平穏・the・end:2
やったやった! 出来た!
一日に二話投稿できたぜ! イヤッフゥ!(白目)
午後六時三十分。
『;Blue』の手伝いを終えた悠人は詩織先輩と和やかに談笑していた。とわいっても数ヶ月前まで悠人と詩織の接点は殆ど皆無といってといいレベルだったのだが。
雨宮詩織は風紀委員の委員長であり、尚且つ顔立ちも整っているため男女共々人気が高い。
そんな詩織先輩と悠人が出会ったのは家の手伝いを始めた頃だ。
時は高校一年のとある夏の日まで遡る。
悠人はスミレさんとの約束で高校一年生になったら家の手伝いを始めることになっていた。が、昔の彼はまだ珈琲など殆どといっていいほど淹れたことがないような、ズブの素人だった。
そのため悠人は菫から接客、珈琲の淹れ方、食事の作り方や会計など店を回すのに必要な技術を徹底的に叩き込まれた。後に悠人はその日々を地獄と語っているが、それはまあ余談だ。
それよりも、あれは悠人がスミレさんから一通りの技術を叩き込まれ、表だってカフェで働き始めた頃だった。その日はスミレさんが所用で午後から外に出ていたために悠人が一人で店を回していた。
特にこれといって問題が起こることもなく壁にある重めかしい振り子時計が六時を知らせた。
うちの店では基本的にこの時刻になると俺が通っている高校の部活や委員会帰りの生徒たちが一息つきに『;Blue』に来ることが多かった。
「ふぅ、忙しくなるな……」
そう言うと悠人は気合いを入れ直し、仕事を再開した。
そして、
「……つ、疲れた……。どうしてこんなに客足が多いんだ……」
へばっていた。
午後七時を境にして今まで満パンだった店内の客足が途絶え始め、漸く悠人も休憩を取れる時間帯になってきた。
『;Blue』では夜の八時からディナーが始まるので、午後七時から午後八時までが夜も働く時の彼がゆっくりできる時間でもある。
「あとはスミレさんに任せればいいか……」
今日、母さんは午後八時までに帰るって言ってたしな。
今でこそ悠人が一人で店を切り盛りすることが出来るものの、あの頃はディナーを作ることをスミレさんから許されていなかった。まだそこは半人前だったのだ。……トラウマをほじくり返した気がするが、それは横に置いといて。
悠人が一息をついているとリンッと、鈴特有の澄んだ音が聞こえた。視線を移すと悠人と同い年ぐらいの、疲れた様子の少女が入って来た。ショートボブの髪は何だがヨレヨレだった。
「いらっしゃいませ」
「うぅ……」
少女は疲れきった表情でカウンターに座って注文を頼むと、そのまま顔を伏せてしまった。……どれだけ疲れてんだよ。
そう思いつつ悠人は珈琲豆をエスプレッソマシンに入れる。抽出したのを確認するとスチームミルクを注いでカップを満たし、最後にフォームドミルクで覆う。コトンッと少女の目の前にカップを差し出した。
「ご注文のカフェ・ラテです」
「ああ、ありがとう」
少女は純白のコーヒカップを両手で持つとチビチビとカフェ・ラテを飲み始めた。猫舌なのか飲み速度がゆっくりだ。
「……疲れたぁ」
カフェ・ラテを飲みながらもクタクタの様子で机に突っ伏した。その様子を見て少しだけ微笑むと、冷蔵庫からティラミスを取り出して少女の前に置く。
「これ、どうぞ」
「ん? 私は頼んでいないぞ?」
「いえ、これはサービスです。凄くお疲れのようですし……。僕には話を聞くこと位しかできませんが、なにかあったんですか?」
悠人の質問に何か嫌なことでも思い出したのか眉根を寄せながら横を向いて呟く。
「いやぁ、ちょっと……。その、委員会の仕事で……」
「そ、そうですか。……それは、大変ですね。何の委員会なんですか?」
「風紀委員だ」ティラミスをホークでつつきながら「見た感じだと君は私と同年代のようだが……どこの高校に通ってるんだ?」
「俺ですか? 竜ヶ崎高校一年の神崎悠人です」
少女は少し驚いた表情になった後、「私は竜ヶ崎高校二年の雨宮詩織だ。よろしく」 と言った。
「いえこちらこそ、よろしくお願いします。……ところで、後輩にそんな姿を見せていいんですか?」
