164話 目の前のリアル
次の日の朝、俺は宣言通り、まずは市場を見る為に向かう事にした。向かう道で普通なら買う客や、荷物を運搬する人が行き交う姿が見えるはずだが、かなりまばらだ。
これが日も昇らぬ早朝であるなら分かるが、もうそんな早朝と呼べる時間は過ぎている。
市場に着くと露店の数が場所の広さにたいして少なすぎる。クラウドの市場、いや、そこに収まらなくなって冒険者ギルドの前に出してる露店や屋台のほうが多いくらいである。
売る側のほうを見ると2通りに分かれるようだ。
1つ目は、覇気がなく買い手が現れるのを待ち、木箱などに焼印されてるマークがあるのを見て、美紅がエコ帝国の紋章だと教えてくれた。おそらく、横流し品だろう。その後ろには強面の武器を持った者がいる露店。廻りの雰囲気から万引き対策ではないだろうかと推測する。
2つ目は、凄く必死に売ろうとする者だ。売られてる物を遠目で見るだけで、あきらかに腐ってそうな物やガラクタを売って、金を得ようっとしてる。それを買おうとする客も分かってるはずだが、死んだ目をしながら、なんとか食べれそうな物がないかと、捜していた。
その光景を見て、俺は目を細めた。
これは酷い。廻りを見渡していても生きる希望を持ってる者を捜すのが困難である。
しかし、思う。あのマスターはこの市場を見る事に一切触れてないと言う事はこれが普通なのであろう。では、あのマスターが言っていた北門のほうにある場所とはどれほどのモノがあるというのだろうか・・・
「酷いの、酷過ぎるの・・・」
ルナは涙を浮かべて、呟き、俯いた。
そのルナの頭を優しく抱き締めた美紅は俺を見て言ってくる。
「どうやら、首都は貴族達の欲望の捌け口、いえ、無法地帯の遊び場なのでしょう。だから、奴隷を首都のみで許しているのでしょうね」
「ああ、首都に限定してるのもきっと、国全体にすると食糧などを自国で供給できなくなり、他国から買うにしても資金を得る術がなくなってジリ貧になると理解して範囲を限定させているのだろう」
今にして思えば、ミランダは俺達を首都のほうに行くのを、色々理由は付けていたが、行く気を失わせるようにしていたように思う。確かに美紅の事があったが気を使われていたのだろうと理解した。
ルナも酷いがテリアは口元を抑えて気持ち悪そうにしていたので声をかける。
「大丈夫か、テリア?」
「う、うんっ、腐臭が酷いってのもあるんだけど、説明が難しいのだけどっ、とっても嫌な匂いがするのっ」
俺は美紅と目を合わせると美紅は俺の意図を理解したようで頷く。
「2人とも辛いなら先にエルフの大使館に行きますか?後は私とトオル君で見てきますから」
美紅がそう言うがテリアは首を横に振り、着いて行くと言ってくる。
ルナは抱き締めている美紅の手を優しく解くと、目を赤くさせているが、強い意思を感じさせる目をして俺に言ってくる。
「私も行くの。そして、ちゃんと見て、受け止めるの!」
「そうか、なら一緒に行こう」
ここの住民ですら嫌悪する北門へと俺達は向かった。
「なんなの・・・これは」
「戦場のような、いえ、戦場でもここほどは酷くないかもしれません」
「腐臭が酷いっ。でもそれ以上に酷い近づくほど強くなる匂いはなんなのか分からないっ」
北門付近に来たと同時に3人が呟く。
俺はマスターが説明した場所、ここの話をされた時、スラム街をイメージをした。先程の市場がまさにそれであったが、それの少し酷くなったものを想像してここへ来たが、どうやら俺の想像力は乏しかったと言わざる得ない光景が目の前に広がっていた。
道端に転がる死体の傍で無気力に座る人、彷徨うように歩き、食べれる物や金目の物を探す者。気が狂ったかのように引き付けを起こしているように笑い、涎を垂らす者などがいた。
用水路を覗くと、何人かの死体が何かに引っかかっているのが見える。
先程、何かを探していた者が近づいてきたので俺は声をかけた。
「ちょっと、いいか?」
俺がそう言うと何も言わずに手を差し出す。
銀貨1枚取り出すと首を横に振られる。
「ここじゃ、金より食い物のほうがいい」
そう言われたが非常食ぐらいしかなかった俺は腰に付けているポシェットから取り出し、これでもいいか?っと聞こうとしたが声にする前に取られる。
ビーフジャーキーを一つ齧ると男が何を聞きたいと聞いてきた。
「ここは何なんだ?通りに普通に死体が転がってる、用水路には死体が流れ、この区画は何なんだ?」
男はくだらない事を聞くヤツだという目で俺を見たが一応、貰った物の分の説明はするつもりがあったのか説明してくれる。
「通りで転がってるのは、まあ、大抵は食う物がなくて死ぬか、何かだろう。用水路に浮いてるのは貴族が遊んで壊れたか、飽きた奴隷を捨てたヤツだ。ここが何かだって?ゴミ捨て場さ」
人間のなっと呟くと男は踵を返し、去っていった。
ルナ達は涙を流しながらお互いを抱き締め合っていた。
俺は唇を噛み締めて、握り拳を作って耐えて、自分の考えが楽天的過ぎた事を考えていた。
元の世界で、読んだ小説や漫画の奴隷は暴力を振られる話や殺される話は極力抑えていたようで、全否定された気分だ。奴隷ハーレム?チーレム?ふざけろよ、この目の前のリアルの前でそんな愉快な事言えるなら言ってくれ。冒険者として、多少成功した者ぐらいで奴隷を普通に扱って、当然でいられる訳がない。国、いや、世界を掌握する事が初めからでき、1発で全てを黙らせるぐらいの事ができないと実現できないだろう。
