93.手を取り合って
「……落ち着いたか」
「……うん」
「じゃ、帰るか」
公園。
一人、震えていた輝雪を落ち着かせ帰ろうとする。
だが、俺の袖は掴まれたまま、動かなかった。
輝雪はその場から動こうとしなかった。
「……ねえ、紅くん。一緒にどっか行かない?」
「……何故急にデスゲームに囚われた弱気な少女みたいなセリフを吐くかは知らんが、何処にも行かんし、行くとしてもアパートだ」
というか、さっきからこいつおかしいぞ。
……でも、おかしいからこそ、それには理由があるはずだ。
「ははは、だよね」
「……はぁ。なんか話したい事でもあんのか」
「……紅くんが、空気を読んだ?」
「おい。なんだその反応は」
「うんうん。嬉しかったから」
……調子狂うな。
「じゃあ、ちょっとだけ話そうかな。私の過去。……こういう時って、過去を言えばいいんだよね?」
「そういうこと言うなよ……」
なんだこの茶番。
俺はしょうがなく、輝雪の隣に座り直しす。
そうすると、袖を掴んでいた手は、今度は直に手を握ってくる。ひんやりとした温度に、意外と柔らかい人肌にまたしてもドギマギする。
もうこいつ、このままでいいんじゃないか。
「私ね、小学生の頃から群を抜いて優秀だったのよ。それこそ、浮いてしまうくらいに。自分で言うのもあれだけど、美少女だったのよ。運動も部活やってる人より出来たし、勉強なんて授業聞くだけで十分だった」
「なんか、嫌味な奴だな」
「でしょ? で、異端者は抹殺、みたいな感じでイジメが始まったわ。リーダー格はユッキー」
「……前から思ってたんだけど、ユッキーの本名って?」
関係は無いが気になる。
「ああ、言ってなかったわね。あの憎たらしい奴の名は、“白坂雪音”」
「……へ? 雪音?」
聞き間違いじゃ……無いよな。
「そうよ。月島雪音と同じ漢字。……だからかもね、月島雪音を必要以上に嫌悪するのは。……雪音という名は、私の持ってないものを持っているから」
「輝雪……。お前だって、お前しか持ってないものはあるはずだぞ」
「そうね。そうかもしれない。でも、私は私がいらないの。だって、優秀だからイジメられたんだよ。イジメさえなければ、普通は日常的に演技なんかしないよ。私は、普通に友達と喋って、笑って、好きな人が出来て、そんな日々を送りたかった」
輝雪の言う普通は、きっと無い。何故なら、輝雪はどっちにしても魔狩りの世界へと誘われるだろうから。魔狩りの世界と繋がりながらその“普通”をこなすのは、無理だ。輝雪自身わかっているはずだ。
でも、頑張れば、その普通に近づけるかもしれない。もしかしたら、普通の中で暮らせるかもしれない。
そんな希望が、輝雪にはあるのだ。
「……イジメがあってから、私は一人でいるのが怖くなった。クロがいなきゃ、わたしは多分、外に出歩いたりなんか出来ないわ。でも、それでも、遅かった。私は、もう他人を信じられなくなったの。他人は利用するもの。そう思うようになった。……そして私は、中学生になった」
中学生。輝雪が暗躍したという時代。
「仮面を作って、人に近づいて、あの手この手で陥落させて、利用するだけしつくしたわ。男子なんてちょろいもんだったわ。それっぽい態度で簡単に従える事ができたもの。……でも、私は、胸にはぽっかり穴が空いたみたいに、何も感じなくなった」
「そして、現在に至る」
「そういうこと。面白くなかったでしょ?」
そして輝雪は、道化のように、また笑う。
非の打ち所がないくらい完璧で、そして違和感しかない、気持ち悪い、笑顔。
「……やめろよ。笑うの」
「……なんで? 笑ってる方が、可愛いでしょ?」
「……可愛い? ふざけんなよ。こんな場面で笑ったって、気持ち悪い以外何物でもねえよ!」
「……だったら、どうすればいいのよ! 紅くんだって、本当の私を知らないでしょ!? 私にもわからない、本当の私を! ……もう、何をすればいいのかわからない」
「だったら、一緒に考えよう。これから、何をすべきか、本当のお前は、どんなのか」
「……紅くん」
「そんぐらいは、協力してやるよ」
そう言うと、輝雪が俺の手を強く握った。
「……紅くん。もう一つ聞いて」
「何をだ?」
「私の本音……かもしれない気持ち」
俺はその言葉に、つい真剣な顔をしてしまう。
今さっき、本当の自分がわからないと言ったばっかの相手から、その本心を聞くことができるかもしれないならだ。
「私ね、紅くんが人を殺した事があるって聞いて……」
だが、それは意外にも俺の事だった。しかも、由姫の話だ。
俺が由姫を殺したという事実を聞いた時、輝雪は、自分だって酷いことをした、と言い、わざわざ自分の過去を出してまで慰めてくれたのだ。
だから、問題は無いと、思っていた。
だけど、何故だろう。問題は無いはずだ。なのに、輝雪の声が震えていた。
「……嬉しかったの」
「……え?」
嬉しかった?
