第2話 妖精たち
戻ったよ、と呟いて部屋の扉を開けると手のひらサイズの黄色いものが頬にぶつかってきた。少し痛いけれどもうそろそろ慣れてきたかな。
彼女が来て約1ヶ月が経つ。
『おかえりっ亜紀様!』
『お帰りなさいませ、お嬢様』
『おかえりなさーい!』……
数々の声がかかるがそれはメイドや執事のものではない。
『今日のティータイム、どうだった?なに食べたの?』
『私が当ててみせましょう……ブラウニー、でございませんか?』
「はずれね。今日はお母様手作りのスコーンだったわ」
私の返答にわっと盛り上がり、罰ゲームなどをして遊び始める彼女たち。……ざっと数えて100人以上。
この子たちは私の友達だ。
大きさは手のひらくらい。髪の毛は赤色、青色、黄色、緑色、白色や虹色など様々。服装もバラバラでドレスやスーツのものもいれば、一枚布を巻き付けたようなスタイルのものもいる。
彼女たちは宝石についている妖精だ。
きっと見えるのは私だけ。屋敷の他のところでうっかり喋ってしまうといろいろと厄介なことになりそうだから私の部屋に集まってもらっている。
同じ部屋で毎日過ごしているとはいえ、数が多すぎて私も全員のことは覚えきれていない。
なにしろこの屋敷には膨大な数の宝石をつかった装飾があるうえ、敷地内には輸出入の際に在庫管理のために使用される巨大倉庫まであるのだ。
出入りしている妖精たちの数を数えるなんてことは不可能に近い。
たくさんいる妖精たちの中でも私と仲が良い妖精は7人。両親や大事な友人からのプレゼントとしてもらったジュエリーについている妖精たちだ。
先祖代々、龍宮家の母親から娘へと贈られてきたリング。中心には大きなルビーがあしらわれ、それを囲むようにダイヤモンドがついている。
ルビーとダイヤモンドの石言葉は永久不変・威厳。会社や家を支える者としての使命や在り方を意識させるために受け継がれている。
そしてこのジュエリーについている妖精のルビーとダイヤモンドはその石言葉にふさわしく、いつも私を正しい方向へ導いてくれるのだ。
昔の友人がくれた蒼いネックレスには、サファイアとアクアマリンがあしらわれている。セットになっていたのはラピスラズリのイヤリングだ。
龍宮という名から連想して、蒼いジュエリーに決めたのだという。
サファイアは高潔・崇高・深い海、アクアマリンは聡明・沈着・勇敢、そしてラピスラズリは愛・永遠の誓い。
この子達は、理知的な雰囲気を醸し出す頭脳派。勇敢で頭の切れるアクアマリンは私のデザート当てなどにも罰ゲームを恐れずに挑戦したりしている。
サファイアの服は穏やかな波のように揺れる瑠璃色の布で作られていて、なにかのデザインに使えばきっと綺麗なものができるだろうと思わず考えてしまうほどだ。驚いたことに、自分で考えてつくったという驚きのセンスの持ち主だ。
そして一番最近手にいれたのがシトリンとトパーズのブレスだ。どちらも11月の誕生石で祖母が先月贈ってくれたもの。
どちらの妖精ともすでに仲良くなることができた。友情という石言葉をもつシトリンは特に人懐っこく、私への挨拶には顔にぶつかってくるという元気な子だ。
騒いでいる妖精たちを横目にベッドへ倒れこむ。
自然にため息が出てしまう。明日のことで、頭がいっぱいだ。
今日は、眠れないかもしれない。
『どうされました、お嬢様』
いつの間にかそばに来ていたアクアマリンが小声で訊ねてくる。
「明日が……ちょっとね……」
『……縁談、でございますか。しかし、相手のお方とは何度か会ったことがあるのでは?』
「えぇ、食事会で顔を合わせたことはあるわ」
でも……人は見た目ではわからない。ちゃんと向き合わないとわかるはずがない。
『私たちがついていきますわ。リラックスして向き合えば、きっとうまくいきますよ』
『安心してください、縁談の席でいたずらなんてしませんからっ!』
気づけば周りには多くの妖精たちがいて、勇気づけようとしてくれている。
私が嬉しいときは共に喜び、悲しいときは共に泣き、不安なときには勇気づけようとしてくれる。彼女たちは、本当に素敵な友達だ。
「そうね……みんながいるなら大丈夫な気がしてきたわ。ありがとう!」
改めてお礼を言うと、急になんですかーっ、今日は素直でいらっしゃいますね、などみんなは照れながら騒いでいた。
みんなのおかげで少しはよく眠れそうだ。
いろいろ悩んだって仕方がない。すべてを受け入れた上で自分なりに楽しく生きていくしかないのだ。