88.刃の敵意
「……う。紅!」
「……ん? どうした焔」
「どうしたのぼーっとして。……もしかして、あの転入生?」
「あ、いや」
「しょうがないよね。……由姫ちゃんにそっくりだもん」
そう、普通はこういう反応を取るべきなのだろう。
だが、俺は少し事情が違った。違い過ぎた。
たしかにぼーっとはしていたし、雪音が悪いのだが、それは雪音が急に告白をしてきたからである。
人生初告白。しかも由姫似の美少女である。
もう何が何やらで昼休み終わってからは思考という思考が働かなかった。
「……いや、大丈夫だ。由姫の事は吹っ切れちゃいねえけど、烈の件で考え直されたしな。それに……あいつはキャラが違い過ぎる」
由姫は病弱だったため、気弱で、少し自虐的だった。
だが、雪音は大仰で、堂々とし、自信満々という感じだった。
さらには肉を大口で食ったり、服は動きやすさで選んだり、どこか男勝りなところが……
「……なんで……こんな」
「紅?」
「あ、いや何でもない」
どうして、こんなに雪音の事を知ってるんだ?
あいつとは今日あったばっかりだぞ?
何が何だか……。
「兎に角、俺は大丈夫だ」
「そう……何かあったら言ってね」
「おう、頼りにしてるぜ。……て、晶は?」
「男に追われてった」
「……そうか」
心の中で追いかけた男たちに冥福を祈りながら帰る準備をする。今日は風紀委員が無いのだ。
兎に角、今はさっさと帰って休みたい。状況を整理したい。
「ねえ紅。ちょっといい?」
「んだよ雪音。俺は帰るとこなんだが」
「いやーね? 私、この一葉高校に来たばかりじゃない。だから紅に校内を案内してほしーなーって」
「別に俺じゃ無くてもいいだろ。そもそも、お前は案内なんかしなくてももう場所とかわかってんだろってちげええええ!! 何普通に話してんだ!!」
「あはは。何を今更」
「今更って言うほど話した記憶は無えよ! というか、何ナチュラルに俺の下の名前を呼んでんだ!」
「私はあるよ? あと呼び方は紅も私のこと雪音って呼んでるじゃない」
「はあ? 何言って……あれ?」
たしかに、呼んでいた。
でも、俺と雪音は今日あったばっかりだぞ?
「こ、紅。月島さんと話したことあるの?」
「し、知らねえよ!!」
「紅、私の今日の下着の色わかる?」
「あ? 黒だろ?」
『………………』
「……はっ!」
何を普通に口走ってるんだ俺は!?
数人の女子が雪音を連れて何処かへ行った。
しばらくして、
「……黒、でした」
雪音と共に帰って来た女子の一人が、一言そう言った。
『………………』
空気が凍った気がした。
「紅、何で月島さんの下着の色わかるの?」
「い、いや!適当に言ったんだ! それで当たったんだ!」
「即答だったけどね」
「ぐっ……」
この教室中から注がれる冷たい視線。
なんか、いろいろアウトじゃね?
……ええい!
