117話 美紅の闇
昨日、コルシアンさんの屋敷から戻った私は心配するトオル君達に何も言えず、ベットに入るとシーツを頭から被って外界と自分をシャットアウトするように自分の世界に籠った。
食事を勧めに来るルナさんの言葉を拒絶し、テリアちゃんがジッと見つめているのも気付いていたが無視をした。
トオル君は、シーツごしにそっと私に触れると私がビクっとしたのに気付くと動きが固まったかのように手の動きが止まるのに気付く。
「今日はゆっくりしてくれ。美紅に何があったのか俺は分からない。明日、いつもの美紅に戻って説明してくれると助かる。ルナもテリアも落ち込んでいるからな。その、なんだ、俺もよ、悲しいよ。今、苦しんでる美紅の力になれない自分がね」
きっと、苦笑いしながら耐えるトオル君の表情を見えてないのに手に取るように分かる。きっとトオル君はそんな顔をしている。そういう人だから・・・
トオル君はおやすみっと言うと静かに扉を閉めた。
その後、夜になってもトオル君達は帰ってこなかった。しかし、気配が隣からするから、きっとミランダさんに頼んで私を1人にしてくれたのだろうと分かると本当に申し訳ない気持ちで一杯になり、私は泣きながら眠りに就いた。
私は日も昇らぬ内に目を覚まし、服を着替え、身嗜みを整える。
昨日まではトオル君に寝顔を見られたくなかった事が理由であったが、久しぶりに城に居た時を思い出すように起きてしまった。
私はアローラに来てから2,3カ月ぐらい過ぎてから安眠をした記憶がない。来た当初も不安から余り寝れなかったと思っていたが今から考えれば充分過ぎるほど寝ていたと私は思う。
そう、アローラに来てから2,3カ月経った頃、少し状況に慣れが出てきて、寝る事と食べ物が喉を通るようになったそんな時の話である。
一室に閉じ込められて何もする事がない日々を過ごしながら帰りたいと願いながら枕を濡らして寝ていた。
やっと日が昇ったというぐらいに時間になると今まで食事を運ぶ人以外誰もこなかった部屋に人が入ってくる。今の私だったら気付いて跳び起きただろうがその当時の私は5歳でまだ力の芽生えすらまだであった為、気付かず寝ていると腹部に突然の痛みと衝撃に襲われる。
激しい痛みで悲鳴も上げる事も叶わず、掠れた声を吐くといった有様でお腹を押さえながら自分の目の前にいる人物を見る。
若い男であった。やっと20になったかどうかと思われるのに白髪の髪をセンターで分けて白の基調で整えられた服を着ていた。その服は窓の外を見た時に同じ服を着ている人を見てメイドに聞くと近衛騎士と伝えていたから、きっとこの人もそうなのだろうと思った。
しかし、そんな人がいきなり私のところへやってきて、手に持っている槍の穂先の反対側とはいえ、それで私のお腹を叩きつけたのであろうと私は震えた。
疑問と恐怖に震えて身を縮める事しかできない私に白髪の男は細い目を更に細くして話しかけてくる。
「私の名前はグリード。今日からお前の飼い主だ。最初に言っておく。お前は人間ではない、ペットだと早い段階で認識するように」
そう言うと再び私のお腹を持っている槍の穂先の反対で叩き、起きろっと命令してくる。
お腹の痛みで緩慢な動きでベットから降りようとすると槍を払われて地面に叩きつけられ、さっさと立てと命令される。
この流れを私が気を失って水をかけても起きなくなるまで続けられた。地獄だと思った。でも、日が替わればそれがまだマシだったと常に更新されていくよう酷さが上がっていく。
ある日は寝させて貰えず、寝ようとすると痛み、クスリを使われてでも眠れないように苦痛を与えられ続ける。
そして、また違う日は囚人の拷問を受けさせられ、傷が付けばすぐ回復魔法で癒され、傷つけられと反復させられる。
決まって、睡魔や痛みで朦朧とすると繰り返すようにして、投げかけられる言葉があった。
『お前は人形だ』
何度同じ言葉を聞いただろう。最初のうちは違うと反論してたように思う。しばらくすると何も言い返す気力もなくなり、ただ聞いているようになり、更に日が進むとそう囁かれ、頷けと言われると頷いている自分がいた。
そんな日々が数年続いた。今更だが自分が勇者としての素養があり、芽生えていかなければ生き残る事はできなかったとはっきり思う。
人としての思考が希薄になりつつ、同じように人形と言われてた日々に変化が生まれる。それと並行して戦闘訓練が始まる。
私は言われるままに剣を振り、走り、魔法を唱えた。
勇者としての素養のおかげか、剣の腕も魔法の腕もメキメキ上がっていったが私は心に何の感動もなかった。
訓練で良い結果が出始めると外で実践という流れになった。
