180話 財宝を護りしモノ
スーベラによって開かれたエクレシアンの国があったと思われる空間を眺めた。眺めたと言っても真っ黒なのに上下感覚がはっきりしていて、感覚的に距離感も掴めてしまう変な空間で、何も、いや、二振りの短剣が重なって置かれている以外は黒一色の場所であった。
その二振りの短剣は闇色と表現するしかない色が黒の中で自己主張するといった理不尽を振り撒いていた。
「分かり易くて助かりますが、黒の下地で更に黒を普通に感じさせるのが本当の闇というのかもしれませんね。初めて見て、そう思いましたよ」
美紅はその光景の気持ち悪さに額に汗を浮かべて言ってくる。
その闇を見つめて、テリアは震えからか両手で自分を抱き締めるようにして呟く。
「私の中にっ、何かが流れ込んでくるぅ。怒り?憎しみ?恐怖?分からないっ!!」
虚ろになっていくテリアの目を見た時、私はとっさにテリアの頬を打つ。
「気をしっかり持つの!神気に飲み込まれたらそれまでなの」
大丈夫、大丈夫、その気持ちはテリアのものじゃないのっと語りかけていると目の焦点が合ってくる。
「ごめんっ、ありがとう。持ち直したわっ、でもあれって何なのっ?見た瞬間、心の隙間にスッと入ってきたら抵抗ができないまま感情をかき乱されたわっ」
顔を引き攣らせて闇の塊を睨みながら言ってくる言葉に私は感じたままを伝える。
「多分、アレが魔神の狂気であり、神気でもあるの。強くもあり、脆い、そして、堕ちたモノであり、進化したモノでもある。そういったモノなの」
私は、あれを見て、なんとなく理解をしたような気がした。
人は死ぬと死者の国に行くとルナマリアから聞いた事がある。そこでどうなるかまでは聞かなかったからどうなるかは分からないが人の死はそういったものなのであろう。
なら神はどうなる?っと言う話を聞いた事がなかった。
基本、神は老いない。神格が上がって見た目だけ変わるが実質は不変である。だから寿命というものは存在しないが、命の危機を感じるという生存本能は存在する。
ということは、命を失う恐れはあるということを神自身が理解していることになる。
事実、神を殺す術はある。私の神格が低いせいかもしれないが、人より丈夫というだけで、私は人と同じ方法で死んでしまう。
ここで生まれる疑問がある。神が死んだらどうなる?どこへ行く?その答えの1つが今、目の前にあるように私は思ってしまったのである。
魔神の残りカスのようになるのが神の末路ではないかと・・・
「お願いだから、あれだけは違うと誰かに断言して欲しいの・・・」
苦々しい表情をして私は闇の塊を睨みつけたが、誰も言ってくれる者など存在しない。何故なら、魔神になった者じゃないと答えようがないのだから。
3人で遠巻きに闇の塊を睨みつけていると闇の塊に変化が現れる。
闇の塊は膨れ上がり、形が出来ていく姿を見つめていると自分の顔が引き攣っていくのを自覚する。
巨体に覆われるのは漆黒の鱗。瞳は爬虫類のそれであり、背中には大空を羽ばたく為の翼。鉄も楽々に引き裂く爪と口から漏れる炎、そこにいたのは見た目はドラゴンだった。
ただのドラゴンなら、何も問題はなかったが、アレは不味い。
「最初は闇の塊に焦りましたが、何の事はありません。ドラゴン相手に負けるほど私達は弱くはありません」
美紅は軽口を叩きながらもプレッシャーから汗が流れる頬を腕で擦る。
いけない状況だ、プレッシャーから自分の都合のいい判断で安心しようとしている。
止めようと手を伸ばすと美紅はドラゴンへと向かい走り出し、上段から大ぶりで斬りかかろうとしてるのを見て叫ひながら、ドラゴンの射線から逃げる。
「逃げて!!そのドラゴンはただのドラゴンじゃないのっ!!」
私の言葉でテリアもドラゴンの射線上から避難をして、美紅は咄嗟に進路を変えるが予備動作もなく吹くブレスが通過する横で盾を構えて余波を抑えようとするが、予想以上の力で美紅は吹っ飛ばされる。
吹っ飛ばされた美紅は着地して逃げるように私の傍に来て、驚愕の表情のまま、私に言ってくる。
「あれは何なんですが!あんなのがドラゴンの力の訳がありません!」
私は詰め寄る美紅を見つめて、生唾を飲む。ドラゴンから目を離さずに言った。
「以前、徹に言ったの。フレイドーラより強いドラゴンなんて存在しないって。あれは嘘ではないけど、神話の中にはフレイドーラなど赤子のように思えるドラゴンが存在したの。あのプレッシャー、それ以外に説明できないの」
「あのドラゴンってヤバくないっ?まるで・・・」
テリアは、やや青褪めながら、強がりからか笑みを見せながら言ってくる。さすが、巫女。ドラゴンから発する気を感じて、理解をしたようだ。
「あれは、財宝を護りしドラゴン・・・ファーブニル。呪いの力により、神と同格の強さを得てしまった最強のドラゴンなのっ!」
