第1話 坊っちゃま
机の上に広げた真っ白な紙。地面には様々な模様が写し出された紙が散らばっている。
立ち上がって部屋の中をうろつくも、目にはいるのは自分のこれまでの作品ばかり。戸棚には今までに作ったたくさんのジュエリー。本棚には今までのデザインのデータが詰め込まれたファイルがいっぱい。
だめなんだ、今までと同じでは。新しいものをつくりだすのが、僕の仕事。それなのに……
「だめだ、全然出てこない」
部屋の片隅で頭を抱える僕の仕事はデザイナー。それもジュエリーをデザインするデザイナーだ。
有名なデザイナーだった祖父三柴義樹のもとでの修行を終え、自分のブランドがデビューしてからはわりと早くに軌道にのった。今、僕の立ち上げたブランドはそこそこ順調と言える状態だった。
資金は父が出してくれたし、七光りのようで気は進まないが、祖父のおかげでデビュー前から名を知られ、世間にすぐに受け入れられたからというのもある。
とんとん
木製のドアを軽く叩く音。暖かみのあるその音に心なしか安心感を覚える。
「坊ちゃま。少しよろしいですか」
いいよ、と言うと失礼しますという声が聞こえ、斎藤さんが入ってきた。
現れたのは顔にたくさんの皺を刻んだ老執事。僕が生まれる前からこの家に仕えているらしい。
髪の毛は全て白く染まっているし、結構な年齢なんだろうけど、それを感じさせない。背筋はしゃんとしていて、よく笑う人だ。常に笑っているからか顔はくしゃくしゃ。
「その呼び方はやめてって前から言ってるよね、斎藤さん」
「申し訳ありません」
「あんまり坊ちゃまって呼んでたら、昔みたいにじいやって呼ぶよ?」
「私は坊ちゃまに呼ばれるのならどんな名でも結構です」
にこり。そんな、笑われても。どんな名でもっていうのも、ちょっと。
にこにこと笑っていた彼は少し咳払いしてから僕に向き直る。
わかっている。斎藤さんが僕をわざわざ坊ちゃまなんて呼ぶときは、大事な話があるときだ。
今日のおやつとか、明日の服とか、そんなのではなくて、もう少し大事な話。
斎藤さんは一枚の手紙を取り出して僕の方へと差し出した。
「紀洋様。明日の夜、食事会への招待が」
「僕に?」
僕は三柴紀洋。三柴貿易会社の社長、三柴定義の次男だ。長男がいるのであまり縛られることはないが、やはりたまにこのような誘いが来てしまう。
あの着飾った人ばかりがいる場はあまり好きじゃないのだが。それに僕、人見知りだし。
「はい、紀洋様宛に招待状が来ております。」
兄や父の仕事の都合で代理として僕がいくこともある。そのような場合なら断ることは出来ない。しかし僕に来た招待なら……
「息抜きにでも、いかがでございましょう?」
断ってもいいかな、と言う前に斎藤さんが口を開く。
斎藤さんはどうもそのあたりにうるさい。人付き合いは大事にしなさいという。
ちらりと床に目をやるとにこりと笑って続けた。
「デザインの方も、詰まっているのでしょう?なにか刺激を受けてこれば、なにかアイデアが出るかもしれないですよ」
それを言われてはたまらない。反論の仕様がないじゃないか。斎藤さんの言う通り、デザインは詰まってしまっている。
「……分かった。行くよ」
しぶしぶとそう言うと斎藤さんはくしゃくしゃな顔をより一層くしゃくしゃにして笑った。