悪戯っぽく笑いながらそう言うと、詩織先輩は顔を赤くしながら姿勢を正した。そしてキッと軽めに睨み付けてくる。フフッと少しだけ笑いながら、冗談ですよ、といってカップを拭く。
これが神崎悠人と雨宮詩織の初めての出会いだった。これから詩織は良く『;Blue』に来ては委員会の愚痴を言ったり、悠人に相談をしに来たりと何かと贔屓にしてもらっている。
と、時間は現在へ。バイトを終えた悠人はいつものように詩織の愚痴や相談事を聞いていた。すると詩織はふと、何かを思い出したかのように悠人に尋ねてきた。
「そういえば悠人くん。君には幼馴染みとかはいるのかい?」
「ええ、一応。二人程いますよ」
悠人の返答に詩織先輩の瞳が少し妖しい光を帯びた気がした。
「……女か?」
「一人は……。ちなみに先輩も見たことはあると思いますよ。昨日はここで働いてましたし」
若干苦笑を浮かべながら詩織の質問に答える。
澪華も悠人のように毎日ではないがここで働いている。というか、彼女のバイト姿を見るために学校からくる生徒もいないでもない。
「そうか……。聞きたいことは聞けたし、今日は此処等で帰るとするよ。それじゃあ悠人くん、また明日」
鈴の音を鳴らしながら詩織は喫茶店のドアを開き、外へと歩き始めた。
この後何をしようかと考えていると、
「ゆうくん! まだ終わらないの?」
瑠夏が厨房から声をかけてきた。
「あ~、……瑠夏と約束してたんだったな……」
「……もしかして忘れてた?」
「いや、そんなことはないぞ」
といって、悠人は瑠夏の部屋へと向かった。
「絶対値のついた二次方程式はまず絶対値記号を外さなきゃいけない」
「ふむふむ」
「そうするとy=x2-4|x|+2の計算が解けるだろ。まずA≧0の時|A|=Aとなる。逆にA<0の時|A|=-Aになる。つまり……」
悠人はあと少しで丑三つ時になる頃、瑠夏との約束を履行していた。つまるところ、テスト勉強を教えていた。
瑠夏はソフトテニス部に所属していて運動はそこそこ出来るのだが、勉強がまったく出来ない。それはもう、とてもひどい。なのでテストの前に悠人が勉強を教える、瑠夏曰く「赤点回避! 真夜中のお勉強会!」が恒例となっていた。
「すぴー」
と、変な声がすると思い、瑠夏の方を見てみると机に突っ伏して寝ていた。肩を揺らしながら声をかける。
「……おい瑠夏。寝るな」
「はっ! ……ごめん、悠くん私寝ちゃってた……」
「いいから。眠いならさっさと終わらせろよ」
そういいながら悠人は瑠夏の頭を撫でた。
「うん、がんばる」
頑張れよ、瑠夏。
こうして夜が更けていく。
✳︎✳︎✳︎
「……眠い」
神崎悠人は一人ぼやく。
昨晩、瑠夏に勉強を教え終わった悠人はその後すぐに寝たのだが、それでも睡眠時間がガリガリ削られていた。その上、朝食の準備などに追われてまともに睡眠がとれなかったのだ。
授業の内容はほとんど頭に入ってこない。ようするに、凄く眠いのだ。
「だが、これでようやく昼飯だ」
悠人はそう呟きながらバックの中を漁って、弁当を探す。探す。探す。
「……ない」
が、弁当箱が無かった。恐らく家のテーブルに置いてきたのだろう。
「……仕方がない、購買に買いにいくか」
悠人はポケットから財布を取り出し、残金を確認する。千円ほどあるのを確認すると、購買に行くためにドアを開いた。
「うおっ!」
「キャ!」
どんっと、ドアを開けた悠人の胸の辺りに衝撃が走った。ぶつかった相手を探そうと、悠人は視線を下に落とす。
「……瑠夏?」
「イタタ……ゆうくん、いきなり出てこないでよ……」
「ああ。それはすまない」
瑠夏に謝罪するべく下げた頭を上げると瑠夏の背後に女子生徒が立っていたことに気がついた。
その子の名前は雨宮霞。藍色の髪を肩で切り揃え、黒の瞳を持つ。顔立ちも整っているものの無口で少し怖い印象を持たれることが多い。詩織先輩の妹でもある。
「瑠夏も霞もどうした? 一年と二年のフロアは違ったはずだが……なにかあったのか?」
「……そう。用があるの。瑠夏、渡してあげて」