話に聞いていた通りの姿、そして聞いていた以上の強大な力を感じる。
「護っているモノはあれですか・・・」
ファーブニルの後ろにある二振りの短剣を見つめる美紅に、多分そうなのっと頷く。
美紅は剣を構え直して、ファーブニルを睨みつける。
テリアは、ふぅっと溜息を吐いて言ってくる。
「本当はもっと制御できてから、お披露目したかったけどっ、このままだと私は逃げ回る事すらできそうにないからっ、出し惜しみはなしっ!!」
テリアは精神を集中させると叫ぶ。
「出でよっ、大神」
すると、テリアが翳した手のほうに見上げるような青白い光に包まれた透けて見えるオオカミの姿が現れるとテリアはオオカミに跨る。
私と美紅は目が点になっている姿を見たテリアは苦笑して言ってくる。
「トールが剣の修業してる時に私もミラさんに教育受けてっ、トールの炎の翼みたいなのできないかなって色々して失敗したらコレが出てきたっ」
でも時々、言う事聞いてくれないから心配なのよねっ、っと呟くテリアに一抹の不安が過るが確かに今は細かい事言ってる余裕はない。
「こうやって話している間に1度か2度はブレスが来るかと警戒してましたがきませんね」
ファーブニルを見つめながら言ってくる美紅に私は答える。
「私が聞いたファーブニルの逸話通りなら、宝を護るのが優先で無駄に追撃などしないらしいの。もっと激しく攻撃したら遠くに離れても、ブレスを吐きまくるかもしれないから過信はしないで欲しいの」
こちらを窺うようにジッと見つめてくるファーブニルを見ながら美紅に答える。
できれば戦いたい相手じゃないが、ファーブニルが護るモノは私達には必要な物である。避けては通れない道ならと私は腹を括る。
「絶対に負けられないの・・・行くの!」
美紅は、はいっ!っと力強く頷く。テリアは私は牽制に専念するわっ、とオオカミの上で前傾姿勢になっていつでも飛び出せるように構える。
私が弓を構えたのが合図になって美紅とテリアが飛び出す。
2人の援護をすべく、後ろから2人の進路を邪魔しないようにファーブニルに矢を射るが翼を羽ばたかせて矢の威力を落とすと避けもせず強靭な鱗に弾かれて終わる。
しかし、私は諦めず、射り続けた。
少なくとも牽制にはなったようで、美紅とテリアの接近を許させた。
テリアは敢えて、ファーブニルの視界に入り、意識を向けさせ、注意を集める。ブレスを吹かれるがテリアのオオカミはそのタイミングを読んでいるかのように緩急を付けて避けていく。
テリアに意識を奪われたのを確認した美紅は一撃で首を落とすつもりで駆けより、跳躍するとフレイドーラを両手持ちにして上段から全力で斬りかかる。
凄まじい音をさせて、ファーブニルは地面に叩きつけられるだけで首に薄い傷を付けるに留まった。
痛みからか、もがいて叫んでいるような仕草をするが声は発せられない。やはり、闇の塊が母体になっているだけの、偽物なのだろう。
「今のタイミングで全力でやったのに、切断すらできず、かすり傷のみっとか、おかし過ぎます!」
美紅とテリアは一旦、距離を取って私が居る所まで戻ってくるのを見て、私は悔しそうに言った。
「やっぱり、お腹のところから心臓を一突きにするしかないの!」
ファーブニルを倒した人がやった方法と同じでこれしかないっと美紅達を見つめて私は言うと、プルプル震えた美紅が私の両肩を掴むと涙目で叫びながら激しく揺らす。
「魔神の欠片の時も言いましたがっ!そういう大事な事は最初のウチに言ってくださいねっ?わ・か・り・ま・し・た・かぁ!!」
牙を剥き出しにして威嚇するファーブニルを指差して、油断してた最初にやってれば、もっと楽にできたのですよっ!っと怒られる。
美紅の剣幕におされて、ごめんなのっと言いながら頷かされる。
テリアにまあまあっと苦笑しながら仲裁してくれる。
「とはいえ、どうしたものでしょうか?」
気を取り直した美紅はファーブニルを見つめながら言ってくる。
ファーブニルは自分を傷つけるのは困難な相手だと判断したようで、短剣を腹で抱えるようにして護りの体勢に入りながら、こちらを威嚇してきている。
飛び込んできた私達をブレスなどを使って返り討ちにするつもりなのだろう。
私も打つ手が思い付かずに唸っているとテリアが少し自信なさげに言ってくる。
「もしかしたら、私がなんとかできるかもしれないっ。ファーブニルの弱点を晒すチャンスを生めるかもっ」
「本当なの?どうやるの?」
私と美紅がテリアに詰め寄って、テリアから聞かされる方法を聞いて、この場にいないアイツはテリアになんてものを勧めて、失敗した魔法を完成させたのかと頭を抱えた。
感想や誤字がありましたら気楽に感想欄へお願いします。