俺が、人を殺した事があると聞いて?
「私は誰も信じられなかったから、一人が怖かったから、絶対に裏切らない、私だけを見てくれる人を探してた。そんな時に、人を殺した事がある人が近くにいたの。この人なら、もしかしたら他とは違うこの人なら、私を理解してくれるって、私だけを見てくれるって、そう思ってたの。……そんなわけ無いのにね」
自嘲気味に言う輝雪。
だが、その声は震えていた。
俺に嫌われると、見捨てられると思っているのかもしれない。
普通なら、怒るだろう。自分の苦しい過去を喜ぶのだから。
でも、俺は不思議と、怒りも何も出なかった。俺の脳裏には、あの時慰めてくれた輝雪が、強く映し出されていた。
「……輝雪。安心しろ。俺はお前を嫌わないよ」
「え? う、嘘」
「嘘って、ひでえな。だったらお前は何の為に言ったんだ? 嫌われるためか?」
「ち、違う! 嫌われたくない!」
「……なあ。お前が俺を慰めてくれたの、覚えてるか」
「………………」
黙秘、か。でも、俺は話す。自分の気持ちを伝えるために。
「あの時さ、お前が慰めてくれたから、俺は前を向いて歩けてる。だから、お前には感謝してるんだ。それに、俺だってお前のこと言えないぜ? 人の不幸を笑うことぐらい、俺にもある。たしかに、俺にとっては苦しい過去だ。でも、その過去の為にお前と仲違いするのは、嫌だ」
由姫なら、自分を言い訳にされるのは嫌だろう。
引きずるし、怒りが無いわけでも無い。
でも、それ以上に今の輝雪の方が大切なのだ。
「紅くん。でも、私……」
でも、自分を許せないのか輝雪の返事はよくない。
どうするべきか……あ、そうだ。
「なら、約束しようぜ輝雪」
「約束?」
「そう、約束。お前と俺の、約束だ」
一人で無理でも、二人なら、きっと出来る。
「“過去だけを見て歩くのはもうやめよう”。過去に囚われて、前に進めなくなったりしたら、困るだろ?」
「そ、そんなの無理。紅くんみたいにはなれない」
「何言ってんだ輝雪。俺だって過去ばっか見てる。だから約束なんだ。二人なら、きっと出来るよ」
「紅くんと、私?」
「俺と、お前だ」
「……本当にいいの?」
「いいよ。というか、俺が頼みたい。お前が歩けなくなったら、俺が引っ張ってやる。だから、俺が歩けなくなったら、お前があの時みたいに引っ張ってくれ」
「私が、引っ張る」
「そうだ」
互いに手を取り合って、進む。そうすれば、俺たちの歩みは止まらない。
「私が、引っ張る。私を、引っ張る。……ねえ、紅くん」
「なんだ輝雪」
「紅くんは、私を見てくれる?」
「……ああ、見てやる。見失っても、探してやる」
「……ありがとう」
そして、輝雪は満面の笑みを浮かべた。この時の笑顔は、きっと“本物”だと、心からそう思えた。
「じゃ、そろそろ帰るか」
そう言って、俺は立ち上げる。
輝雪と手は繋ぎっぱなしな事に、その時気付いた。
「うん、そうだね。……あ、紅くん」
「どうし……」
そして、俺が振り向いた瞬間にぐいっと俺の手は引っ張られ……柔らかくて甘い何かが、俺の唇に触れた。
いきなりの事に、叫ぶことすら出来なかった。
脳は痺れて、何も考えられなかった。
俺の目には、輝雪の顔が大きく写っていた。
そして、どれくらい経っただろうか。ゆっくりと、輝雪の顔が離れて行く。
そして、
「……なななななな!?」
「ふふ、ごちそうさま」
「き、輝雪! 今なにやりやがった!」
「さ〜ね〜」
さっと手を離した輝雪はスキップするかのように、先へ行く。
「お、おい待てよ!!」
「あ、そうだ紅くん。……今の、ふファーストだから」
「んなっ!!?」
「ふふ、照れちゃってかっわい〜」
「て、てめー!」
いつもの調子に戻った輝雪に、結局俺は翻弄されまくりだった……。




