が生まれる。こんなデリケートな内容をどう触れたらいいか分からない女のミザリーと、将来を心配するゴビ達で、まさか、こんな事で緊迫した空気が生まれるとは思ってもいなかったが、私はわざとらしいぐらいに大袈裟に溜息を吐くと、静寂を破って狼に向き合う。


「肉体を持たない貴方にそんな心配は生まれないでしょうに、今度は煙に巻こうと言う事ですか?」

「ワシはお前さんの事を思って、引き返し易いようにしとるつもりなんだが?」


 私の事をジッと見つめてそういってくるが、そんな段階はとうに過ぎている事は分かっているはずなのに、何故、足掻いてくるのかと思う。

 だいたい、私がわざわざ来るという事はユグドラシルに聞いてないと来る事もなかっただろうし、来る事があっても触れる事もできないから何もできなかったであろう。

 だが、私が握り締めている櫛を見れば、ユグドラシルの介入、そして、狼にアプローチする術があるのは分かっているのにっと私は考え込む。

 そして、私はある答えに行き着いた。だが、それが答えなら余りに情けない事であったが、今までの会話の内容と行動を考えれば、納得できる話であった。


「貴方は魔神と事を構える、いえ、万が一でも敵対してると思われるのを避けようとされてますか?」


 私の言葉に狼は黙って顔を背ける。


「ワシは獣じゃ。だから、戦ったら負ける相手には挑もうと思わないのは当然で、目を付けられないようにするのが肝要」


 鋭い犬歯を見せながら、言ってくる狼を見て、私は気付く。

 決して、狼も好きでやっている事ではないのであろうと。

 できれば、こんなカッコ悪い事をしたくはないと思っているのは間違いないだろう。その姿を見ていて、山に昇る前に逃げの一手を選ぼうかと悩んだ時に見た、今の選択をしなかった自分と被って見えた。


「貴方の思いを理解できないとは言いません。私も山を昇る前にそれに悩み、貴方と同じ選択をしようかと悩みました」

「何故、そうしなかった。ワシの毛を梳るとどうなるか分かっておるのであろう?そうする事が絶対良かっただろうに?」


 そうですね、確かにっと呟きながら、私は狼の瞳を見つめて言う。


「獣だろうが、人だろうが、大事にするモノは様々でしょうが、それを護る為に生きていると言っても過言ではありません」


 そうだろう、だから引き返せと言う、狼に私は、首を横に振る。


「だから、貴方が取っている行動は、最適なのでしょう。理屈、損得をしっかり考えて行動する。確かに、貴方は間違ってない。ですが、貴方は、最適を得る為に、貴方が一番望む答え、結果を捨ててしまっている事に気付いてますか?」

「どういう事だ。小娘っ」


 自分で気付いているのだろうか、最初は私の事を宣託の巫女と呼び、余裕があったのに、徐々に余裕を失くし、お主になり、とうとう、小娘と呼ぶようになっている自分に・・・気付いていないのだろう、今、目を反らしてきたモノを私に引っ張り出されていることで、正しいと思い込んでいた事が揺らぎ出していることすら気付けてない。

 苛立ちから尻尾をバフンバフンっと音はしないが叩きつけて、落ち着きを失くしている。


「貴方が魔神と事を構えないでいる為に、魔神側が何をしようが関与せず過ごそうとされている。つまり、逃げ回っている事と何も違わない。そんな状態で安寧を得れますか?しかも、貴方のやり方は結果を先延ばしにしているだけで、魔神がこの世界まで滅ぼしてしまったら、どうされるのですか?」


