179話 嫉妬
眩しい光に包まれた私は、眩しくて目を瞑りながら前へと進んだ。徹に入る時そうだったと聞いてなければ思わず立ち止まったかもしれない。
中に入って目を開けると白を基調にした柱が立ち並び、その上に屋根があるだけで壁は存在せず、外がそのまま見えているが真っ白な空間のみであった。
徹がいればきっとギリシャ神話で出てきそうな建物だと呟いたであろう。
正面を見ると少しの短い階段の上にある玉座に褐色の銀、いや、灰色の髪を腰まで伸ばす耳の長い、徹に聞いた通りのエルフの女性が眉を寄せてこちらを睨むように見つめていた。
私はそんな事に頓着せず、無視して近寄って普通に声が届く距離に到達すると声をかける。
「徹に聞いてたのと違って、お花畑がないの。どうしてなの?」
「挨拶も抜きにいきなりそんなどうでも良さそうな事をですか?それは勿論、貴方達を歓迎していないからですよ」
なんとなく歓迎されてないだろうなっとは入る前から思ってはいたが間違いはなかったようだ。
美紅が少し前に出て、目礼すると語り出す。
「失礼しました。貴方がエクレシアンの女王ですか?私達の自己紹介ですが要りますか?トオル君から聞いた話だとトオル君がアローラに来てからずっと見てたと聞きましたが、必要ならしますよ?」
声も話してる内容にもトゲがある美紅はなんでもないような顔して、しれっと言う。
「上等な挨拶有難うございます。ええ、自己紹介など不要です。この場にいるもので知らぬ者はおりませんので」
肘かけに肘を立てかけた手に頬をあてて、不機嫌を隠さないエクレシアンの女王、ことスーベラは嘆息する。
「歓迎してない割にはっ、来ただけで扉を用意したのは何故っ?」
疑問をスーベラにぶつけるテリア。
「好きで扉を用意した訳ではありませんよ。そこのドワーフ、ガンツが持つ徹の武器で強制的に開けられると分かっておりましたから、壊される前にこちらから開けたに過ぎません」
修復も簡単じゃないのですよっと見せつけるように嘆息する。用件があるなら早く言ってくれませんか?っと催促される。とことん、私達と話をしてるのがイヤらしい。
その様子をずっと見ていたガンツが前に出るとカラスを突き付けるようにして話し出す。
「このトールの武器、カラスとアオツキを鍛え直してやりたい。その為には同等、もしくばそれに近しい金属で打たないと打ちきれないのじゃ。そこでお主の知恵、もしくば協力を願いにここに来た」
「なるほど、見ていた時の話の流れでそうなのかとは思ってましたが、確かにここに来る以外となると魔神側ぐらいしかアテはないでしょうね」
魔神側にもあるの?っと私が呟くとスーベラは律儀に答えてくれる。
「2代目勇者、轟が所持している武器です。その武器も神より生み出された武器なのですが、貴方達、徹も含めて一度もご覧になられてないですけどね」
私達を嘲笑しながら、貴方達と戦っていた時に使ってた剣は倒した相手が持っていた量産品の剣ですっと言われる。
美紅が、それを聞いて、愕然とする。
「条件は明らかに私のほうが良かったのに、まったく歯が立たなかったというのですか・・・」
少し溜飲が下がったのか、薄く笑う。
再び、ガンツに視線を向けると話し出した。
「おそらく、貴方達が求めるのは私が得たはずの神から与えられし武器でしょう。しかし、私の手元にはありません」
「だろうのぅ、カラスが言うにはワシやデンガルグには入れない場所ということじゃったから、入れてるここにはないだろうと分かっとった」
そうですか、ではどこにあるかもご存知で?っとガンツに聞くスーベラは男を魅惑しそうな笑みで微笑む。
しかし、ガンツには暖簾倒しだったようで、何事もなかったように話始める。
「お前さんがいた世界に置いたままなんじゃろ?その世界に連れていけるのは、お前さんだけだとカラスがいっとる」
一度でも行っていれば、切り裂く事で行けたらしいがのっとガンツが言う。
スーベラは少し考え込むような顔をして私達を見渡してから口を開いた。
「それで、この面子になってるのですね。確かに、この3人はあの世界に渡れる条件は満たしてますが、その頼みを聞いて、私に何もメリットはありませんよ?」
ガンツは顎鬚を撫でながら、明後日の方向を見ながら呟く。
「それはどうかの?お前さんはトールが歩む先を見たいとは思っておらんのかの?先程、ルナがいっとったが、ずっとトールの歩みを見とったのに、ここで終わるのがお前さんが望む結末かの?」
ガンツの言葉を聞いて、悔しそうに顔を顰める。
「くっ、しかし、徹がこのまま死なないと誰が言えるのですか。むしろ、このまま死んでいくのが自然な事です」
「本当にそう思うの?ずっと徹を見てきたんでしょ?徹は何度でも駄目だと思える状況を引っ繰り返してきてるの。どんな細い可能性でも掴み取る、掴み取らせてくれる人に恵まれているの。貴方はこのまま見てるだけで満足なの?徹に細い可能性を捕まえさせる人の和に入る気はない?」
私は、スーベラを見てて、はっきりと分かった事が1つある。スーベラは徹に惹かれていると・・・
