不条理と日常と:1
2016.3.11
もう一度書き直すことにしました。出来次第順次投稿していくので、見ていってください。
この世界は、理不尽で、無慈悲で、偏頗で、汚れていて、歪んでいて、間違っていて、
『不条理』で、出来ている。
例えば、
『誰でも幸せに成れる』ことは『誰かが不幸に成る』と同義であり、
または、
誰かが『アタリを引く』のなら『誰かがハズレを引く』ことであり、
或いは、
誰かが『上に立つ』のならば、誰かが『地を這う』ように、
つまり、
誰かが何かを『得る』ならば、誰かが何かを『失う』ように、
そういう風に、出来ている。
そういう風に、成り立っている。
成り立って、しまっている。
『それ』は、
金属同士を叩きつける硬質な音と共に鋭利な八本の足を地面に突き立てる。
『それ』は全長三メートルをゆうに越える程の巨体を持ち、
ギョロリと。獲物を嘲笑うかのように蠢く黄色い瞳は血で滾り、
剣の如く鋭い足は生理的な嫌悪を催す黒と黄色のコントラスト。
燃え盛る炎を掻き分け、青白く光る燐光を反射する大きな爪には大量の血が媚り付き、
黄色に染まった牙を伝って、糸を引きながら滴り落ちる唾液は大地にシミを作る。
『それ』に対峙するのは、まだ二十歳にも届かないような、まだまだ幼い、少年だった。
少年は、『それ』から逃げようとして地面を這っていた。
頬に感じる冷たい地面とは裏腹に、体に灯したのは熱。それも、人を暖める炎ではなく、体を蝕む地獄の焔。
――熱い。熱い。熱い。あツイ。アツイ。
体に灯したその熱は、
圧倒的なまでの力の差、
不条理に蹂躙される、自らの弱さ。
それらに押し潰されるようにして口から漏れたのは、絶叫ではなく、血塊だった。それを境に、ボロボロと砂を握り潰すようにして体が壊れ始めた。
――ああ。そうか。
指を一本でも動かせば、身体中を体内から獄炎で焼かれるような激痛が走る。
腹からとび出るのは、赤黒く、青白い、一定の時間で脈を打つ、ぷよぷよとした臓物。
右腕はカサカサと水分を失ったした炭だ。既に感覚は無く、風が吹くだけで腕は壊れていった。
口から溢れ出るのはドロリとした血。舌で感じるのは鉄の味。息を吐く代わりに出てきたのは真っ赤な鮮血。
――これ全部、俺の血か。
今までの思い出が、一瞬の内に流れ出す。楽しかったことも、悲しかったことも、苦しかったことも、
全て、一瞬で流れていった。
既に、死神の鎌も首に添えられている。
チェックメイトと、嘲笑いながら、
死神が、鎌を振り下ろした。
もう一度繰り返すが、
世界は『不条理』で出来ている。
故に、幾ら手を伸ばしても平穏には届かない。
ジリリリリリッ! と少年の耳元でけたましく目覚まし時計が鳴り響いた。ヨロヨロとベッドに潜ったまま手を伸ばして目覚まし時計を止める。
「……朝、か」
と、呟きながら上半身だけ持ち上げるボサボサ髪の少年。布団を退かして立ち上がると、地面に置いておいたスリッパを引っ掛けた。そのまま窓にかけられていた遮光性のカーテンを開く。
「……朝、だな」
窓からさしこむ朝の陽光に目を細めながら少年――神崎悠人は呟いた。窓を開いて空気を入れ替えると、今まで寝ていた布団を片付け始めた。
シャーと、湯気を立てながら悠人はシャワーを浴びていた。体がスッキリすると同時、頭も冴え始める。
「ふぅ……」
大きく息を吐く。その後、シャンプーの手に取ると髪をゴシゴシと洗い始めた。ある程度洗髪すると、もう一度お湯を浴びて泡を洗い流す。
同様にリンス、洗顔を済ませ、全身にもう一度お湯をかける。
「冷たっ!?」
間違えた。水だった。凄く冷たい。
風呂場から出てるとタオルで全身の水を拭き取り、自室から持ってきた下着と学校指定のブレザーに着替える。壁に置いてあったドライヤーで髪を乾かしつつ、何時ものように伊達メガネをかけた。
