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とりあえず平和な日常をくれ!  作者: ネームレス
月島雪音との日常
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92.私だけを

 輝雪が逃げ出したために追いかける事になった紅紅。

 だが、そこで問題が発生した。


「……どこ行ったんだあいつは」


 はっきり言って、あいつの行きそうな場所など全くわからん。

 今更ながら何一つ伏線が無い事に苛立つ。

 好きな場所とかなんて知らないし、初めて会った場所はエルボスだし、因縁の場所とか思い出の場所とか約束の場所とか本当に何一つ知らない。

 さて困った。


「くそっ、俺は探偵じゃねえんだぞ。というか普通こういう時って玄関出てすぐのとこにいるとかじゃねえのかよ」


 主人公っていいよな。逃げられてもちゃんと追跡出来るし、思い当たる場所はあるし、きっと適当に町中探してりゃ見つけるんだろうな。


「あ、いや批判じゃなくてごく一般的なものとしてだな……」


 いや、誰に言い訳してんだよ俺は。

 というか夜中だと商店街なら兎も角、人が少ないから目撃証言も聞けねえし。


「となると、あいつの性格から考えるしかねえか……て、あいつデフォルトで性格偽ってんじゃねえかちくしょう!!」


 せいぜい辛い物が超好きでブラコン、という情報しかねえ!


「そうだ、記憶」


 蒼を追いかける時も役立った記憶。それを思い出せれば……だけど、そんなこと思い通りに出来るのか?


「て、悩んでる暇もねえな。兎に角思い出すしかねえんだ」


 雪音が来た日の記憶はあった。だったら、輝雪逃亡の記憶だってある……かも。

 たまに記憶と違ったりするしな……。

 意識を集中させていく。


『ブラコンなんだね輝雪ったら』


『な!? わ、悪いかしら?』


『べっつに〜。悪くはない、けどね〜』


『あ、あんた……』


『もしかして和也くんと抱き合って寝てたりするの?』


『な、なぜそれを!? ……はっ!?』


『へ〜』


『う、うわああああああああああああああん!!!』


 べ、別の理由で泣かされとる……。輝雪って意外と打たれ弱いのか?

 じゃなくて! もっと後!

 同じような流れで、俺が輝雪探索をしに行く。

 “その時の”俺は記憶を探ることはなく、ひたすらに走り回って30分もかけようやく見つけた。

 そこには、ブランコやジャングルジム、鉄棒などの遊具……。


「公園か!!」


 俺はすぐに走り出した。

 この記憶が間違っていない事を信じて……。


 *


 木崎輝雪。

 木崎和也と双子で、出てきた順番で妹になる。

 好きなのはお兄ちゃんと辛いもの。

 嫌いなものはユッキー。

 コイバナは興味はあるけどちょっと苦手。

 社交性はあると自負している。

 そして友達はいない。

 必要ない、必要性を感じない。

 だけど一人でいるのが苦手。独りが苦手で孤独が苦手。

 いつもはお兄ちゃんがいる。クロがいる。

 でも、一人を強く意識してしまう事がある。

 皆がグループを組んでる中で、自分だけどのグループにもいない時。

 だから私は仮面を作る。心を覆って皆を騙す。

 誰も彼も私の素はわからない。お兄ちゃんさえわからない。もしかしたら、私にさえも。


『演技やめろ。気持ち悪い』


 あの男の子には、“本当の私”が見えてたのかな。


『……ねえ輝雪。羨ましいんでしょ?』


 あの女の子は何故私より私がわかるのかな。

 腹黒って言っても、その腹黒さえも私の仮面だったらどうしよう。

 だったらやっぱり、あの男の子にもわからないのかも。

 羨ましいって言われてもわからないな。何で私は逃げたんだろう。


「はぁ、はぁ。何で、逃げてんだろ、私。……あれ? ここ、どこ?」


 ああ、冷静になってしまった。


「あ、ああ、あああぁぁぁ」


 一人はダメ独りはダメ一人はダメ独りはダメ一人はダメ独りはダメ……。


「いや、いや、いや……」


 寂しい、怖い。

 心臓にまるで液体窒素でも流し込まれたかのように、私の体はその機能を放棄していく。

 視界が狭まる。音が遠くなる。手足の感覚が消えて行く。思考が溶ける。

 ……羨ましい。

 羨ましい。羨ましい。月島雪音が羨ましい。“その名前”が憎い、存在が憎い。“その名前”は私の欲しい物をいつも持っている。私も、私も私を見てくれる人が欲しい。

 ……誰か、“本当の私”を見つけて。


「輝雪!!」


 *


 やっとか公園に着いた。頼む、いてくれ!

 だが、そこで見れたのは想像の斜め上に行くものだった。……いや、斜め下、だろうか。

 輝雪が、自分の体を抱きしめるようにして、震えながら座り込んでいたのだ。


「輝雪!!」


 そういやこいつ、ユッキーとかのせいで一人という状況が苦手なんだった! しかもこいつ、クロもいないのに一人で走り去って……。


「輝雪! おい輝雪!」


「……コ……(クレナイ)くん」


 こいつ、名前で呼ぼうとして苗字で呼んだな。難儀な……。

 でも、ひとまず反応してくれた事にホッとしてええええ!?


「ご、ごめん。ちょっとこのまま……」


「あ……ちょ……おま……」


 輝雪が抱き付いてきてきてっ!?

 こ、こんな時にも関わらず、女の子特有の甘い匂いとか柔らかい体とか、その、心地いいというか……。

 いやいや! こいつはさっき俺の精神を抉った奴だぞ!? 落ち着け落ち着け……。


「……ぐずっ」


「え?」


 そこで、俺は気付いた。輝雪が抱き付いてるところが“湿っている”ということが。


「ごめん……(コウ)くん……ごめん」


 輝雪が、泣いている?

 一人だったから?

 ……いや。多分、雪音の……。


「私だけを見て……お願い」


 雪音が言ったことに関係しているのだと思う。

 和也も、この事を見越して俺に任せたのかもしれない。


「……輝雪」


 ギャルゲーの主人公とかは、こういう時なんて言うんだろうか。

 俺には、輝雪が泣いている理由がわからない。

 でも、襲われたとか、抉られたなんて事はすっかり頭から抜けていて、今はただ、輝雪に寄り添ってやりたいと、そう思っていた。

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