95.運動会
「ぅ……うん」
朝日が部屋を照らし、澄んだ空気は肺を綺麗にする。
雪音来訪から数日、やっとかというべきか、土曜日になった。
「……平和だな」
なんか、これ以上に無いくらいいい朝だった。
目覚めも良く、涼しく、静か。
最近煩くなり始めてたこのアパートではとても貴重だ。
「……しっ!」
折角起きたのだ。とりあえず飯を食う事にした。
・・・
・・
・
「さーてと、何を作っかな」
朝は軽い物がいいな。
何かで朝はいっぱい食べた方がいいとか聞いたけど、俺は朝から重いものよりささっと食える軽いものがいい。
「……サンドイッチ、かな」
これならバリエーションも増やせて味も楽しめるしな。
さーてと、冷蔵庫から材料を取り出して……。
「あら」
「ん? あ、冷華さん」
珍しい。
普段はなかなか起きない妹に四苦八苦しながら住人の中でも最後の方で起きるのに。
そこで気付いた。
今日は、いつも一緒に起きる紫がいないのだ。
「どうしたんすか? こう言っちゃあれですけど、こんなに早く。珍しいっすね」
「ええ、まあ。今日はちょっと行事があって」
「行事……ですか?」
予定ではなく行事がという当たり、紫の学校で何かあるんだろうか?
「ええ。今日はその運動会で」
「ああ〜……」
もうそんな時期か。
夏休みもそういや近いな〜。
「まあそれで、お弁当作らなくちゃいけないので」
「なるほど。紫を起こさずに起きてきた、というわけですか」
「ええ、そういう事になりますね」
紫が、か。
そういや運動会というのも懐かしい。懐かしいな騎馬戦。そういえば一葉高校の運動会っていつだ。
「それにしても弁当ですか……あ」
「どうしたの?」
「あ、ああいや。今からサンドイッチ作ろうと思ってたので、それはどうかなと」
「いいの?」
「あ、はい。材料も結構ありますし、作るのもあまり手前じゃありませんし。なので冷華さんはおかずでも作っててください」
「ありがとう。助かるわ。去年とかも作るの結構苦労してたのよ」
苦笑気味に答える冷華さん。
紫はそんなに食べるのだろうか? まさか九陰先輩ほどではあるまい。
まあ、いいか。
・・・
・・
・
「っし、出来た!」
BLTサンドやカツサンド、ハムサンドにミックスサンドにツナサンドなど、サンド尽くし!
さらにはデザートにも生クリームと果物を使ったのも作ったぜ!
「ふう、満足」
最近、料理作ってる間が唯一の安息になってる気がする。
でもまあ、満足のいく出来となったので良しとするか。
「うん、美味しい」
「よし、言い訳は聞いてやる。そこに正座しろ」
突如現れた九陰先輩さえ居なければ本当に気分がいいまま終われたと思う。
「ふっ、紅。前提が違う」
「……なに?」
「食べ物あるところに私あり」
「よし、今すぐ吐け」
理屈がおかしい。
「紅くんもやられたのね……」
「も、てなんですか。も、て」
「去年もやられたのよ……」
「……冷華さん」
きっとその時は絶望的な量を食われたのだろう。
「たく、……て、作ったうちの半分消えてるじゃねえか!? これじゃあ住人分足りねえよ!」
「ゴチ」
俺は容赦無く顔面を殴った。
「……いひゃい」
「あんたが一番知っているはずだ。食べ物の恨みは恐ろしいと」
「こ、紅くん。暴力はダメよ」
「いいや、こういう奴は一度ちゃんと躾けるべきなんです」
「……躾ける? 犬?」
そう言うと、何か思いついたのか部屋へと戻って行った。
「何だったんだ?」
「まあ、私の分朝食を抜けばいいので」
「……俺の分も抜きますよ」
「わひゃしのぶんもひゅいてひいよ(私の分も抜いていいよ)」
「おお、それは助かる」
しょうがないので残った材料で追加分を作ろうと……。
……ちょっと待て。
何だ今の変な声は。九陰先輩は上に行ったはずだ。
そもそも、“何故さっきよりサンドイッチが減っている”!?
「誰だ!」
「ひゃい」
声のした方向を見る。そこには……これでもかというぐらい、頬をパンパンに膨らませた紫がいた。
俺と冷華さんは呆然とこれを見ていると、紫はごくんと口の中の物を飲み込み、
「お姉ちゃんいるところに私あり」
ゴスッ、と音が鳴る。
「いったーい!? ちょっと! これから戦地へ赴かんとする戦士になんてことするのよ!!」
「何が戦士だ! 兵糧を空にすんな! 住人の朝飯分もあったんだぞ!」
「残念だったわね!」
ゴスッ、ともう一度鳴った。
「お、お姉ちゃ〜ん!」
泣きながら自分の姉へと行く紫。
くっ、無闇に攻撃出来ん。
だが、冷華さんは冷静に
「あなたが悪い」
「が〜ん!! お姉ちゃんに裏切られた!!」
ちゃんと紫の比を認めた。
頼みの綱の冷華さんに言われたのは、予想以上にダメージが大きかったらしくその場に座り込んだ。
「うぅ、しめんそかなのです」
「……四面楚歌って、意味わかって言ってるのか?」
「よくわかってないけど、こういう時に使うんだよね! しめんそか!」
「急に元気になるなうっとおしい」
「お姉ちゃ〜ん」
「はいはい。あなたが悪いからね」
「が〜ん!!」
というか学習せんのか。
あまり話す機会が無いからわからんかったが、もしかしてこいつって
「バカじゃないもん!」
「心読むな! というか先読みするな!」
……う〜ん。参った。
「流石におかずだけは嫌っすよね……」
「ええ、まあ……」
……しゃーない。
「なら、午前中のうちに材料買って、昼に届けますよ」
「いいの? そこまでやらなくても」
「まあ、そうなんですけど、困ってる時はお互い様ですし」
まあ、このぐらいでお互い様というのも……。
冷華さんは魔狩り関係者。
魔獣と戦闘中に直接会った事はまだ無いが、知らぬところでたくさん倒しているのだろう。その分、こっちの負担も軽くなる。
「う〜ん、じゃあお願いしてもいいかしら。他が手作りの中で、うちだけコンビニだと格好つかないので」
「見た目とか気にするんですか?」
「元々はあまり気にしないのだけれど、やっぱりこういう場ではちゃんとしないと紫にも迷惑かかってしまうし」
「……まあ、そういう事なら」
「ごめんなさいね」
「好きでやってることなので、あまり気にしないでください」
「そう……て、もうこんな時間!?」
どうやら会話と料理で随分時間が経っていたらしい。学校に行く時間のようだ。
「私は準備オッケーだよ!」
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっさい」
そして、氷雨姉妹は出て行った。
……材料、買わないとな。




