90.次は絶対
熱い。
風が吹く。肌が焼ける。
ああ、“懐かしい”。
「さあ、始めようぜ!!」
*
「近付いている……?」
「北風に南風。強くなっているね」
紅は、力を付けている。段々と。
でも、“それだけじゃダメ”。
最後まで巻き込むなら、最後まで責任を持たなきゃいけない。
だから、
「助けなきゃ」
私が、紅を助けるんだ。
*
「……精製」
上空から大量の銃が刀夜の周りに落ち、地面に突き刺さる。
「させるか!」
だが、それを黙って見てやる義理も無い。
すかさず攻撃を仕掛ける!
「悪いが、俺と踊ってもらうぞ」
「お誘いはまた今度にしてくれや!」
だが、やはりと言うべきか。和也が立ちはだかる。
ここからは一瞬の勝負だ。
「シッ!」
「邪魔だ!」
和也が分銅を投げ、俺がそれを風で弾く。
だが、鎖の影から大量の触手が現れ、俺の足を絡め取ろうとする。
絡め取られる前に空中へと飛ぶ……と、刀夜の銃撃が俺を襲う。
だからここは、特攻!
烈に使った超ダッシュの感覚を思い出せ! 足に風が集中し、荒れ狂う力を推進力に無理矢理変える感覚を!
あの時は、力の制御が出来ないため、兎に角必死だった。
だが、今は力が制御出来る分、必死な感覚が無い。
だから、自分を追い込め!
触手が少しずつ足に巻き付く。動きを阻害する。重くなる。
風が、もっと欲しい。もっと、もっと!
地面が、爆発する。
「なっ!」
「らあっ!」
ダッシュの勢いで、和也の顔面目掛けてパンチを繰り出す。咄嗟の回避行動を行う和也。
一撃を入れることは叶わなかった。が、“あの”和也を抜いた!
一気に加速し、今度は刀夜目掛けてダッシュする。
「勝負だ刀夜!」
「……発射」
手近な銃を取り、狙いを付け、指を引く。
俺には、ここぞという時に、都合良く思考が加速して周りの風景がゆっくりと動いて見える……なんて都合のいいことは起こらない。自分が危機的状況に陥った時、稀に起こることがあるぐらいだ。
だから、銃を撃たれれば、まず回避は出来ない。
人間、どんなに動体視力を付けようと限界がある。銃弾、ましてや刀夜の銃が吐き出すのは雷だ。
だから、ポイントとなるのは、“撃つまでの数秒間”。
銃を構え、狙いを付ける。狙われてる場所を見る。左足。
指を引くタイミングをしっかり確認して、今!
雷鳴にも似た音が、鳴り響く。
「うっらあああああああああああああああ!!!」
「……ほう」
引く瞬間に左足を体で隠す。
刀夜の雷は、本来左足のあった場所を貫いていた。
まあ、パズズの風の加護のおかげだがな。
「もう見切ったぜ! 刀夜!」
「……なら」
だが、ここからが刀夜の“攻撃”だった。
刀夜は雷の軍勢を出すことも無く、一人で戦う。勝機はそこにある……と思っていた。
「……今度は、俺と踊ってもらうぞ」
「野郎にモテても嬉しく……!?」
セリフの途中だったが、刀夜は容赦無く攻撃を入れる。
右手で銃を構え撃つ。刀夜の銃は単発式だ。だから、その時点で次の銃撃まで隙があると思っていた。
だが、それは“俺でも”気付ける事だ。俺の倍以上、この命がけの戦場に生きる刀夜だって、解決策は考えるはずだ。
雷の軍勢はその一つだろう。大量の兵士に銃を持たせての波状攻撃。だが、今の刀夜は一人。だったらどうするのか。答えは単純だった。
慣れと経験と技術。それだけだ。
空になった銃を投げ同時に左手で銃を持ち、撃つ。そしたら今度は左の銃を投げ、右手で銃を持ち、撃つ。
絶え間無く空からは銃が降り注ぐ。
刀夜はまるで踊るかのようにステップを踏みながら、次々と銃のある場所まで移動し、的確にこっちに狙いを付けて銃撃してくる。
「うわあ!? 危ねえ!?」
「……どうした。……もっと踊ってみせろ」
余裕しゃくしゃくといった態度で、その間にも銃撃を重ねる刀夜。
ただ必死に避け続ける俺。
だが、俺だって何もしてないわけじゃない!
刀夜が次の銃を取ろうとする。が、
「っ!」
弾かれるように、刀夜は銃のグリップから手を離す。
かかった!
俺は銃撃が収まったこの一瞬を逃さず、刀夜に一気に距離を詰める。
「突風の一撃!!」
南風の熱風によって、高温までその熱を上昇させた灼熱の風が、刀夜に迫る。
素早く別の銃を取り、俺と自分との間に割り込ませ、防ぐ。だが、衝撃までは消せず、吹っ飛んだ先でコンクリートの壁にぶち当たる。
「はぁ、はぁ」
やったか?
そう思った矢先、崩れたコンクリートの中から閃光がっ!?
「ぐあっ!?」
何の反応の出来ず、左手への直撃を受ける。
……油断した!
この程度で終わるわけもないのに!