一通りの準備を終えた悠人は、風呂場に隣接するしてあるリビングに向かう。ドアを開くとその先には少年の義母である神崎菫が店の準備をしていた。
「スミレさん、おはよう」
「あら、ゆうくんおはよう。起きてきて早々悪いんだけど、瑠夏起こしてきてくれない?」
菫は料理を作る手を止めることなく悠人に声をかけた。それに対し分かった、と軽く頷くと踵を返して階段を上る。
今話していた女性は神崎悠人の義母である神崎菫だ。彼の父親の再婚相手だった。彼の父親の名前は神崎快斗といって自衛隊で教官をやっている。そのためか、滅多に帰って来ることが無く、実質三人暮らしなのである。
階段を上り切ると、自室の隣にある部屋のドア前に立つ。コンコンとドアをノックした。
「おい、瑠夏。朝だぞ」
そういいながらドアノブを捻って扉を開けた。部屋の隅に置いてあるベッドの上で布の塊がガサゴソと動いていた。
「むにゅむにゅ」
よくよく見るとそれは布の怪物なのではく、少し翠がかかった黒髪の少女だった。幸せそうな表情をしながら布団に包まっている。
「起きろ、瑠夏」
と、悠人は少女の肩を揺らしながら起きるように促した。何度か呼びかけると少女もようやく目を覚ました。
「んぅ? ゆうくん?」
ボー、としながら彼の名前を呼ぶこのお寝ぼけ少女は悠人の義妹である神崎瑠夏だ。一歳年下で悠人と同じ高校に通っている。
「そうだ。いいから起きろ、遅刻するぞ」
「ふわぁ~い」
まだ寝ぼけているのか、声が眠たげだった。ガシガシと悠人は後頭部を書くと、
「さっさと着替えて降りてこいよ」
と言って悠人は瑠夏の部屋から外に出た。そのまま朝飯を作るためにリビングに向う。
ガリガリと、ミルがコーヒー豆を挽く音が響く。悠人は冷蔵庫から卵とバター、パンを取り出すと、ナイフでパンを切り分けてオーブンに入れて焼き上げる。
悠人はボウルに卵を入れ、箸で白身を切るようにして溶くと、塩胡椒で下味を付ける。コンロでフライパンを熱し切り分けたバターを落とす。
全体に行き渡らせるとフライパンに卵を投入する。ジュウッと勢いよく卵に火が通り始めた。それを端から中へと巻くようにして菜箸で混ぜ合わせる。
ある程度卵が半熟状になったのを確認すると、一気に卵を端に寄せフライパンの持ち手を叩いてオムレツの形を作り上げ、皿に移す。同様にこれをもう一つ作る。皿に移すと同時にオーブンがチンッという音が鳴り、トーストも皿に移した。
箪笥から珈琲の豆を取り出してミルで挽くとロートにフィルターを固定させ、フラスコに規定量より二割程多めのお湯を入れる。フラスコの外の水分を拭き取ると火にかけ、フラスコのお湯がロートに上がりきったら竹べらでお湯と珈琲をまぜあわせる。
火を消して三十秒ほど経過したのを確認するとフラスコからカップに珈琲を注ぐ。
朝食をテーブルの上におく。すると時を見計らったかのように、瑠夏が下に降りてきた。
「瑠夏~、朝飯できてんぞ」
「待ってました~」
朝飯が出来たことを伝えると、瑠夏は椅子に座って、
「いやぁ、美味しそうだねぇ」
「いいからさっさと食え」
そう急かしながらも悠人は手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
瑠夏はトーストを手に取り、ジャムを塗る。それを傍目に見ながら悠人はバターを取ると、トーストに塗りたくる。バターを塗ったトーストを口に運び咀嚼する。……ふむ、相変わらず旨いな。
「ゆうくん、もうすぐ期末テストがあるよね」
「ああ、そうだな」
悠人は箸でオムレツをつつきながらもそう返す。
「私にテスト勉強、教えてください!」
オムレツを食べ終え、カップに注いだ珈琲を口に運びながらそれに答える。
