183話 英傑達の産声
エルフ国でユグドラシルから櫛を受け取って、休むのも惜しんで、獣人国へと馬車を走らせたいと思った私は馬車の手配を頼む為に宰相の下を訪れていた。
そんな重労働を申し訳ないが一般の者に御者を頼もうとした時、
「その役を私をご指名ください」
櫛を受け取って宰相に依頼しているところに旅支度をしたミザリーがやってくると、片膝ついて頭を垂らして頼みこんできた。
私は、これは名誉も何もない騎士の仕事ではないのですよ?本分を全うしなさいと諫めるが、引き下がろうとしないミザリーに疑問を覚えて理由を問うと逡巡した様子を見せたが、語らないと私が納得しないと諦めたようで話始める事にしたようだ。
「私はあの方の力になりたいのです。最初、国境沿いで会った時にはこんな気持ちにさせられる日がくるとは思っておりませんでした。ですが、今から思えば、既にあの時からあの方に惹き付けられていた自分がいたように思います。そして、女である部分の胸に執着されて、私もどこか喜んでいました。私は軍を率いる将軍や、近衛隊長に憧れた訳じゃないのです。向かい風だろうが壁があろうが進む人の背中を護り支える副官になりたかったのです。それをはっきり自覚したのは獣人国で再会したトール様を見た時でした」
やっぱり兄様に惹かれていたのですねっと私が言うと、いつもなら慌てて右往左往しそうなミザリーが冷静に、お恥ずかしい限りですっと返してくるところを見て、その気持ちにブレがなさそうだと私は思い、続きを促した。
「お仲間の美紅さんを助ける為に、国を巻き込み、巻き込んだ国をも救おうとされる後ろ姿を見た時、私は、着いて行くべき背中を見つけたと思ってしまいました。巻き込まれた方達も巻き込まれた事を喜び、その先がどうなるかを楽しまれていた。あの方の進む道はとても平坦で歩きやすい道など、存在しません。賢き者なら、その道を行く事はないでしょう。ですが、あの方はその道の先に目的を達する場所へ辿りつけるなら決して迷いはされません。常識、効率、損得すら無視してでも成し遂げようとされます。とても危なかしいお方です」
あの方が倒れたと知って、照れから、あの方への気持ちを隠すのは止めたと絞り出すように告げ、国に忠誠を誓った身でありながら、こんな事を思ってしまう事は不遜の極みであるとは自覚しておりますっと更に頭を下げてくる。
そんなミザリーを見て、そんな事言いだしたら私も人の事は言えない。確かに、兄様を支持する事は国の視点から見てもプラスと取れる。が、そんなのは結果論でしかない。これは私の意思で我儘だ。
優しく、危なっかしい兄様を見つめると、そう感じるのは致し方がないと思ってしまう。
ミザリーの気持ちをしっかり理解したうえで私は意地悪な質問をすることにする。
「貴方如きで兄様の役に立つ事などありません。それでも貴方は騎士としての職務を放棄してでも、この役目を志願しますか?」
「あの方に繋いで頂いた騎士としての首を斬る事になっても、伏してお願いいたします」
ミザリーは迷いもなく、私の目を見つめて言い切ると微笑みを浮かべて、覚悟を述べる。
「あの方に何もできないと分かった時はあの方の進む道に転がる小石を拾う事にします」
「貴方の覚悟を聞かせて貰いました。すぐ準備なさい。私が馬車に行くまでには御者席についてなければ置いて行きます」
ミザリーは、はっ!っと返事をすると、キビキビした動きで宰相の部屋から出て行ったのを見て、微笑む。
勿論、兄様を理解するものが増えたということは嬉しいが、何より、私の傍付きで、自分で考えるのを放棄しがちだったミザリーが自分の主の不興を買う恐れもモノとせずに自分で考えて、動いた事実が私は嬉しかった。
確かに、部下が勝手に考えて行動するのを容認するのは上司としては失格かもしれないが、一個人としれ見れば、とても喜ばしかった。
ミザリーが入ってきてから終始黙っていた宰相が口を開く。
「エルフ国の英傑と言われる人物達の産声を上げる前の姿を見てるようですな」
宰相のところに上がっている報告書にも、トール様に触発されて、やる気を出して、古い体制を維持しようとするものに挑み、引き込み、新しい時代を行こうとする動きが水面下で起きていると報告してくる。
「勿論、貴方もその仲間、いえ、率いて進んでくれると信じておりますよ?」
私の言葉に、はっはは、ご希望に添えるように頑張りますっと言いつつも生きた目を見せてくる宰相に、もう兄様にやられた者のようですっと心の内で笑う。
どうやら、笑みが漏れていたようで、それを見た宰相が、内心を読まれた事に気付くと少し照れたのか頬に朱を入れつつも、おどけた仕草で、一礼してくる。
「姫様の戦場に良き風が吹きますように」
小太りな宰相がその仕草をすると余計に頬が緩んでしまい、プッっと噴き出す。上手く誤魔化せなかった事を悟ると、薄い頭皮を手で撫でつけるのを見て、私は更に笑ってしまう。
気を取り直して、宰相を見つめて、私は言った。
「有難う、行ってきます」
そう告げると私は背を向けて宰相室を出て、ミザリーが待つ馬車へと歩き出した。