ガラガラとコンクリートを崩し、中から刀夜が立ち上がる。
「……その風で俺の銃のグリップを熱し、お前自身が回避しながら動くことで仕掛けた銃まで誘導。……俺がその銃を取れば、いきなりの熱に驚き銃撃が止む。……その一瞬を狙う。……考えたな、紅」
「お褒めに預かり光栄だよ、刀夜」
「……ああ、“俺だけと”戦うなら上手い作戦だったよ」
そして、その刀夜の言葉で俺は自分のミスを“思い出した”。
漆黒の鎖が、俺の体に巻き付く。
「おい、俺のこと忘れていただろ」
『紅、これ取れませんね』
「うわあ!? やべえ!?」
そういえば和也は、“倒してはいなかった”!!
「……終わりだ」
刀夜が指を引く。
銃身から閃光がほとばしる。
終わ……り?
そう思った瞬間、影が舞い降りた。
一瞬の炸裂音。爆発的な発光。
聴覚と視覚が奪われる。
だが、俺には痛みが無かった。
……麻痺でもした? でも、何の衝撃も無い。
「大丈夫? 紅」
「その声は……雪音?」
視覚がゆっくりと回復していく。
そこには、巫女服姿の月島雪音がいた。
だが、そこには普通の巫女服とは違いがあり、通常白衣の上は黒、言うなれば黒衣。下も赤い袴では無く、紫に近い青だった。
だが、真に注目するのは腕だった。そこには、刀夜から一撃をもらったという証拠になる、焼けただれた皮膚……。
「おい! その腕!」
「ああ、これ? 大丈夫、見てて」
雪音は腕を天にかざす。すると、雪音の腕は淡く発光し、傷がどんどん塞がって!?
「……なるほど、確かな不死性だ」
「でしょ? 簡単には死なないし、捕まっても四肢ぐらいなら切り離してもすぐに回復するわ」
四肢って、手足じゃねえか!
和也を見ると、少なからず動揺してるのが見て取れる。
だが、この状況をどうするつもりだ?
「さて、本題と行きましょうか」
「……本題だと?」
「私たちの攻撃を止めてくれないかしら」
「……そいつは出来ない相談だ」
「勿論、ただとは言わない」
おい、ここで何を持ち出すつもりなんだ。
「私はあなたたちの許可なく、勝手に儀式をしないわ」
「儀式?」
もしかして、それが世界を壊すっていう?
「……信じるとでも?」
「信じさせるわ」
そう言うと、雪音は舞さんを見る。
「ねえ、舞さん。私をあなたのアパートに住ませてくれない?」
「なにい!?」
アパートに!?
「……そう来るか」
「これなら、アパート内は皆で、学校では木崎和也と木崎輝雪、放課後ではさらに黒木九陰が加わり、エルボスに逃げても舞さんが来れる。最高の信用だと思わない?」
「……ほう」
たしかに、それなら四六時中見張れる。
だけど、
「……だが無理だ。お前を本部に連れて行った方が早い」
そう。アパートに住ませるぐらいなら、最初からそっちの方が早い。
「そう。でも、この条件を呑むといい事があるわよ?」
「……何だと?」
「木崎和也が生きられるわ」
『…………は?』
この場の男性陣が、一様に抜けた声を出す。
だが、それを無視して雪音が手から光を……て、でけえ!?
「これは紅が戦ってくれる時に集めた、純然たる“力”の塊。力の源たる月から作ったの。そして」
巨大な光の玉から、少しだけ光が落ちる。
落ちた光が地面に触れた瞬間、ドスンッ!という音と共に、地面が“割れる”。
「……そう来るか」
「私は本気よ。私はまだ、自由を盗られるわけにはいかないの」
和也が人質とは……。こいつ、凄え。
空気が張り詰め、緊張の糸がぴーんと張る。
そこに、声を出す者がいた。
「皆さん」
東雲舞さん。
「少し落ち着いてください。別に私たちは殺しあってるわけではありません」
「……ああ」
「そうではあるが」
刀夜と和也が渋る。
たしかに、ここまでやっておいて、ってのはある。
「月島雪音さん」
「はい」
「入居を許可します」
「はあ!?」
俺が驚いてしまった。
「ほ、本気ですか舞さん!?」
「ええ、本気です。危険な存在は、どこか遠くで見張るよりも手元に置いた方が安全です。それに、紅紅と月島雪音はどうやらマキナ・チャーチに重要視されてるようですので。ねえ、月の巫女さん?」
「……知ってたんですか」
「ええ。本部より、報告がありました」
月の巫女。
俺の時の迷子と同様なのだろうか?
そもそも、こいつもマキナ・チャーチに追われてる?
一体、どういうことだ。
「月島雪音さん。今回のことは“警告”です。刀夜くんも和也くんも、少し頭を冷やしてください。紅くんも、あまり無茶をしないように。本部には私から脅は……お願いしておきます。今回の件はこれで終わりでいいでしょう」
そう言って、舞さんが締めくくる。
……ちくしょう。
結局、何も出来なかった。
新しい力も入って、あんなに啖呵切って、でも、最後は結局何も出来なかった。
「紅」
不意に、雪音から声がかかる。
「ありがとう。紅が私を叱ってくれなかったら、こんな事出来なかった。私は紅に救われた」
「でも、あんな事言っといて、結局俺は……」
「なら、強くなればいい。強くなって、そしたら今度こそ、守ってね」
「……ああ、必ず」
こうして、雪音を巡っての俺と魔狩りの戦闘は、雪音の機転と舞さんの仲裁によって幕を閉じた。
だが、あっちの世界ではもっと厄介な事が残ってた。