「店の手伝いが終わったらでよかったら見てやるよ」
「本当? やったぁ!」
瑠夏は嬉しそうにそう言うと、急いで朝飯を口に放り込んでモグモグと咀嚼する。
「ではゆうくん、わたくし、神崎瑠夏行って参ります!」
「おう、行ってらっしゃい」
悠人は瑠夏を見送った数分後、食後の珈琲を飲み終わると学校に向かっていった。
❇︎❇︎❇︎
ガラガラと音を立てながら教室のドアを開く。すると一瞬、視線が悠人の方へ集まるが、直ぐに興味を失ったかのように散っていった。
「お、来たか悠人! ちょっと来てくれ!」
そう言って悠人を読んだのは如月国綱。クラスでは唯一無二の男友達で神崎悠人の幼馴染みだ。
「どうした?」
悠人の席は国綱のすぐそばなので荷物を置きにいく次いでによると、国綱は頭をガシガシと掻きながら、
「いや、ここの問題が分かんなくてさ……」
そう言うと国綱は悠人に問題集を見せてきた。それを見ると悠人は、
「ああ。この問題は先にXを囲わないととけないぞ」
「お、そうか。サンキューな」
そう言うと国綱はノートに問題を再度解き始めた。
「にしてもよう、悠人」
「ん、なんだ?」
「今さらだけどよ〜おめぇ、どうしてメガネなんかつけてるんだ? それ伊達だろ?」
国綱は不思議そうな表情でそう聞いてきた。これか? と悠人はメガネに触れながら、
「ああ、それは澪華に『このメガネ付けといて。お願いっ!』って言われてな」
「なんで?」
「いや、知らん」
「……その時、篠崎さんどんな表情だった?」
「なんというか、こう、必死な感じだったな」
と、その時のことを思い出しながらそう返した。
たしかその時は悠人がからかわれて告白された次の日のことだ。
たしか澪華に呼び出されて、必死になって伊達メガネを着けるように頼んできたんだっけか。
今思えば一体何故なんだ?
「いや、それはよぅおめぇ。篠崎さんはお前のことが好きなんだよ」
国綱の一言で現実世界へと引っ張り出される。
「まさか、俺のことを? あんな文武両道、頭脳明晰の美人が俺なんかを? ははっ、冗談よせよ。タチが悪いぜ?」
悠人がそう言うと国綱は訝しげにこう聞いてきた。
「……お前、自分のことをどう思ってるんだ?」
「全てにおいて平均ぐらい」
即答だった。
「……いやそれはねーだろ。じゃあさ悠人、お前ってテスト前何してる?」
国綱はやんわかに悠人の答えを否定すると、質問を再度ぶつけてきた。
「お前や瑠夏に勉強教えてんだろ」
「……お前それで全科目九十点以上とってんの? ……体力測定で国内順位何位だった?」
「五位。それでもまだ親父には勝てないな」
「おおう……」
そんなたわいもない? ことを話しているとガラガラと音を鳴らしながら、教室のドアが開いた。
そこにいたのは一人の少女だった。
腰まで届くシルクのような黒髪。ほんの少し垂れ気味の瞳は夜空のような黒、スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、さらには綺麗な桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。尚且つプロポーションも出るところは出ており、引っ込むところは引っ込んでいる。正に黄金比である。
更には頭脳明晰、スポーツ万能で男女両方から共に人気が高い。 告白された回数は三桁を越えると言われており、その全てを断ってきたという伝説を持つ。
彼女の名前は篠崎澪華。神崎悠人の幼馴染だ。
クラスの女子たちが澪華を認識すると同時に挨拶が飛び交う。
「篠崎さんおはよう!」
「おっはー!」
「おはようございます」
澪華は自分の席の近くの友達に挨拶を返す。荷物を片付けて自分の席に座ると、文庫本を読み始めた。