良き風が吹きますように、ですか。兄様と出会ってから常に追い風が吹いてます。後は私が油断しなければ失敗など有り得ません。
そして、馬車が見えてくると御者席に座っていたミザリーが降りてくると馬車の扉を開けてくれたので、礼を告げ、席に着くと出発してくださいと伝える。
獣人国に急ぐ為の強行軍が始まった。
出発してから5日目の朝、予言の一族の里、テリアという少女の故郷の森の近くの待ち合わせ場所になっているところに到着した。
馬車が止まるとミザリーが扉を開けて、到着しましたっと告げると手を引いて下ろしてくれる。
この5日間、碌に寝れてないミザリーは目の下にクマを作っているが、凛と背中を伸ばし、前方から近寄ってくる集団を見つめながら、説明してくる。
「ここが美紅さんとエコ帝国の近衛の者と戦った場所です。そして、前方から近寄ってくるのが、その近衛の者達をここに追い込むようにトール様が依頼した者達です」
確か、ゴビと申す者だったと記憶してますっと言いつつ、先頭を歩く狼の獣人を指差す。
私に声が届く程度の距離まで来ると10人程の獣人達は止まり、ミザリーが紹介したゴビという者が口を開く。
「エルフ国の姫様とお見受けするが間違いないだろうか?」
「ええ、私がエルフ国、ティテレーネです。お迎え有難うございます」
ミザリーを見たゴビは、あの時は軍を率いて来てくださって有難うっと伝えると、ミザリーは、いえ、全て、姫様の命で動いたに過ぎませんっと謙遜する。
ゴビは後ろを振り返ると若い者に一言、二言話すと若い者は馬へ走り、乗ると飛び出して行った。おそらく、女王に知らせを送ったのであろう。
「気持ちの上ではすぐに出発されたいと思われているでしょうが、山登りは想像以上に体力を消耗します。勿論、馬車など使えはしません。急く気持ちを押し殺して、今日はお休みになられて、明日の早朝に向かいましょう」
「何をおっしゃいます。まだ日が昇ったばかりの朝の段階で明日にしようっとは案内する気があるのかっ!」
ゴビのこちらを気遣う言葉にミザリーは食いつく。
確かに、このまま出発したいという気持ちもある。だが・・・
「いえ、ミザリー、ここは現地の者の言葉を尊重しましょう。急ぎたい気持ちもありますが、急いて仕損じてしまえば取り戻す事が叶わない事態が生まれるのは避けたいのです」
それに貴方が頑張ってくれたから、1日休んでもそれでも予定より、まだ早いですよっと伝えるが、納得し切れない顔をしながら、はいっと言って下がる。
「では、質素ですが、天幕を用意しておりますので、そちらでお休みください」
そう言うと、言った本人、ゴビが案内を務めてくれる。一緒に歩いていた者に何やら話をしながら歩いていると一緒にいた者が目礼して、私達から離れて去っていく。
天幕に着くと前にいた部下と思われる者達が天幕の入り口を開いてくれる。
「では、こちらでお休みください。特に貴方は早く休まれよ」
ゴビはミザリーにそう言うが、姫様を警護する仕事がありますのでっと固辞してくる。
それを見つめたゴビは溜息を吐くと、天幕の外から失礼しますっと言って入ってくる先程離れて行った者が湯気を立てるお茶が入ったモノを持ってくる。
「もう、あれこれ言わない。せめて、この滋養がある我が国のお茶を飲め」
そう言うとミザリーに無理矢理渡して、飲むように言うと、渋々口を付けて飲むと一口飲むとお茶が入っていた器を落とすとミザリーは地面に倒れた。
地面に倒れたミザリーを抱え起こしたゴビはベットに運んで、シーツを被せてるのを私は冷静に見つめて、ゴビを見ると口を開く。
「ありがとう、こうでもしないとミザリーは寝ようとしなかったでしょうから」
なんとなく、ここに来るまでの行動とミザリーを気遣う言葉、そして、その流れを見てて、お茶が出てきた時点で確信に変わっていた。
ミザリーの寝息を聞きながら。ゴビの気遣いに感謝していた。
「いえ、しかし、彼女もかなりギリギリだったようですな。ささくれ立った心を落ち着かせる目的のお茶で意識を保てなくなるほど、張り詰めていたようです。姫様も彼女ほどではありませんが、御自身で思われるより、参ってらっしゃいますよ。良かったら、彼女と同じお茶をお出ししますから、お休みください」
有難う、お言葉に甘えますと伝えると、部下がお茶を入れて、差し出される。
お茶を一口流し込むとホッとして、リラックスして眠気が襲ってくる。
「それでは、お言葉に甘えて、休ませて頂きます」
「ごゆっくりお休みください。天幕の前に部下を置いておきますので、何か御用がありましたら、お声をおかけください」
そう言うと、天幕から2人は出て行くのを見つめて、何も英傑と呼ばれそうな人物の産声をあげそうそうなのはエルフ国だけの話ではないかもしれないと思う。
ベットに入り、眠りに就こうとした時、明日の事を思うと不安に駆り立てられる。できれば、兄様の夢が見れたらいいなっと思いつつ、眠りに就いた。
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