「雪音! ちょっと来い!」
「あ! ちょっ! 強引!」
「嬉しそうに言うな気色悪い!」
「あ! 紅ちょっと待って!」
雪音の手を取り、半ば強引に教室から逃げる。
焔に止められたが、足を止めるわけにはいかなかった。
いろんな意味で、もう退路が無かった。
・・・
・・
・
「はぁ、はぁ、ふぅ。ここまで来れば大丈夫だ」
「で? 美少女を人気のない場所に連れ込んでどうするつもり?」
「うっせえ。兎に角、話せ」
「何を?」
「知っていることを全部だ!」
俺の記憶、マキナ・チャーチ、そして月島雪音自身のこと。
兎に角、今の俺には情報が足りなさ過ぎた。
「ふーん……パズズちゃんはいないの?」
「多分、何処かにいる……はずだ」
「ここにいますよ」
「うわぁっ!?」
たまに、いつも何処にいるのか気になる。
「そういえば、二人は一心同体だもんね」
「……どういう意味だ」
「紅が死ねばパズズちゃんも死ぬ」
にっこりと、何の悪意も感じられない表情で、俺とパズズしか知らないはずの事実を述べた
「……何故その事を知っている」
「パズズちゃんから聞いたのよ」
「パズズ」
「記憶にありません」
俺とパズズが契約してからはずっと一緒にいるにだ。万が一にも俺と会う前に会ってたとしても、確実にその秘密は知らないはず。
だが、その堂々たる態度は、嘘をついてるようにも思えなかった。
「聞きたい? 私の知っている情報」
不意に、そう言ってくる雪音。
「どういう風の吹き回しだ」
「そうだね……これは私が紅を好きだからでは無いって感じだね。“いつか知る。遅いか早いかの違いだけ。”だから教えるって感じかな」
はっきり言えば、信用はできない。会ったばかりの人間を無条件で信用出来るほど、俺は出来た人間じゃない。
だが、心のどこかで、疑いきれずにいるのもたしか。いや、信じたいと思っている。
どっちにしても、聞くだけは損が無いはずだ。
だったら……。
「わかった。教えてく」
「そこまでよ紅くん」
「っ!」
誰かが、いる!?
だが誰が。人気のない場所を選んで来たはずだ。そう簡単に見つかるはずが。
「あなたは、それ以上知る必要は無い」
そして、ようやく気付いた。
女の声で、いつも聞いている声。
だが、雰囲気がまるで違った。
鋭く研がれた、刃のような雰囲気。
「輝雪……なのか?」
「やっとか気付いたの? 結構付き合った気ではいたけど、そうでも無かったみたいね」
「……おい。“俺がそれ以上知る必要は無い”ってどういうことだ」
「言葉通りの意味よ。“一般人が知る必要は無い”」
「っ!」
一般人。
たしかに、そう言われた。
それは、俺を魔狩りとして認めてない発言だった。
「兎に角、月島雪音の身柄を引き渡してくれない?」
「月島雪音をだと?何故だ」
「だから言ったでしょ? 知る必要は無い。あなたは渡してくれればいいの」
「渡してくれればいいって人を物みたいに……私が簡単に捕まるとでも?」
「さあね。でも、念には念をってことで……いっぱい集めてきたわ」
「……本気か、輝雪」
いっぱい集めて来たということは、すでに俺たちの周りにはたくさんの“魔狩り”がいる。
「本気も本気よ。だからこうやって、集めてきたんでしょ?」
「ふーん、そう。……でもね輝雪。“詰めが甘い”」
「っ! 捕まえて!!」
輝雪の合図と共に、ドアが開き大量の人間が入ってくる。
パズズが俺に乗り、能力を使おうと……したところで雪音が動いた。
「今は夕暮れ。成功率は五分か。カグヤ!!」
「おう!」
物陰から真っ白い毛並みの猫が現れる。
その猫が、雪音に触れた瞬間、
「んなっ!?」
俺と雪音のところだけ、“世界がぶれた”。
一瞬のぶれ。それが収まると、風景はまるで違った。
血のような赤い空。荒れ果てた大地。風化した建物。荒廃として街並み。
間違いない、ここは……!
「エルボス!?」
*
「輝雪、逃げられたぞ」
「ええ。そうね」
多分、情報通りならエルボス。
紅くんも一緒に飛んだのね。
「ねえ輝雪、やっぱりやめた方が……」
「クロ……でも、やるしかないのよ」
「でも……」
「“世界が滅ぶ”かもしれないのよ。そして月島雪音は必ずそれを起こす。なら、逃がすわけにはいかない」
「…………」
「あっちは“別働隊”が動いてるはず。これで確実に捉えれる。どっちにしても、遅いか早いかの違いだけよ」
私たちは囮。本命はエルボス。
「自分だけがエルボスに行けるなんて、思わない方がいいわよ」
あっちには、お兄ちゃんとこの区域のNo.1とNo.2がいる。
負ける布陣では無い。
「これで、いいのよ」
私の呟きは、静かに空気中で霧散した。




