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贈り物ーjewelー  作者: 美谷咲夢
番外編 贈る者
9/11

第4話 目隠しの挨拶

 時は流れ、季節はいつしか秋になった。

 仕事のお供はアイスコーヒーから紅茶に変わっている。冷えたグラスの周りについていた水滴は暖かな湯気になっていた。


「出来た……!」


 テーブルの上には紙が1枚。紙には丁寧に色が塗られた絵柄が描かれている。

 締め切りがまだまだ先のものだが、結構はかどったため、出来上がってしまった。

 以前なら3日前にギリギリ仕上げるというような真似をしていたというのに。


 机の左側には鉛筆と消しゴム、数本の色鉛筆が転がり、消しゴムのかすも散らばっている。

 僕はぐっと伸びをすると机の上を片付け始めた。仕事が一段落して片付けをするのは、それほど嫌いじゃない。


 こんこん


 暖かい木の音。聞き慣れたその音が響く度、僕はほっとする。


「どうぞ、入って」


 色鉛筆を缶に入れて整理し、次に書くときのために鉛筆を削っておく。

 一本削り終わっても、ノックの主は現れない。確かにノックの音を聞いたんだけど。

 ……遅すぎるな。空耳、だったかな。


「うわっ」


 突然視界が暗闇に閉ざされる。あと数秒声がかかるのが遅かったら、僕は焦ってパニックになるところだった。


「ったく、不用心なやつだな。お前、強盗がノックしてもどうぞって言うのかよ」


 そう言って笑ったその声の主は悠翔だった。これまでにもいたずらのような挨拶はいくらかあったけど、目隠しが挨拶っていうのは初めてだ。


「強盗はノックなんてしないだろ。斎藤さんだと思ったんだよ」


 おかげで視界がちかちかする。それに、なんでわざわざノックの音に警戒しなきゃならないんだ。


 目をこすって苦笑する僕をよそに、悠翔は勝手にベッドに腰掛けてあぐらをかいている。

 少し恨めしげに彼を見つめると、彼はその視線に気づかないふりをして机の上の紙をのぞきこんだ。


「お前、また出来たのか、デザイン」


 たずねてくるその声にいつものふざけた調子はなく、純粋に驚いているようだった。

 うん、と言って僕はまた自分のデザインを眺める。悪くない。それどころか、結構いい感じじゃないかと思う。この分だと一発OKが出るんじゃないかな。


 ピンクゴールドのボディにクリスタルをうめこんだピンキーリング。

 ピンキーリングとは小指にはめるリングのことを指すが、右手にはめるか左手にはめるかで少し意味が変わってくる。

 右手の小指は表現力を豊かにし、自己アピールをしたいときにリングをつけるといいと言われる指。

 左手の小指は変化とチャンスの象徴の指と言われ、願い事を成就させるにはぴったりの指だ。

 お守りの意味をもつクリスタルをつけるには右手の小指にぴったりだし、このデザインが世に出るのは来春だからチャンスを掴みたいと願っている人々にもぴったりだろう。

 そう考えて描いたデザインだ。


「……お前さ、パーティー行くようになってから、はかどってるよな」


 確かに、そうだと思う。

 あの日、ふと参加したパーティーで龍宮さんに出会った日から、僕は招待を断ることがなくなっていた。

 パーティーも、悪くない。そう思い始めたからだ。

 パーティーに参加してからは、いいことばかりだ。

 斎藤さんは喜んだし、大人になってからは減っていた悠翔に会える機会もまた増えた。もちろん食事もおいしい。それから、いろんな人と話したり、素敵な料理やその会場の装飾品、あるいは会場までの自然に触れることで、僕のデザインの幅は広がり、僕の作品は業界からの評価をぐんとあげた。

 そうだな、と頷くとまた扉がノックされた。


 こんこん


「はい、誰?」


「斎藤です。紅茶をお持ちしました」


「あぁ、ありがとう」


 さっきの悠翔との会話が無意識にそうさせたのか、僕は自然にノックの主に誰かとたずねていた。

 全く、この家に僕の部屋を訪ねるような人はそういないというのに。食事のときや客人などが来たときに知らせに来る斎藤さんくらいだ。

 もちろん、簡単に強盗などが侵入できるほど、セキュリティが甘いことはない。

 斎藤さんは僕たちの方には目を向けず、テーブルに紅茶を2つ置くと頭を下げて出ていった。


「お前さ、好きな人いる?」


 僕は紅茶に砂糖をいれる。ストレートで紅茶を飲んでいる悠翔とは違って、僕は甘党だ。


「ん?」


「だから、お前に、好きな人がいるかって聞いてるんだよ」


 やっと頭が追いついた。どうも、悠翔は恋愛の話をしたいらしい。


「悠翔、好きな人でもできたの?」


 気を利かせて聞いたつもりが、悠翔は大袈裟にため息までついてきた。

 え、なんでそこまで呆れられなきゃいけないんだ?


「前から思っていたが、お前相当鈍いな。さすが、山のように女を泣かせてきただけあるぜ」


「誰が女性を泣かせただって?」


 ただの一度も女性を泣かせたことはないし、それどころか女性と話すことも少ないというのに。

 俺の方が泣かせてるか、と前髪をさらっとさわると悠翔は少し咳払いをして、姿勢を正した。


「紀洋。ひとつ提案というか……報告だ。いや、提案するつもりだったんだが、その……」


「いいよ、とにかく何か分からないから聞かせてくれ」


 申し訳なさそうな顔をして彼はごめん、と言った。

 悠翔が申し訳なさそうな顔をしているだけでも珍事なのに、その彼がごめんと言うとは何事か。


「お前、来月に………」


 その先の悠翔の言葉を聞いたとき、僕はまた目隠しをされたときのようにパニックになりかけた。

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