第3話 出会い
「すみません。まだ、ご挨拶ができてないかと思うのですが、少しお時間よろしいでしょうか……?」
その美しく澄んだ声に振り返ると、青いパーティードレスの女性が立っていた。
よく手入れされているのがわかる黒い髪をそのまま下ろし、左耳の上辺りにはきらきらと輝くバレッタをとめている。
まるでその女性全体を包み込むかのようなその輝きに僕は目を奪われた。
「龍宮亜紀です。本日はお忙しいところお越しいただいて、ありがとうございます。……えっと、榊さま、ですよね?」
「名前を覚えていただいて光栄です。榊悠翔と申します」
さっきまでの軽口が嘘のような真摯な言葉遣いと態度に僕は少し驚いた。
やっぱり、会社を継いで大丈夫なのだろうかという疑問は取り消しておこう。冗談が好きな飽き性の少年が、いつの間にか大人になったものだ。
「以前にもパーティーへ来ていただいた方の名前は覚えております。仮にも龍宮家の一人娘ですから」
優しく微笑む彼女はそう言って悠翔と話し込み始めた。
あのバレッタは確実にクリスタルだな、と僕は一人で納得する。龍宮家の一人娘ならそれくらいのものを身に付けていてもおかしくないだろう。
それにしても綺麗なバレッタだ。ただのバレッタだけど、彼女の雰囲気によくあっている。誰がデザインしたのだろう……
「おい、紀洋」
「…えっ?」
目の前にはくすくすと笑う彼女と呆れた顔の悠翔。どうやら僕に話しかけていたらしい。
「すいません、ぼーっとしてしまって」
「いいんです、榊さまからご紹介していただきましたから。三柴定義さまの次男の、紀洋さまですね」
「あ、はい」
「定義さまやお兄さまのことは存じていたのですが…すみません。よろしかったら、これからも来てくださいね」
「はい、ありがとうございます」
気の利いた返事が出来ない自分が情けない。
「では、私はまだご挨拶をしていない方がいますので、失礼します。ごゆっくり、楽しんでください」
そう言って去っていくその後ろ姿。僕の目は彼女から離れない。
周りが厚化粧で豪華なドレスを着飾っているなか、彼女は薄いメイクに、パーティードレスの中でもシンプルな青いもの。確かに美人だったが、放っておけば周りに埋もれてしまうようなそんな雰囲気を醸し出していた。
それなのに、どうして僕の目は彼女から離れない?
そのとき、人混みに埋もれていく彼女の肩辺りでなにかがきらりと輝いた。掌くらいの大きさできらり、と。
ああ、そうだ。さっきまでそばにいたからわからなかったけど、彼女は輝いている。最初にもそう思ったじゃないか。
彼女は輝く空気を身にまとっているように、きらきらと輝いていた。