だが、その方法をしたとしても、力を力でねじ伏せただけで、立ち位置が逆転しただけで何も変わらないであろう。
よく苛められた子が突然、超能力に目覚めて、苛めっ子にやり返すというのがあるが、あんなの実際にあったら、やり返した時点で、廻りの者に引かれて孤立してしまう。孤立するから力でなんとかしようとして、苛めっ子との立場が入れ替わるだけと同じ事だ。
だが、俺は今、このエコ帝国の首都のみである事が唯一の救いかもしれないと感じている。
肩書だけだが、俺は3カ国の責任者だ。やりようによったら、この目の前のリアルを潰せるかもしれない。
勿論、今回の交渉で奴隷撤廃を認めさせるのは勿論だが、首都に住む者の意識も変えていく努力をしなくてはいけない。
「みんな、すぐにエルフの大使館に行こう。やるべき事をやる為に」
俺の言葉に涙を拭いながら頷くを確認して俺はドワーフの大使館で聞いた場所、南門のすぐ傍にあると言われたエルフの大使館に向かった。
エルフの大使館に着くと俺達は歓迎されて、俺は会議室へと案内される。
中に入ると、エルフ王、そして、ティティがいた。
「トール殿、久しいな。また会えて何よりだ」
「エルフ王もお元気そうで良かったです」
俺の表情が固いので少し不思議そうに見つめていたが、どう判断したか不明だが、余計な事を聞いて来なかった。
初めは俺を見て嬉しそうに口を開きかけたティティだったが、さすが聡い子だったので、閉じると俺の様子を窺って、挨拶だけに留まった。
「来て早々だが、お願いがある。至急、調べたい事があるから、調査に長けた者を何人か貸してくれないか?それと書斎のような場所を一室も頼みたい」
「分かりました。部屋はすぐ用意させますが、人は今いるメンバーで使える者をすぐに寄こすので、案内される部屋でお待ちください」
そう言うとティティはメイドを呼び出す為にハンドベルを鳴らす。きたメイドに書斎に案内するように伝えると俺はメイドに案内されて部屋を出て行こうとした時、ティティは美紅に声をかける。
「美紅さん、いえ、ルナさんとそちらにおられるのはテリアさんでしたか?少し残って貰っていいですか?」
美紅が俺の顔を見てくるので俺は頷いて返すと先に行っていると言って部屋から出て行った。
兄様が部屋を出て行ったのを確認すると私は美紅さんに質問する。
「兄様はどうされたのですか?隠そうとされてましたが、凄まじい怒気を感じました」
「ティテレーネ王女は、首都バックの事をどの程度、いえ、どのような方法でバックの状況を理解されてますか?」
美紅さんは私の質問をかわそうとしているのかと一瞬思ったが、そんな姑息な事をする人じゃないと思い、きっと意味がある事を信じ、答えた。
私は、目の前に積まれた書類の中から、引っ張り出した物を美紅さんに渡す。
「調査員に調べさせた、バックの現状報告です」
そう言う私が渡す書類を受け取って一読すると溜息を吐かれる。
「この調査員をトオル君のところに廻さないでくださいね?抑えている怒りが爆発するかもしれません。それより先に私達が爆発するかもしれませんが」
この調査員は見るべきところをまったく見ていませんっと言われる。他も似たような者しかいないというなら、こちらで冒険者で使えそうな人を捜すほうがいいかもしれませんとまで言われる。
「兄様は何を見てきたというのですか?」
少し聞くのが怖くなったが聞くと美紅さんが固い表情のまま言ってくる。
「エコ帝国の暗部の入り口でしょうか?エコ帝国が変わる為にはあそこをどうにかしないと変われないでしょうね」
「あそこには尊厳なんてないの。悪意の吹き溜まりなの」
「多分っ、言っても分からないと思うっ。一度見てきたほうが早いわっ」
3人にそう言われて私は絶句する。隣にいるお父様は特に大きく表情を変えていない。もしかしたら、お父様は知っていたのかもしれない。
「その場所はどこなのですか?」
「北門に行けば、嫌でも気付きますよ。まずは市場を観察してから行く事をお勧めします」
2度手間になるので3カ国のトップ揃って見に行かれたらどうですか?っと言われて、私は2国には打診して置きますと伝えると美紅さん達は兄様がいる書斎へと案内されていった。
美紅さん達が出て行って、しばらく頭を抱えて、呟く。
「私はそんなに大事な事を見ていなかったと言うのですか・・・」
「報告の内容が全てじゃないと言う事だよ。お前はまだ若い、それを気付ける機会を得れた事を喜ぼうじゃないか」
私を見つめるお父様は、優しい笑顔を浮かべていた。
少し、悔しく恥ずかしく居た堪れない気持ちで、はいっと答えるとお父様はメイドを呼ぶと何人かの名前を伝えて、兄様のところへ行かせるようにと伝えていた。間違いなく、私だったら行かせようと思わないような人選だった。
「何事にも適材適所というのがあるんだよ。娘よ」
優しく見つめる、お父様を見て、私は愛され、見守られていた事を感謝し、頬笑み返した。
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