第6話 決戦の日
「もうすぐ出るぞ。準備できてるか」
「もう少し、もう少しだけ待ってください」
下の階から響く父さんの声に、そう言いながらネクタイを締め直す。
寝癖のついていた髪はきちんとセットしたし、スーツにも皺はない。
うん、これで完璧だ。
……おっと、大事なものを忘れかけていた。慌てて部屋に戻り、机の上に飾っているネックレスを身に付ける。
オパールのネックレス。幼い頃から身に付けている大事なお守りだ。
オパールに軽く触れ、扉のそばにある姿見でもう一度変な格好をしていないかチェックすると、僕は走り出した。
大きな国道を進む黒い車の中、斎藤さんはまっすぐ前を向いて運転している。
隣にいる父さんは膝の上でパソコンをさわっていた。会社のことはよく知らないが、兄が経営について父さんと話をしているのを何度か耳にしたことがある。
僕も仕事が出来るようにデザインのための資料は一応持ってきたが、緊張してそれどころではない。
こんな調子で、うまく話せるのだろうか。
「お前はなにも気にしなくていいんだからな」
「え?」
「合わないなら合わないで、断ったっていい。体裁なら気にするな。会社のことはどうにかする」
会社は、少し危ないらしい。ちらりと見えたパソコンの画面がそれを示していた。
確かに、龍宮家とつながりを持てれば、会社は安定するだろう。だが、それを狙って縁談を取り付けたのではない。父さんはそう言いたいのだ。
「……うん、ありがとう」
僕から断るなんてことは、今さらあり得ないよと心の中で付け足しておく。
ポケットで携帯が震えた。
『当たって砕けろ、だぞ』
メールの本文はそれだけ。なんてやつだ。悠翔のやつ、他人事だからって……
というか、元はといえばお前が……
愚痴をずらずらと並べ立ててしまいそうになり、慌てて止める。
人柄は顔に出ると言うじゃないか。今から縁談だというときに、他人の愚痴を言っていいことなんかあるわけがない。
『お前のアドバイス通り、ちゃんとあれもつくったよ』
返信して、携帯をしまうとガラスにうつった自分の顔が目に入った。
大丈夫、顔が整っているというわけではないが、悪いやつの顔をしているわけじゃない。
それに、と僕はひとり悠翔の顔を思い浮かべる。
あいつなりの、応援の言葉だ。きっと。
当たって砕けろ、なんて言えるのは、悠翔が恋愛経験豊富な人間だからというのもあるだろう。
でも、今回の縁談は最初から賭けだ。一度きりのチャンスに死に物狂いでしがみつかない人間の方が、当たって見事に砕け散る人間よりよっぽど滑稽だ。
「つきましたよ」
ご苦労様、と一声かけて車を降りる。
向こうからメイド服をきた年を召しているだろう女性が歩いてくるのが見えた。
スーツの内ポケットにいれたアクセサリーケースに手をやる。
悠翔のアドバイス通り作ったのは、ペリドットを使った細身のブレス。僕の思いの全てを、このブレスに込めた。
亜紀さん。いまからあなたのもとへいきます。精一杯の勇気と、あなたへのこの気持ちをもって。
僕はもう一度心の中で呟いた。
亜紀さん、僕は、あなたが好きです。