そのせいか、私達にとても憎しみに近い、いや、嫉妬すらしていると分かる。落ち着いて考えれば、当然の事かもしれない。いつも傍に居て、気付いたら徹の事を好きになっていた私、そして、美紅に他の女の子達も惹かれている。一目で本質を見抜いて惚れたティテレーネ王女は例外としても、それなりに長い時間、徹と接した者は男女問わず惹かれているのに、このアローラで私の次に長い間、徹の事を見つめ続けたスーベラが惹かれてないはずがないと私は思う。
事実、今、私に言われた言葉に迷いを見せているスーベラが苦悩の表情を見せている。きっと、私達への嫉妬と徹への思いがせめぎ合っているのであろう。
「協力したとして、向こうに行って、無事に帰れると思っているのですか?何故、私がある場所を理解してるのに関わらず、放置してるのは何故と考えないのですか?」
徹への思いから、自分から否定したくないスーベラは私達の心を折る為に情報を開示し出した。
とはいえ、確かにおかしな話ではあると思う。あって困る事情がなければ手元に置いておきたいと思うものだろうと私は思った。
「無事に帰れるじゃありません、無事に帰ってくるのです。危険があるのはユグドラシルから示唆されてるので危険があるのは理解したうえで行こうというです。ですが、貴方がおっしゃる放置してる理由がユグドラシルが示唆した危険に繋がるという事は今の話の流れで理解しましたがどういうことですか?」
徐々に退路が塞がれ始めていると感じているスーベラは苦々しく美紅を睨みつけながら口を開く。
「私が魔神との戦いでギリギリの勝負で取り逃がしました。その取り逃がした理由が魔神がその存在を消されようとした時、自分というものを私の武器にとり憑きました。そのせいで武器を手にできなくなった隙をついて小さな欠片となって世界を渡って逃げました。そして、とり憑いた魔神の残りカスですが、力だけは同じでしたので、武器もない私が戦える相手ではなかったので、放置するしかなかったのです。つまり、取りに行くという事は、始まりの魔神と3人で挑むという事になるのですが、それでも行くというのですか?」
私はスーベラに挑むように微笑みかける。
「今、存在する魔神に挑もうというのに逃げるとか有り得ないの」
「そうですね。一考する価値もありません」
「他に選択肢もなさそうだしねっ」
迷いもない返答をする私達を見つめるスーベラの瞳に嫉妬の感情に羨望が混じる。
スーベラは一度首を振ると呆れた顔をして嘆息する。
「そうですか、なら好きにするといいでしょう」
手を翳すと私達の前に黒いモヤのようなモノの塊が目の前に現れる。
「この門は1日しか開けておけません。一回閉じると半年は開ける事が叶いませんので、1日で決着しなさい」
私は頷くと迷いもなく、モヤへと歩いて入ろうとした時にスーベラに言う。
「ありがとうなの。でも徹は譲ってあげないの」
「勿論、私もそうですよ」
「別に~私は関係ないけどぅ、貴方はちょっとイヤかな?」
3人に言いたい放題言われたスーベラの額に青筋が浮かぶのを見た私達は急ぎモヤへと飛び込んだ。
エクレシアンへと向かった3人を見つめて、溜息を吐く。
思わず、怒鳴りそうになった自分がいたが早々に逃げた3人に毒気を抜かれて玉座に深く腰を落ち着けた。
正面で胡坐を掻いて両手を組んでいるガンツに私は問いかけた。
「徹は大きな胸が好きなはずです。私は自分で言うのもなんですが、大きな胸をしていると思うのですが、誘惑してもピクリとも眉を動かす事も叶いませんでした。それを徹に問うと、死んでる私には燃えられないと言われましたがどういう事なのでしょう?」
徹にそう言われてからずっと、その答えを考え続けたが分からないまま時間だけ過ぎてきたが、徹が友と呼ぶ、このドワーフなら答えられるのではっと淡い期待をして聞いてみた。
「さあのう、トールの胸の拘りはワシには分からんよ。だがの、トールが言う死んでるという事ならなんとなく分かるわい」
私はどういう事ですかっと詰め寄ると鬱陶しそうな顔をしたガンツが答えてくれる。
「お前さんは世界に背を向けて、他人が四苦八苦している姿を見て、過去の自分を擁護し続けておるんじゃよ。現実に目を背けて、過去しか見てないお前さんを徹は死んでると言ったんじゃろうな」
自分が失敗してきたことはしょうがないと思える答えを探し続けている自分は死んでいるということらしい。
確かに徹と話している時にも過去に誰もできなかったことを貴方がするのかと嘲笑った事があったのを思い出す。本能的に私の問題を理解して距離ができ、その話す様でその事を自覚したのであろう。
考え込む私にガンツは語りかける。
「しかし、今回の事で、お前さんは世界へ目を向けた。背中越しに首を廻して見ただけじゃがな。正面に顔を向けた時、トールの前に立つとええ。きっと恥ずかしくて許してと願うぐらい抱きつかれるわい」
そういうとガハハハっと笑うガンツを見て、自分の頬が熱くなるのを何百年ぶりの感覚に翻弄される。
でも、その状況を想像して悪い気はしない自分がいて、久しぶりに心から溢れる感情のままに微笑んだ。
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