BARですけど何か?
BARはお洒落な場所だ、だからそこに居る人間もお洒落でなくてはならない。
「ここですか、先輩が言ってたBARって」
「そうだぜ」
大学から少し離れた所にある小さなBAR「トゥルーネーム」。
「気をつけろよ、ここはお洒落な奴しか入れないからな」
「だから何時もジャージ姿なのに今日はロゴ入りのジャージ何ですか?」
「俺の私服の中で一番お洒落なやつだぜ!」
この先輩はなんで何時も俺の腹筋を崩壊させようとするのだろうか、かなり疑問である。
先輩の言葉に適当な相槌を返して居るとき、カランカランっと扉が開く音がする。
「いらっしゃい……ってまた貴方?」
「どうも!マスターまた来たよ、今日こそは中に入れてもらいに来たよ」
先輩がマスターと呼んだ女性はチョークを片手に微笑んでいた、がしかし先輩の姿を見るなりため息をこぼした、その気持ちは痛いほどわかる。
「却下」
「何故だ!」
「毎回毎回来る度に言ってる事だけど、ジャージ姿の奴を店内に入れる訳ないでしょ……」
マスターと呼ばれている女性は自分達に背を向け屈むと扉の近くに立て掛けている黒板にチョークで文字を書いている。
「馬鹿な!これはとある有名ブランドのジャージなのに!?」
「ジャージの時点でアウトに決まってるじゃない、連れの坊やは中に入っても構わないわ」
マスターと呼ばれている美人は立ち上がると、一人騒いでいる先輩を入り口に放置し、俺を中へと案内した。
「いらっしゃい、ようこそトゥルーネームへ」
中は思いのほか暗くはなく、お客さんの年齢の幅は結構広い。
上はおじいちゃんレベルのご老人、下は赤ちゃんまで居る、勿論両親と一緒だ。
「どうしたの?」
「いやっ……結構人が居ますね、駅や大学から少し離れて居るのに」
「友達や知り合い、そのまた友達や知り合い、そうやってドンドン増えていったのよ」
「そうなんですか」
マスターは嬉しそうに目を細めていた。
確かにBARはとても暖かい雰囲気に包まれいる、今まで考えていたイメージががらりと変わった、一言で言えば家族のような感じだ。
「それじゃあお客さん、お飲み物は何に致しますか?お酒の種類は結構豊富ですよ」
マスターはカウンター越にこちらを見る、その時のマスターの顔に俺は一瞬にして心を奪われた。
顔が赤くなるのを隠すためにメニュー表に顔を向ける。
「じゃあ……」
数秒間メニュー表と睨めっこしてからマスターに告げた。
「未成年なのでジュースで!」
「お帰りは此方です」
どさりと入り口前の床に捨てられる。
「何するんですか!」
服に付いた埃を払い立ち上がる。
「子供がいっちょ前にBARに入るんじゃないよ、お酒も飲めないくせに」
「先輩に連れて来られたんですよ!」
「たくっ……また来年、二十歳になってから来なよ」
「二十歳にならないと来ちゃ駄目ですか?」
「来たってお酒飲めないんだから」
「……分かりました」
こうして俺のBARデビューは失敗で幕を閉じた。
この日の成果は俺がBARのマスターに恋をしてしまった事ぐらいだ。