 犬歯を見せていた口元を元に戻し、振っていた尻尾もおとなしくさせると、意気消沈させて言ってくる。


「どうしたら良いというのだ。それに、宣託の巫女よ。梳る事で失うモノとどう立ち合うつもりだ」


 私は、一度目を瞑って、覚悟を決めて口にする。


「失う度に何度でも得てみせます」

「そうは言うが、思いというのは、記憶とその時の状況の掛け合わせでどんな顔も見せるもの。どんなに良い場所でも天気が悪かっただけで、酷い場所に見えたりするものだ。宣託の巫女よ。お主が言うように梳る度に得るということは、一度でも掛け合わせを間違えば、二度と取り戻せないものになる。それに良く考えよ。2択のように思っているかもしれないが、なんとも思わないという感情になる事もあるんだぞ。細かい事を言い出したらキリがない。そんな薄い可能性を信じるのか?」


 私はニッコリと笑い、狼に伝える。


「それが望む答えに辿り着く道であるなら」


 私はもう迷わない。確かに、私の選択は賢くはない。兄様に会う前であれば、私も狼と同じ選択をしていたかもしれない。だが、恋を知った私にはそんな選択は選ぶに値しなかった。


「そうか、ならば、宣託の巫女よ。ワシの毛を梳る事を限定的に許す。それを成した後の結果がワシの答えとする」


 つまり、私の言葉を違えず乗り越えたら、私の言葉通り、魔神と事を構える覚悟で協力するということであろう。もし、違えたら、私達を殺してでも体毛を取り戻し、魔神とは関わらないように過ごすという事なのであろう。


 私は笑みを浮かべて、狼に向き合うともう言葉は必要ないとばかりに櫛を掲げると、狼は両目を閉じて櫛で梳りやすくする為に私の背を向けて寝っ転がる。


 迷いもなく、私は櫛を狼の体毛に差し入れる。すると、胸にある熱が奪われるような感覚に襲われる。

 ああ、これが恋する気持ちを奪われるということかと思う。


 久しぶりに兄様とエコ帝国で再会した時の胸が躍る気持ちが思い出せなくなってしまう。


 再び、櫛を梳かすと、獣人国の使者が届けた手紙を読んで、微笑んだのは何故か分からなくなる。

 

 そして、何度も梳った。

 エルフ国を発つ兄様に本当に妹扱いされて、何故、私は足蹴にしたのだろうか?

 2代目勇者との戦いで何を思ったかも分からなくなる。そして、我が国のエルバーンを体をボロボロにしてまで護ってくれた背中を見て、私は何を思った?分からない。とても強く思った事だけは覚えている。その思いの根源が分からなくなってしまい、私の心は彷徨い出す。


 放心したように梳り続ける私を見て、狼がやはり無理かと呟く。


 彷徨った心が一人ぼっちになって寂しく、寒さから膝を抱えて座ってしまった時、暖かい光が後ろから届き、振り返ると私は目を見開いた。


 そこにいたのは、これっといった特徴もない。変哲もない少年であった。だが、少年の瞳を見た瞬間、胸を締め付けられるような感覚に襲われる。とても優しい心の持ち主であるのは初見で分かった。だが、とても傷ついて、気を緩めるといつでも涙が零れ落ちそうなのに、笑顔を見せる少年から目を離せなくなった。

 そう、私はこの少年を待っていたと確信した。

 そして、少年に近づき、囁く。


「貴方が私のユグドラシルの導きです」


 そう言葉にした瞬間、愛しさが我が身を駆け巡る。駆け巡ると今まで何故と分からなくなっていたモノが色付き始め、胸に火が灯る。


「私はあの人が好きなんです」


 私は涙を拭う事もせずに流し続けていた事に気付く。

 顔を手で覆い、嗚咽を漏らさないように歯を食い縛る。


 寝ていた狼が身を起して、私に語りかけてくる。


「宣託の巫女よ、完敗だ。お主の強き思いしっかりとこの目に焼き付けた。ワシも逃げるのを止めるとしよう。約束通り、ワシの毛を持って行く事を許そう」


 私は涙を拭って、深呼吸をして落ち着きを取り戻すと、狼に向かって有難うっと微笑んだ。

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