第1話 私の願い
あらゆるところで輝く色とりどりの宝石たち。
赤ワインを光に通したかのような赤、海のように深い青、葉が生い茂る森林のような濃い緑や神秘的な輝きを放つ紫など。
さまざまな色が視界いっぱいに広がり、私の目の前は常に鮮やかに彩られている。
廊下の中心に敷かれた紅い絨毯の縁には小さなルビーが深紅の輝きを放ち、それぞれの部屋へと通じるドアの鍵穴には鋭く光るアメジストが埋め込まれている。
真っ白な大理石のタイルがしきつめられている床や壁にはところどころ装飾タイルもまじっており、上品に彫りこまれた模様と共にダイヤモンドがあしらわれている。
その他にも大階段の手すりやフロアライトなどへも惜しみ無く装飾が施され、屋敷はとても華やかだ。
外装ももちろん、申し分無い。赤レンガの壁にわずかに蔦が絡み付いてはいるが、それすらもこの館の歴史を感じさせるような荘厳な雰囲気である。
どうしてこの屋敷が、このように豪華絢爛たる存在であるか。
その問いへの答えは簡単なもので、ここが龍宮一族の住まいであるから、というものが最も適切だ。
龍宮家は古くより宝石を売りその名を知られてきた一族であり、今ではジュエリーブランドのプロデュースまでもを手がける大企業を経営している。
そして遅めのティータイムを終え、自室に戻ろうと屋敷内をゆっくり散歩している私は龍宮亜紀。龍宮家のひとり娘だ。
宝石のおかげで輝く空気の中をゆっくりと進みながら、私は隣を歩く初老のメイドに呟く。
「ねえ。私……明日の縁談、うまくやれるかしら」
縁談の相手はジュエリーデザイナーの三柴紀洋さん。
食事会などパーティーで何度か顔を合わせたことがあるのみで、言葉をかわすのは初対面の挨拶の時以来になるだろう。
彼は南アフリカの方との貿易をうけもつ三柴貿易会社の社長の次男だ。
会社に直接関わる仕事をしていないとはいえ、私たちが結婚すれば双方の家にとって利益しか生じない。明らかな政略結婚だ。
なにかひどい失態をしでかさない限り、本人たちの意思とは関係なく縁談は成立するだろう。
でも、もし叶うのならば彼と恋に落ちたい。結婚はやはり自分が愛する人としたい。三柴紀洋という男性がどんな人なのかは知らない。相手を選べないのはこの家に生まれた自分の運命だが、それくらいの望みなら……
そう考えるのは女性として普通のことではないだろうか。
「きっと大丈夫ですよ。もし不安なのでしたら、お守りにお気に入りのジュエリーをつけていかれてはいかがですか?」
彼女は優しい目でそう言い、そっと微笑む。
「亜紀様、本日の御夕食はいつも通り19:00頃にございます。またお声かけに参りますね」
ありがとう、と答えるとでは失礼します、と頭を下げてメイド室の方へと去っていった。
明日はどのジュエリーを連れていこうかしら、と考えながら自室までの廊下を進む。
近づくにつれて少しずつ空気の輝きが増していくのがわかる。私の視界を彩る色とりどりのキラキラとした光はどんどんと強く眩しくなった。
それは気のせいでも錯覚でもない。ただ、私以外に見える人はいないのだろうけど……