最初の相手は突撃ウサギだったと思う。
私は言われるがままに剣を構えるが既に私はアローラ人の力をとうに超える力を持っていた。突撃ウサギが自分との力の差に震えている姿を見た時、痛みに泣き、震えていた過去の自分と重なる幻を見た。
命令により抜いた剣を振り上げた状態から動けなくなる。グリードは再び命令してくるが殴られようが槍を叩きつけられようが最後には腹を一刺しされたが私は振り降ろす事ができなかった。
これがキッカケになり、意思が希薄になっていた自分に意思が戻り始める。
しかし、刷り込まれた強制力はとても強く、戦闘以外の命令には逆らえず、日々が過ぎていく。
とある日、起こされる前に目を覚ましておかないと痛い思いをさせられると学習した私は当然のように目を覚ますが、日が昇ってもグリードはやってこない。
食事はいつも時間にメイドが持ってくる。
私は一口食べてみる。普通の食事だ。
料理に何かを仕込んで私を苦しめる作戦でもないようだ。グリードは何を考えているのかっと私を悩ますがそのまま夜となり、次の朝になってもグリードはこなかった。
何時来るかと警戒をしつつ、日々は過ぎる。3カ月を過ぎてもこないグリードに疑問を覚えながらも、もう来ないであろうと理解をし出す。
しかし、約9年間続いた習慣は抜けず、日が昇る前に目を覚まし続けるが穏やかな日々を過ごす事になり、戻りつつあった意思がはっきりするようになっていく。
時折来るクリミア王女とお茶をする以外、何もしないまま更に半年が過ぎると私は王の間に連れて行かれ、城の外へと連れ出され、そして、結界の人柱にされてしまった。
そして、結界からトオル君に連れ出されて、旅をしながら心のどこかでいつも思っていた。
エコ帝国と関わり合う以上、いつかグリードと会う日が来るのではないかと・・・
私は扉を開けて廊下に出ると隣の部屋へと向かい、そっと扉を開ける。
中に入ると入り口に近い所でルナさんが寝ていて涎を垂らしながら小さい口をムニムニさせて幸せそうにしているところを見ると、きっと美味しいものを食べているのではないかと思う。
その隣では枕を抱き締めて、ご満悦なテリアちゃんがいたが何をしてるのか色々想像できるがよく分からない。
窓の傍にやってくるとトオル君が寝ていた。
大の字になって小さく口を開けた、どこかマヌケそうで見てると力が抜ける顔。毎朝、覗きこんでいる私はいつも見ている。
いつもなら見てるだけなのだが、今日は大の字に広がっている手を両手で優しく包むように掴む。
そして、その手に額をあてると呟く。
「トオル君、助けてよ・・・」
私がそういうとトオル君は私の手を握り返してきた。
思わず慌てた私は手を離すと立ち上がりトオル君を見る。起こしてしまったか、もしくば起きていたのかと思って見るとしっかり寝ているようだ。
ホッとした私は、部屋から出ていった。
俺は美紅の気配が食堂のほうへと消えたのを確認すると閉じていた目を開く。
「どうせなら寝てると思ってる俺じゃなくて、起きてる時の俺にその言葉は欲しかったな、美紅」
美紅の手を握り返した掌を俺は見つめる。
「俺は差し出した手を掴んだヤツが苦しんでるのを見過ごすほどボンクラじゃないぜ?」
俺は結界で美紅に手を差し出した男の責任の取り方を見せてやると心に決める。
と格好つけたものの美紅の苦しんでる理由を知らないうちは何もできないと気付き、やっぱり俺は馬鹿だと再認識した。
自分の馬鹿さ加減に打ちのめされているとルナが俺に声をかけてくる。
「心配ないの。徹だったらきっと気付いたら巻き込まれるに決まっているの。だからその時に迷わず動けるように心構えだしてればきっと大丈夫なの」
「起きてたのか?ルナ」
美紅が徹のベットに行ったあたりでねっと俺に言ってくる。
「だから、その一瞬かもしれないチャンスを見逃さないで、美紅の未来は徹の肩にかかってるの」
勿論、私も頑張るのっ!と出ない力瘤を作ろうとする。アレ?よく考えたらあんなに力があるのになんで筋肉があるように見えないんだ?
きっと不思議魔法OK?って事で納得する事にしよう。自分だってそこまで筋肉がないのに動けるのは身体魔法のおかげだしな。
くだらない事を考えていたがルナは掌を掲げながらニコニコしている。その様子を見て何を考えているかすぐ分かった。
「美紅は絶対俺達が助けるぞ、ルナ」
「オウなの、任せてなの」
俺は音が鳴らないように掌をあてる。
美紅、お前が嫌がっても絶対、その場所から俺がもう一度引っ張り出してやるからなっと昇り始めた太陽を睨みつけた。
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