「うん、そうだね。私たち、ゆうくんに忘れ物届けに来てあげたのよ。……はいこれ、お弁当」
といって瑠夏は手に持っていた弁当箱を悠人に手渡す。それを両手で掴むと悠人は感謝の弁を述べた。
「ありがとう。助かった」
「……そうでしょう。悠人、もっと褒めて」
「霞ぃ〜。お前偉いぞ。凄く助かった」
と、霞の頭を撫でる。撫でられた当の本人は嬉しそうにはにかみ、霞の横に立っていた瑠夏はむっと頬を膨らませた。悠人はそれを横目に教室に入っていく。それに続いて瑠夏と霞もついてきた。……周りの視線が痛い。主に男子の。射殺すような視線が痛い。
「あ、ツナくん! 久しぶり!」
と、瑠夏が国綱を見つけると手を振って走っていった。霞もテトテトと瑠夏について国綱のところへ歩いていく。国綱も瑠夏たちに気づいたのか嬉しそうに談笑しているのが目に入る。
悠人は自分の席に座ると、弁当箱の袋をといて蓋を開ける。箸を取り出すと両手を目の前に合わせた。
「いただきます」
といって弁当を食べ始めた。それと同時に少し強めに教室のドアが開くと、詩織が入ってきた。
「やあ、悠人くん。こんにちは」
「……詩織先輩? どうしたんですか? こんな所に」
『;Blue』で話すことは良くあるが、先輩がわざわざ悠人の教室に来ることは滅多に無かった。故に、少し疑問に思った悠人は疑問を投げかける。それに対し詩織は。
「なに、大したことではないさ。君の幼馴染みというのは今いるかい? 少し話がしたいのだが……呼んでもらっても構わないだろうか?」
「はぁ、別に構いませんよ。澪華、少しいいか?」
悠人は周りを見て澪華を見つけると、手を振って話しかける。それに気付いた澪華は談笑していた友達に一言断りを入れてこちらに歩いてくる。
「珍しいね、ここで話しかけてくるなんて。それで、どうしたの? 悠くん」
「いや、詩織先輩がお前と話したいって……ん?」
ふと二人に視線を向けると、いきなり詩織先輩と澪華がお互いに睨み合っている。火花が散っている様に見えるのは俺の気のせいか? ……気のせいだと思う。え? 違う? え?(メタパニ中)
「……へぇ、君が悠人くんの幼馴染みか……」
「……そういう貴女は誰ですか?」
「私は風紀委員の委員長の雨宮詩織だ。“よく”悠人くんに“相談に乗ってもらっている”」
詩織先輩が『よく』と『相談に乗ってもらっている』の部分を妙に強調して言う。すると澪華が笑顔のまま悠人の方を向いた。目が全く笑ってない……怖い! 怖いぞ澪華! 目のハイライトさん仕事して!
「悠くん、どういうことかな?」
「いや……どういうこと……って言われても……その……すみません」
謝ってしまった。
澪華が問い詰めるように聞いてくるが、それに対し言葉を濁して答えると、そのまま澪華が詩織先輩の方を向く。また睨み合いが始まった。マジで火花が散ってるように見える。
……なんで睨み合ってんの……。
と、悠人は大きくため息をつきながら地面を向いた。
するとそこには見慣れた教室の地面ではなく、
光輝く魔法陣があった。
「っ!?」
俺が一番最初に気付いたのだろうか、他の奴らは気にせず話を続けていた。ゾクリと背筋に悪寒が走る。嫌な感じだ。
悠人はとっさに椅子から立ち上がり、ドアの前へとダッシュ。澪華や詩織先輩たちを外に出すために教室のドアを開こうとする。
「なっ!?」
しかしドアはピクリとも動かなかった。
「クソッ! どうなってんだ!?」
悠人は焦って声を張り上げた。
悠人の行動を怪訝に思ったのかクラスメイトたちが悠人へと視線を向ける。それと同時に、地面にある魔法陣に気づきたのだろう。教室が喧騒に包まれる。
「なにこれ!」
「魔法陣……?」
「……これって……
クラスメイトたちがそれぞれ慌てふためいていると、地面に刻印されている魔法陣が一際明るく輝き、教室が光に包まれた。
体に掛かる重力が無くなり、意識が光に塗り潰された。
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