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古希の星  作者: 千路文也
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062  全てを犠牲にする覚悟


 メジャーリーグでは開幕直後から怪我人が続出している。調整不足なのも原因の一つとして考えれるが、それ以上に自分の力量があまりにも高すぎて身体がついていけないのだ。メジャーの一線で活躍する選手はどれもこれも才能の塊だ。強靭なフィジカルを持っていて不調なんぞお構いなしにと全力でプレーする選手ばかり。疲労が蓄積されているのに必要以上に頑張って怪我をする選手が多数を占めている。そんな怪我ばかりのリーグにおいても30年以上前線で闘っている古希の野球選手がいた。それこそが鬼崎喜三郎だ。60歳から61歳までの間、かつて在籍していた阪海ワイルドダックスという日本のチームでプレーしていたが、野球人生のほとんどをメジャーリーグで過ごしてきた。前人未到の20年連続40ホームランを放ち、日米通算でも1000本ホームランを超えている。さすがに今では力も落ちて長打力は無くなっているが、それでも尚、中距離打者としてのパワーは健在だ。70歳を過ぎても怪我をせずにメジャーで闘える。これが鬼崎喜三郎の強みだった。生涯現役を掲げて寡黙に生き続ける野球人生。財産は10兆円を超えていると言われているが、支出など全く無い。ニューヨークの一等地にマンションを借りているので月に何百万円の家賃を払うだけだ。税金も日本と比べれば圧倒的に安い。金の使い道など協会や貧しい子供達に寄付するか、衣食住だけだ。余計な金など使わないのが鬼崎の流儀だとも言える。チームメイトの一人にコンガーという選手がいる。彼は200センチを超える巨漢で最速155キロのツーシームと変幻自在の変化球を使ってメジャーのバッターを薙ぎ倒す豪快なピッチングをしている。そんなプレー精神は日常生活でも遺憾なく発揮され、カジノ、女遊び、不動産、株などの豪遊を繰り返している。既にビール腹をしている中年だが、知名度と金があれば自然と女にモテてしまう。だが、そんな豪快な人生を送っていれば怪我とも無縁でいられなくなる。彼は既にシーズン中に何度も怪我をして靭帯が擦切っている。全盛期には162キロを計測していたツーシームも今では155キロに落ち込んでしまったのだ。それでも昔よりかは投高打低の時代にあるので防御率は見れる数字になっている。昔はコンガー程の大投手でも防御率2点台や3点台が当たり前の時代だった。年間通して防御率1点台をキープする投手など奇跡に近い割合だ。それぐらい、ホームランや打率が桁違いの時代があった。その中でも安定とした成績を叩き出せたのはストイックな日々があったからだろう。純粋無垢な昔を思い出して欲しいとコンガーには熱い視線を送るが、彼はもう昔の彼では無かった。破天荒な日々を過ごして自己管理の欠片も見受けられない。メジャーリーガーの誇りは何処に行っていってしまったのか、鬼崎自身も溜め息を出さざる終えない。とは言っても、時間は無限じゃない。162試合を闘う中ではダブルヘッターなど当たり前の世界だ。鬼崎は午前の試合に出場して4打数4安打の固め打ちを披露していた。1打席目にはセンター前にヒットを放ち、2打席目、3打席共にサード強襲ヒット。そして4打席にはチームの勝利を確定させた満塁打を放ったのだ。これだけの活躍をしても、鬼崎の満足感は満たされない。彼が満足するのはあくまでもチームの勝利のみのだ。自分だけが活躍して満足しているようではプロとして失格だ。そう自分に言い聞かせながら午後の試合に臨んでいた。今回先発する投手はモース・ロースと呼ばれる男だ。去年サイヤング賞を獲得して波に乗っている期待の若手だ。メジャーリーグでは珍しく綺麗な真っ直ぐとシュート方向に曲がるツーシームを使い分けている。中でもメジャーリーガー達はフォーシームに苦戦していた。球速も150キロを超えていてコントロールも抜群だ。フォーシームを光らせるための変化球もあって、マウンドでは無敵砲台と化しているのだ。鬼崎自身も彼との対戦成績は46打数12安打と完全に押し負けている。150キロを超えるストレートにも滅法強い鬼崎だが、鋭い変化球が混じってしまえば別だ。緩急をつけられて凡打や三振に終わるのが大半だ。しかしだからと言って諦める分けにもいかない。勝負の世界に身を投じているだけあって負けず嫌いな気持ちは人一倍である。それは70歳を迎えて古希に突入した今でも変わらない。気持ちだけは純粋無垢な小学生時代と何ら変わらないのだから、求められる仕事を着実にこなしていくだけだ。70歳を迎えると以前のような体調管理では不十分なケースも多々見受けられる。プライベートを全て犠牲にして野球に集中するぐらいの気持ちじゃないと、とてもじゃないが試合には臨めない。逆に言えば、それだけの覚悟があればメジャーリーグでも怪我なく闘えるのを意味している。全てを捨てる覚悟。それが有るのと無いのとでは天と地ほどの差があると鬼崎自身も身を以って知った。だからこそ、鬼崎は結婚もせずに女性関係も無く野球だけに集中してきた。その結果、家に帰っても電気が真っ暗なのだが。



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