数分後、予鈴がなると澪華は文庫本を片付けて一限目の教科書を取り出す。
何時も通りの、平穏な日常の一コマだ。
キーンコーンカーンコーンと如何にも合成音声っぽい鈴の音が授業の終わりを知らせる。それと同時に、
「悠人! 勉強教えてくんねぇか?」
と、国綱が手を振りながら駆け寄ってきた。
「悪い、今日、家の手伝いしないといけんから」
「そっか……」
悠人の返答にガッカリといった感じでそう言う。余りのオーバーリアクションに悠人も苦笑いだ。それを見て笑いながらじゃーなー、と挨拶を告げながら国綱は教室の外に歩いていった。
それを見送った悠人はバックの中に必要最低限の物を突っこむ。下駄箱でローファーに履き替えると、家に向かって帰っていった。
ここで彼の家が何をしているのか言っておこう。悠人の家はカフェテリア『;Blue』を営んでいる。彼は週に5回ほど店の手伝いをしていおり、手前味噌だがそこそこ有名で、雑誌で紹介されたりもする。悠人の通っている高校の生徒もお手頃な価額で美味しい珈琲を飲めるということで良く来ていたりする。
ということで悠人はバイトをしに家に帰っていった。
家に着くと裏口から入ると、ブレザーを脱いでハンガーにかけて片す。
洗面所で顔を洗うと、タンスから整髪剤を取り出す。一掬い手に取ると満遍なく伸ばして髪を弄り始める。身だしなみの整えが終わると黒を基調とした喫茶店の制服に着替える。
一通りの準備を終えると、厨房のドアを開ける。裏方で仕事をしている母さんに話し掛けた。
「スミレさん、俺がでるよ。バイトの人に上ってもらって」
「ああ、ゆうくん。いつもごめんね。じゃあ宜しく」
菫は手際よくフライパンを動かしているのを見て悠人は、
「了解」
と短く一言返し、悠人はカフェに繋がっているドアを開いた。
カフェは喧騒に包まれていた。
「すいません、注文いいですか?」
「あっ、はい。承ります」
「カプチーノ、イチゴのショートケーキを一つずつ」
「あ、私はアメリカンにモンブランを」
「ご注文を繰り返させていただきます。カプチーノがお一つ。アメリカンがお一つ。イチゴのショートケーキにモンブランを一つずつでよろしいでしょうか?」
と、注文の確認を取る。
「大丈夫です」
「それでは少々お待ちください」
最後に一礼をするとカウンターに戻って今朝焙煎しておいた珈琲豆を取り出す。
片方をエスプレッソマシンに入れると、置いてあるドリッパーに適量の豆を入れる。最初に熱湯を少し注いで三十秒ほど蒸らし、熱湯を『の』を書くようにいれていく。ドリッパーのお湯が完全に切れる前に取り出すとカップに珈琲を注ぎ、抽出が終わったエスプレッソに泡立てたミルクを注ぐ。
次に冷蔵庫からショートケーキとモンブランを取り出して、お盆に全てのせると、先程の女性客に持っていった。
「失礼します。ご注文のアメリカン、カプチーノ。イチゴのショートケーキにモンブランでございます」
「ひゃい! あ、ありがとうございます」
「それでは、どうぞごゆっくりとお楽しみください」
俺がそう言って頭を下げると、ドアが開いて新しいお客が入ってくる。
「いらっしゃいませ」
「やあ、こんにちは。悠人くん」
「詩織先輩……」
今入ってきた少女は雨宮詩織。風紀委員の委員長で『;Blue』の常連だ。
「そんなに嫌な顔しなくてもいいだろう?」
といって詩織先輩は心外だぞ? という表情でそういった。その言葉に悠人は肩をすくめた。
「で。また俺に相談ですか?」
「ああ」
「バイトが終わってからでいいですか?」
「構わんよ」
「それじゃ、珈琲でも飲んで待っててください」
そういって、悠人は仕事を再開した。
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